駄目な奴は政治もやらせちゃ駄目

浅賀ソルト

駄目な奴は政治もやらせちゃ駄目

市町村や都道府県の税金の使い方がおかしいと思ったらおかしいと意見を言うのもありだ。

どこで意見を言うかというとネットかもしれない。何か雑談のときに「あの市議会議員がさー」なんて話題を出してもいい。デモを申請して街中で訴えてもいい。新聞の投書欄というのもある。私の親戚のおじさんは盆や正月に集まってみんなで話していると国会議員の悪口を必ず口にした。あいつは汚職政治家だ。賄賂を受け取っている。言っていることとやっていることが全然違う。国民のことなど何も考えちゃいない。

……というわけで。

親戚のおじさんも含めてどのやり方でも分かると思う。全然相手にされない。ネットならいいねがつくかもしれない。が、それが相手にされているかというとそういうわけでもない。相槌のようなものだ。そういうのは所詮ガス抜きとか愚痴とか言われるもので、夫や彼氏への不満を本人のいないところで喋る行為と同じだ。どうにもならないと諦めていて、諦めているからこそそういう手段で自分の気分にだけ折り合いをつけている。本気で問題を解決するつもりはない。本気で夫や彼氏の不満を解決しようとしたら離婚するか洗脳するか、なにかそういう手段になってしまう。そういう手段では欲しい結果が得られないから愚痴によるストレス発散という妥協で手を打つことになる。

政治的な意見や不満を身近な人に訴えてもネットに書き込んでも、そんなものは愚痴でしかない。

もう一つの手段として立候補がある。おかしな政治家がいるんなら自分の方がうまくやれると主張してアホを蹴落とす。

ただし選挙には金がかかる。

ポスターをあちこちに貼るんだけど、あれ、選挙管理委員とかそういう係の人が全員分のポスターを持ってあちこちに貼って歩いているのかと思っていたら、そういうことはしてくれないそうだ。それぞれの立候補者が自分で貼るんである。一人で貼るのは無理だから人を集めてやってもらうことになる。ボランティアでそんなことを手伝ってくれる人が立候補者の友達として何人いるか。どんな偉い人でも——ファンが何千人もいる芸能人でない限り——人を雇う必要がある。あのうるさい選挙カーだって一人で運転して一人で喋るわけにはいかない。人がたくさん必要になるのだ。お金を払って雇う必要があるのである。

政治家として優秀かどうかはお金持ちかどうかとは関係がない。しかし金持ちじゃないと選挙で不利というのは不公平だ。それでは優秀な政治家を選挙で選べないということになり、それは市民の不利益として結果に出てしまう。

選挙活動に立候補者の自腹の持ち出しはなるべく下げるべきであるし、なんなら禁止にしたっていいくらいだ。禁止しているところまではないと思うけど、選挙活動に補助金が出るようにしている。一律、同じポスターを作成できるようにしているわけである。それでみんな平等にポスターが作れるというわけだ。貧乏人にも公平な選挙活動が保証される。

とてもいい制度だ。この制度がなければ貧乏人はポスター無しで選挙を戦わなくてはならない。ポスターがあったからといって勝てるわけではないし、ポスターが政治家の能力とは関係がないのは確かだけど、金持ちだけポスターがあるという状況だとポスターがある方が能力と関係なく有利になってしまう。お互いに同じ予算で一律ポスターを作ってこそ、政治家の能力とマニフェストによって市民が自分達の代表を選ぶことができる。

逆にそこで他より安くポスターを作ることに意味はない。補助金が出ているのだから立候補者の懐は痛まないし、安く上げたところで立候補者が得をするわけでもない。

そこで差を付けることに意味などない。

冨田慎吾という立候補者はそれなのに印刷代を値切ってきた。補助金満額を出そうとしなかったということで私の耳にも入ってきた。こいつは相当なケチだぞ。こんなケチが当選したらえらいことになるぞ。そんな噂が入ってきた。

地元の印刷所の業界など狭い。狭すぎる。噂はあっというまに広がった。

最近では地元のスーパーのチラシですらネットで注文して東京からトラックで運んできて送料無料とかやってるところすらあり、そんなところと全国規模の価格競争をしていたりする。どこもカツカツでやっている数社しかない。

選挙ポスター印刷はそれぞれが地元の印刷所が請け負う。そこで地元に落とすべき印刷代すらケチるというのは地方議員としての自覚が足りない。

当然だが、この冨田慎吾という立候補者は新人候補だった。任期五回目という現職とは分かっていることが違いすぎる。政治能力も低いと断言できるだろう。

強烈なネガティブキャンペーンが口コミで広がった。

選挙カーが来ても無視するは普通である。駅前やスーパーの前で演説していてもみんなで無視する。そのうち徹底的な無視が効いてきて、演説するそいつの顔に完全な焦りが出てくるようになった。声が震えて自信がなくなってきていた。

それでもなんとなく手を振る人というのがいる。

冨田は「ありがとうございます」と律儀に返事をする。赤いコートを着た奥さまありがとうございます、などと特定して返事をしたりもした。

「堀さんのところの年増独身の娘が冨田に手を振ったぞ」という噂話がすぐに私の耳にも入った。

堀さんのところの娘さんは私も知っていた。別に悪い人間ではなかったはずだ。ちょっとしたうっかりだったのだろう。

少し心配していた。数日後には、堀さんが娘と一緒に地元の人に頭を下げたという話が流れてきた。

「あんなんだから独身なんだ。非常識だな」親戚のおじさんはそう言って吐き捨てた。

謝ったところで取り返しがつかない。堀さんはしばらく無視されるようになった。

「うちの娘は別に悪い子じゃない。ちょっと手を振っただけなんだ」

「どうかな? 本気で地元のことを馬鹿にしているんじゃないのか?」

「そんなわけないじゃないか」

堀さんはしばらく謝罪をしていたが、それで許されるような話ではなかった。やがて疲れたような顔をして、それは演説で無視される冨田候補と同じような顔になった。

私は何も言わなかった。ここで堀さんの娘をかばっても何もいいことはない。そもそも力になれない。

なるようになるしかなかった。慰めてもとばっちりにしかならない。

選挙カーのウグイス嬢も話題になった。雇われたドライバーも話題になった。あの候補者に協力したのはどこの誰だという話が流れてきた。

どうやら地元ではバイトが見つからなかったので遠くで求人を出したらしい。隣の市町村どころかそのさらに隣の市町村に求人をしたとか。

そんなところのバイトを雇ったら交通費で余計に人件費がかかるだろう。ポスター代をケチったために余計な経費がかかってしまうとか、愚かすぎる。

そのうち冨田慎吾についての出所不明の噂話すら流れてくるようになった。

どうやら日本人ではないらしいとか、怪しげな宗教や通信販売をやっているとか、そういう奴である。

私も含めてそういう話はどんどん聞いて人に話した。

政治の話は相手にされないが、こういう話は盛り上がる。これも広い意味では政治の話だし、地元の人間は別に政治に無関心なわけではないのである。

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