婚約者が好きな女性がいると言って惚気話を始めました〜閣下。それ私のことです〜

白雲八鈴

閣下。それ私のことです。

「この縁談がご不満であれば、閣下から断ってくださいませ」


 目の前には黒髪の男がいる。その男は不機嫌であることを隠すこともせずに、隻眼を私に向けてきていた。


 私を睨みつけても、私も嫌々ながらここに来たのだ。睨まれ慣れているとはいえ、流石に居心地が悪い。


 私はニコリと笑みを浮かべ、目の前の男に断るならさっさと断れと言葉にした。若干口元が引きつっているが、それはお嬢様言葉を言い慣れていないからと思って欲しい。決して、目の前の男に睨まれて怖気付いたわけではない。


「不満ではないが……」


 不満ではないだって! 目の前の男は幾度となく縁談が組まれるものの、ことごとく破談しているのだ。原因は色々あるだろうが、ひとえにこの男の目つきが悪いからだと、私は思っている。あと口も悪い。

 だから、私にまで縁談が回ってきてしまったのだ。私は頑なに結婚などしないと言っていたのにだ。しかし、国王の勅命となれば、私に断る権利はない。

 仕方がなく、私は正装の姿で、婚約者となった男の前に出るはめになったのだ。


「俺には好きな女がいる」


 ……貴方の部下歴五年になる私は、そんなこと聞いたことはないが? 


「そうなのですね。では閣下からこの縁談を断ってくださいませ」

「俺には断る権利がないので、できれば、ミレーヌ嬢から断ってくれないだろうか」


 閣下はバカなのか?


「まぁ? 私から国王陛下の命を断ることができるとお思いでしょうか? 王弟殿下であらせられるヴァンルクス将軍閣下から、国王陛下に願いでていただきたいものです」

「……はぁ」


 とても大きなため息を吐かれてしまった。ため息を吐きたいのは私のほうだ。何が悲しくて上官の婚約者に収まらなくてはならないのだ?


 というか、好きな人がいるなら、さっさと告白して結婚しろ! もう二十八歳だろう! 




 私はオルトロス侯爵家の三女になる。ミレーヌ・オルトロスだ。普通であれば侯爵令嬢はお嬢様教育を受けて十六歳から二十歳までには結婚するものだ。しかし、私は今年で二十二歳。貴族で言えば行き遅れ。


 親から結婚話をもってこられる前に、結婚しないと言ってあるし、病弱ということにしておいて欲しいとも言っていた。それに両親は無理に結婚しなくてもいいと言ってくれたのだ。

 それは娘の私に理解を示してくれたというよりも、私の姉の立場があったからだ。私の姉、マリアベルは国王陛下の元に嫁いだのだ。第三側妃としてだ。

 この事により国王と繋がりを持とうと次女の姉に多くの縁談が持ち込まれることとなった。これには両親も困り果て、三女の私は自由を認められた。


 しかし、この私にまで話が回ってきたのだ。普通であれば権力が、我が家に偏ると他の貴族から文句が出てくるところだが、目の前の男が頑として結婚を拒んでいるのが原因だ。

 さっさと好きな女に告白しろ!


「閣下。その女性に告白されたのですか?」

「いいや」


 ……告白をしろ! いったいどこの誰だ! 王弟ともあろう閣下が告白するのを躊躇するような人物とは。もしかして人妻だったりするのか?


「そうなのですね。この縁談を断る口実として、告白されたら如何でしょうか?」

「しかし、何を言えば……」


 普通に好きだから結婚してくれと言えば、地位的に断る女はいないだろう。さっさと告れ! 私は姉に一時間はここで過ごすように言われているのだ。一時間も上官と何を話せばいいのか困っているのは私の方だ。


「その方の好みの物でも贈って、好きだから結婚して欲しいとおっしゃれば、閣下ほどの方の想いを無下にする女性はいらっしゃらないでしょう」

「頭に虫でも湧いているのかと言われそうだ」


 ……どういう女性なのだ? 王弟である閣下にそんなことを言う女がいるのか? っていうかそんな女が好みなのか? 上官の趣味を疑うな。


「あの? どういう方なのですか? 贈り物次第で、女性の心は変わったりしますわよ?」


 私の言葉に閣下は顔を上げ、部下歴五年の私が見たことがない朗らかな笑みを向けてきた。もし、仕事中にこんな笑みを向けられたら、即行に窓から脱出しているな。絶対に碌なことがない笑みだ。


「部下の一人でな」


 ……職場恋愛ですか。それは危険ですね。閣下。


「俺が一般からスカウトした女性だ。それもすごく可愛い」


 上官が笑顔でのろけやがった。すごく気持ち悪い。


「勿論仕事もできる。戦闘技術も軍の中でもトップクラスだ」


 私は心の中で首を傾げる。そんな女性は居ない。これは閣下の妄想か?


「仕事ができる女性であれば、仕事に使うものを贈るのは如何でしょうか?」

「鼻で笑われる自信がある」


 とても具体的な妄想だな。仕事に使うものでも駄目なのか?


「その方の趣味とかは、ないのでしょうか?」


 仕事の物が駄目なら、趣味で何かをしているのであれば、それに付随するものを贈ればいいだろう。


「趣味……あれは趣味なのか? 休みの日は近場のダンジョンに潜っているな」


 そんな趣味を持っているということは、これはこれで問題だ。


「もしかして、その女性は身分が無い女性ですか? それは女性に何処かの貴族の養女になってもらうことから、始めないと難しいですわね」

「そんなことを言おうものなら、背中から刺されそうだ」


 男女の揉め事ではなく、身分を与えることで閣下を刺す女性ですか。私はそんな女性を妄想している閣下が恐ろしいです。


「……これは諦めて、上官と部下の関係のままの方がいいような気がしてきましたわ」


 もう、閣下の妄想に付き合うのも疲れた。この縁談を断る妄想の女性の話にだ。


「しかしミラは可愛いし美人だから、他の男に横取りされるのは我慢ならない」


 ……ミラ……みら……ミラだって!


「ミラの一番いいところは、戦っている姿が綺麗なところなんだ。見たことの無い魔術は目を引くのは勿論のこと、魔力がとても綺麗なんだ」


 やめろ! いきなり何を言い出すんだ!


「始めはただの魔術師かと思っていたが、剣の腕も中々いい。己の欠点をよく理解して、それを補うための……」


 人の戦い方を何観察しているんだ!

 そう、ミラとは私の別の姿の名だ。

 結婚せずに好きなことと金を得る為に、姿を変えて軍に籍をおいている。

 それが、ヴァンルクス将軍閣下の書記官である私だ。

 普段は閣下の事務作業の補佐をしている。


 っていうか、私は何故上官から自分の惚気話を聞かされているんだ? 恥ずかしすぎるだろう!

 そもそも私が可愛いってなんだ? 普段は伊達メガネで茶色の長い髪を後ろで一つに丸めているのだ。可愛げもなにもないはずだ。

 因みに本来の私は金髪だ。


 それに、閣下から好意なんて一度も感じなかったぞ。日々睨まれているとしか思わなかった。


「あの……閣下。取り敢えず、贈り物から始めるのは如何でしょうか? 受け取ってもらえるかは閣下のセンス次第ということで、私はこれにて失礼します」


 私は逃げるように王城の一室から出ていったのだった。これ以上聞いていられない。



 翌朝、私はまだ誰も居ない部屋の扉の鍵を開け入る。ここはヴァンルクス将軍閣下の執務室だ。


 私はローテーブルの上に積み重なっている書類の仕分けをする。仕分けと言っても、閣下のサインが必要なもの、書記官の私の確認で賄えるもの、副官が見るべき書類に、一目で不備があるとわかるものは、各部隊に送り返す用に分ける。仕分け終わったら、私は私の分をチェックするために、私に充てがわれた机の前に立つ。


 そう言えば、そもそもがおかしかったと……。


 ヴァンルクス将軍閣下執務机が部屋の一番奥にあるのはわかる。しかし、その隣に書記官である私の執務机があるのだ。逆に副官の執務机が入り口付近にある。これ絶対に副官と書記官の位置が逆だろう。


 後で場所移動を願おう。


 自分の席についてさっさと書類を捌いていく。


 四分の一程の書類を見終わったぐらいに、執務室の扉が開いた。ノックもせずに入ってくるということは、閣下が入ってきたのだろう。

 視線だけ上げて挨拶をした。


「閣下。おはようございます。昨日の溜まっている書類は机の上に置いているので、さっさとサインしてください」


 やはり閣下だった。いつもの黒い軍服にこれでもかという勲章をつけて、威圧感たっぷりに着こなしている。そして、黒い眼帯も相乗効果となり、私を睨んでくる隻眼の眼光は相変わらず鋭い。本当にコレが笑顔で惚気けていた閣下かと思うぐらいだ。


 私はそれだけを言って再び、書類に視線を落とす。


 ……なぜ、未だに私の前に立っているのだ。今日は何か特別な予定があっただろうか? 


「閣下。どうかされましたか?」

「……」


 何故にだんまりなんだ? 私はため息を吐きながら、顔を上げる。


「ミ……ミラは今日の就業時間後は暇か?」

「暇ではありません」


 今日の仕事が終わったら、即行に総統閣下の執務室に突撃する予定だ。クソジジイが帰る前に、辞表を受け取ってもらわなければならない。


「では昼休憩は?」

「何ですか? 閣下? はっきり言ってもらわないとイライラします」


 もうすぐ始業時間になる。あと少し書類をさばいておきたかったが、弟の所為で進まなかったことに、イライラしてくる。


「一緒に食事をしないか?」

「ん? 何か? 幹部方と会合か何かですか?」

「いや違う」

「違うのですか? 先日あった保存食の試食会の第二回とかですか?」

「違う」

「はぁ、なんなのですか? もうすぐ始業時間なので、私は訓練場に行きます」


 今日はなんなんだ?


「ミラ。俺と一緒に昼食をとらないか? 食堂ではなく、別のところだ」


 それは何かの下見か何かか? まぁ、断ることではない。


「閣下の奢りならいいですよ」


 そう言って、私は閣下の横を通り抜け、訓練場に向かっていったのだった。





「何ですか? ここは?」


 昼食にと連れてこられたのは、幹部のお偉い方が会食に使うような高級レストランだった。軍服は仕事着であり、何処に行っても受け入れられる格好とは言え、流石に閣下と書記官でくるようなところではない。


「レストランだ」


 いや、それはわかっている。何故ここなのかと聞きたい。わざわざ閣下自ら自動車を運転して、私を連れてきたのだ。建物の外見を見ただけで、ここが以前、会合で使ったことがあるレストランだとわかる。


「昼食に来るような場所ですか?」

「ミラが夕方は用事があると言ったからだ」


 私の所為か! いやいやいや、ちょっと待とうか。

 そもそも夕食にここに連れてくるつもりだったのか? この高級レストランに……部下の私を……ないわー。部下に夕食を奢るなら下街の酒場にしろ! これだから王弟殿下は常識からズレているんだ。


 しかし、来てしまったものは仕方がない。

 店の者が出迎えてくれ、案内されたところは、個室だった。……何故に個室。


 既に料理の注文が入っていたのか、飲み物だけ聞かれ、店員は個室を出ていってしまった。


「で、閣下。ここに連れてきた理由を聞いていいですか?」


 不服感を思いっきり出して、目の前の上官に尋ねる。


「婚約者ができた」


 ん? その言い方は今までのご令嬢は婚約者ではなかったということか?


「おめでとうございます。閣下」

「しかし、互いにこの縁談には不服でな」


 まぁ、そうですね。そうなのですが、閣下は何を言おうとしているのでしょうか?


「俺には好きな人がいると言えば、色々アドバイスをくれた」


 はい。言いましたが?

 すると、閣下は私に小さな箱を差し出してきた。


「ミラ。俺と結婚してくれないか?」


 箱の中に入っていたのは指輪だった。それも閣下の色である黒い宝石が居座っている指輪だった。


「一度、死んで来い」


 いきなり指輪を出すヤツがいるか! 私は好みそうな物を贈れと言ったんだ! 誰が結婚指輪を渡せと言った!


「そもそも、私は閣下の部下の一人ですが? なんです? 結婚して欲しいとは? 頭に虫でも湧いているのですか?」


 ……閣下の酷い妄想女。ここに居たな。思わず、頭に虫が湧いているのかと言ってしまった。


「はぁ。やっぱり言われるよな」


 分かっていて、それを出す閣下も閣下ですね。

 閣下はテーブルの端に置いてある呼び鈴を鳴らし、指輪が入っていた箱を懐にしまった。


 これは閣下も予想していたのだろう。素直に引き下がり、開けられた扉から食事が運び込まれ、店員はさっさと退出していった。

 恐らく部屋の中の話が聞こえていたのだろう。居心地が悪そうにさっさと料理の簡単な説明をして出ていったのだ。


「それで、そんなことを言いに、ここに連れ出したのですか?」


 私は出された食事をさっさと食べ始める。休憩時間は決められているし、午後の仕事も溜まっている。ここでうだうだと食事を楽しんでいる場合ではないのだ。


「今回の縁談は流石に断れなくてな」

「閣下とあろう御方がですか? それはどこのお貴族様なのでしょうか?」


 私だけどな。しかし、おかしいなぁ。たかがオルトロス侯爵家の三女だ。断れないこともないだろう。私は国王陛下が一枚噛んでいると思っているのだが、違うのか? 

 興味なく定型文のように聞き返すと、閣下がフッと笑った。笑った?


「俺に対して物事をはっきり言う令嬢だったな」


 ……いや、大したことは言ってはいない。さっさと告れというイライラは出ていたかもしれないが。


「流石オルトロス侯爵家のミレーヌ嬢だったな。噂とは全く違っていた」


 何故私の名を上げている時に、笑みを浮かべているのだ?


「噂ですか?」

「病弱といわれているが、あれは武人だ」


 ……はっ! 病弱設定だった。しくじった!

 あまりにもの展開の早さに、その設定が頭から抜け落ちていた。

 くっ! これも姉の作戦の内だったのか!


「剣を交えれば、面白そうだと感じた」


 そう言って楽しそうに笑っている。まぁ、閣下が強者を好むのは知っているので、何も言わないが、私がその婚約者でなければ、そのまま結婚しろと言っているだろう。


「そうですか。よい婚約者の方だったのですね。閣下は将軍という地位で軍の第一師団から第九師団をまとめてる立場です。私のような者ではなく、貴族のご令嬢との婚姻が望ましいでしょう」


 食事を詰め込むように食べ終わった私は、すっと立ち上がる。そして、困惑の色を持つ隻眼を私に向けてきている閣下に、私は笑みを向けた。


「閣下。私は辞表を総統閣下に突きつける予定なので、貴族のご令嬢と仲良くしてくださいな」


 そう、私以外の貴族の令嬢と結婚してくれ。

 すると、今まで向かい側の席に居たはずの閣下の姿が直ぐ目の前にあった。まるで瞬間移動したようにだ。


「それはどういうことだ?」


 殺気を交えて見下さないで欲しい。


「どういうことと、申されましても個人的なことです」


 私は首を傾げて、言葉を濁す。閣下の所為だとは言えない。

 まだ仕事が残っているので、さっさと戻って残りの書類を見てしまおうと、一歩踏み出すと、景色が一転した。なぜかいつもより高い視線。その視線のまま背景が前方に流れていく。いや、麦袋のように肩に担がれた私が閣下にそのまま運ばれている。


 はぁ、時々閣下はこういうところがあるのは困ったものだ。





 あれから総統閣下にクソジジイのところに連れていかれたが、裏にお祖母様もかかわっているとわかり、私は早退して急遽説得しに行った。しかし、結局お祖母様の説得は失敗しまった。かわいい孫の花嫁姿を見たいの一点張りだったのだ。


 それからというもの、将軍閣下から毎日プレゼント攻撃をされることとなり、人目をはばからず、結婚して欲しいと言ってくるものだから、部下の視線がとても突き刺さる日々を送ること一週間。私は再び王城に連行されていた。


「ミレーヌ嬢。やはりミラはプレゼントを受け取ってくれなかったのだが?」


 そう、私はミレーヌ・オルトロス侯爵令嬢として、閣下の前にいた。


「そうなのですか? 閣下。そもそも私に相談されても困るのですが?」

「そうなのだが、周りで相談できる女性はミレーヌ嬢だけなんだ」


 それは閣下の目つきの悪さの所為だと思う。あと、直ぐに殺気を出すところか。

 見た目は整っているから、女性に忌避されることはないだろうが、如何せん眼帯と目つきの悪さがマイナスだ。


「はぁ。そう言われましてもねぇ。贈り物が駄目というなら、デートにさそう……聞かなかったことにしてください」


 ヤバイ。自分で墓穴を掘るところだった。


「デートか。何処がおすすめだ?」


 王都でのデートスポットでよく耳にするのが、植物園や観劇や……ちょっと待て、これは私が行く羽目になるのだ。よく考えて口にしなければ、私に全部跳ね返ってくる。


「おすすめと言われましても、身分が無い方なのですよね? 貴族の方が行かれるところは好まれないかもしれません。ですから、私ではお役に立ちそうにありませんわ」

「言われてみればそうだな。だからあのレストランでは不機嫌だったのか」


 まぁ、私の身分は貴族だが、同じレストランに誘われたら、顔は笑顔で失礼のない早さでさっさと食べ終えて、出ていこうとすると思う。


「ミレーヌ嬢。ミレーヌ嬢に言われたとおりに告白したら、やはり頭に虫でも湧いているのかと言われた。結婚して欲しいでは駄目だったのか?」


 私は遠い目になる。普通はそれでいいと思う。思うが、私に言わないで欲しい。


「はぁ。この際はっきりと言いますが、閣下。無意識かもしれませんが、私はずっと睨まれているように感じています。それに時々殺気が乗っていることもあります。告白されても殺されるのではないのかと、勘違いしてもおかしくはないのでしょうか?」


 ふと影が私に落ち、視線を上に向けると今まで向かい側に座っていた閣下が、直ぐ側まで来ていた。だから、気配を消して瞬間移動をしないでほしい。


 そして、閣下の右手が腰に下げている剣の柄に伸びて行く。おや? これはもしかして言いすぎてしまった?


 鞘から抜かれていく剣の金属が擦れる音と、部屋の端に控えている使用人の悲鳴が重なって聞こえる。

 はぁ、こちらは武器の携帯は許されていないというのに、王族だというだけで、許されるのは解せない。


 向かってくる銀色の刃に合わせるように閉じた扇を横に構え、横に逸らす。その刃は私が座っている長椅子の背もたれに突き刺さった。これはほんの瞬きの間に起きた。


「ミレーヌ嬢。貴女は何者だ?」

「何者ですか?」

「今日はワザと殺気を混じえていた。ほんの僅か。普通なら気が付かないほどだ」


 もしかして、私ははめられた? しかし、こうやって問い詰めてこの婚約を破談に持っていこうとしているのか。ここには他の目がある。閣下も中々の策士だ。


「そうなのですか?」

「それに、手加減しているとはいえ、俺の剣を往なすとは、普通ではできないこと」

「ふふふっ。閣下は面白いことをおっしゃるのですね」

「面白い?」

「ええ、私はオルトロスですよ。弟も兄も軍人です。祖父に至っては総統閣下の地位にいます。祖母は軍の魔導部隊の軍師でした。何をもって普通とおっしゃるのでしょう?」


 私は間違ったことは言っていない。父も軍の大佐の地位にいるが、まぁいい。参謀本部の頭の硬い部署にいる父は、今は関係ない。

 私の言葉に剣を鞘に納めた閣下に、笑みを向ける。


「最初に言いましたが、この縁談が不服でしたら、閣下から断ってください」

「はぁ」


 すごくため息を吐かれ、何故か私の隣に腰を降ろしてきた。普通は婚約者であっても隣には座らないだろう!


「で、俺の悪いところは目つきと殺気だけか?」

「口が悪いですね」

「それは元からだ」

「後は、背が小さいからといって、威圧的に見下さないでください」

「そんなつもりはないのだが?」

「機嫌が悪いと直ぐに、イライラ感を出すのも、やめてください」

「……」

「部下から気分によって訓練メニューが変わることに文句が出ているので、それもやめてください」

「……」

「それから……」

「金髪が地毛か? ミラ」


 ……やってしまったー! 日頃の鬱憤が口から出てしまった。

 腰を浮かして逃げようとしたが、既に敵の間合いの範囲内。私は腰を掴まれ、身動きが取れない状態に……。


「ミラはいくつの顔を持っているんだ? いや、ミレーヌ」

「いきなり呼び捨てにしないでいただきたいものです」


 私がミラとわかった瞬間にミレーヌの名を呼び捨てにするな。それにいくつも顔なんて持ってはいない。っというか近い。閣下と私の間に隙間なんて無いなんて近すぎる!


「ミラは一筋縄ではいかないな。ミレーヌと話をしていても苦にならないと思ったら、ミラだったのなら納得だ」


 なんだ? 話が苦にならないとは?


「まずはデートだな。で、何処が良い?」

「まぁ?デェトだなんて……ふふふっ冗談ですわ」


 くそっ! 一時間ぐらい時が巻き戻らないだろうか。


「では今度の休日はダンジョンに行くのはどうだ?」

「え? ダンジョン! 行く!……」


 しまった。思わず口が滑ってしまった。

 閣下。私の反応を見てクツクツと笑わないで欲しい。


「それで、ミレーヌ。返事は?」

「閣下。取り敢えず、もう少し離れてください」

「必要ないだろう? それから、俺のことはヴァンと呼べ」

「ちっ!」


 私の要望が通らないことに、舌打ちが出る。


「ミラは肩書ではなく、俺自身を見てくれている。それが、俺には新鮮だった。確かに副官も俺に意見を言ってくれるものの、一定以上は踏み込んでこない。しかし、ミラは俺を一人の人として見てくれる。嬉しかったんだ。そして、そんなミラが眩しかった」

「……本人を目の前にして、言わないでいただきたい」

「今更だろう?」


 今更だが。一週間前も惚気けられたが、本人とわかった上で話されるのも、どう反応していいかわからない。


「俺はそんなミラを逃さないと決めた」

「捕獲宣言!」

「そして、婚約者になったミレーヌがミラだった。これは明日、結婚式を挙げてもいい状況だ」

「閣下は馬鹿ですか? そんなことがまかり通ると思っているのですか?」

「そうやって、馬鹿呼ばわりするのもミラぐらいだ。因みに今回の婚約の書類と同時に、兄上のサイン入りの婚姻の書類も渡されている」


 ……私は閣下の手を払い除け立ち上がる。そして、部屋の扉に向かって駆けていった。


「お姉様ー! どこまで話が進んでいるのですかー!」


 私の声が広い王城の廊下に響きわたったのだった。



その後……



「閣下。もうすぐ会議の時間ですが?」


 閣下の執務室の一角に座り心地のよいソファーがいつのまにか置かれ、そこで優雅にコーヒーを飲んでいる閣下に声をかける。


「もう少しこのままで」

「閣下。私は愛玩動物ではないので、いい加減に膝の上から降りたいのですが?」


 そう、なぜか私は閣下の膝の上に乗せられている。最近の休憩時間と言っているこの状況には全く理解ができない。


「これはミラが一緒に暮らさないと言ったからだ」

「昼間は閣下の執務室に詰めているのですから、婚約者の時点で一緒に暮らす意味がわかりません」

「ミラもミレーヌも堪能したいという俺の気持ちはどうなる?」

「その辺に捨てておいてください」


 結局結婚は一年後と決まってしまった。それからというもの、閣下は人目をはばからず、私に構い出した。


「ミラちゃん。書類見るの手伝ってくれないかなぁ」

「副官。それは閣下に言ってください」

「えー。魔眼で睨まれるからイヤなんだよ」


 そう閣下は眼帯をしていた左目に義眼である魔眼を入れ、両目の状態になっているのだ。それは私が目つきが悪いと言ったからなのだが、魔眼が相まって威圧度が更にアップしてしまったことに、副官からも部下からも私に文句を言ってくるのだ。

 これは、閣下がワザと威圧を発しているとしか思えない。


「次のデートは何処に行こうか」

「昨日行ったばかりだ! 頭に虫でも湧いているのか?」

「はぁ、どうしたらミラに好かれるのか、さっぱりわからない。嫌だと言われたことは直したぞ」


 確かに目つきの悪さも直り、副官の仕事は倍増している。

 しかし、そもそもだ。


「嫌っていたら、閣下の部下にはなっていません」

「それは俺のことを愛していると!」

「意訳し過ぎです。上官として尊敬はしていますし、一人の剣士としても素晴らしい……いきなりキスしてくるな!」


 貴族らしさが欠けた私を受け入れてくれるのは、きっとヴァンルクス将軍閣下ぐらいなのだろう。


 今日も何気ない一日がこうして過ぎていくのだった。結局私はヴァンルクス将軍閣下の婚約者からも部下からも逃げることができずに、ミレーヌ・オルトロスは婚約者として、ミラは部下としての二重生活を続けることになったのだった。


【後書き】

読んでいただきまして、ありがとうございます。

もし気にってもらえたのであれば、評価いただけると嬉しく思います。

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で、実はこれはカクコンのため半分に改稿したもので、こちらのサイトが本来の物語です。よろしければどうぞ

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