第30話



 バッ



 上空に飛翔する影。


 それは3体目のイノセントの“頭上”を捉えていた。


 爆発的に伸び上がる気体と、白い煙。


 生体反応とその質点が不安定になるほどの蒸発速度。


 それが、瞬く間に空間の上層を覆っていた。



 【モード・スチーム】



 水蒸気となってビルの屋上へと飛翔した彼女は、自らの形状を元に戻す。


 イノセントはその気配をすぐさまキャッチした。



 しかし——




 ギュンッ




 空間を蹴る。


 大気が軋む。


 かざねの右手には無色透明な水の粒子で構成された「剣」が、その鋭い切先を伸ばしていた。


 超高密度の分子で押し固めた刃、瞬水剣(ブルー・ライトニング)。


 蒸気から固体への形状変化は、まだ完全には移行しきれていなかった。


 ただ、かざねの移動速度はすでにイノセントの意識の“外側”にあった。


 振り向いた先には、彼女の「影」が横断していた。


 ビルの屋上のコンクリートに伸びる、剣を振り翳したシルエット。


 大気の揺れの最中に屈折する光。


 その“粒”が躍動する影の中にゆらめき、重力が加速する。



 ザンッ



 その“一閃”は、ビルの上層に一本の線を敷いた。


 コンクリートの床。 


 そして、——壁。


 布をハサミで切るように、また、えんぴつで線を引くように、ビルの上層が2つに“裂ける”。


 煙が上がる間もなかった。


 かざねの振り下ろした剣筋がその軌道線上に通る間際、ビルとその立体構造を形作る「空間」は、まだそこにあった。


 線を紡いでいたのだ。


 日差しと大気と影、——その、被写体を映し出す輪郭の真ん中に。




 ズザァァァァァァ




 滑走する空気。


 裂け目から溢れる、斬撃の余波。


 瓦礫と化したビルの一部は、時間の経過とともに落下を始めた。


 屋上の床は半分に切り裂かれ、ビルの上階は、斜めに滑り落ちていく。


 イノセントの体は斬撃を中心として2つに分かれていた。


 上半身は、落下する瓦礫と一緒に地面へと遠ざかり、暗闇の底へと沈んでいった。



 かざねは空中に“立っていた”。


 周囲を警戒していたのだ。


 生き残りがいないかどうか。


 その、確認を。


 


 振り下ろした剣がその役目を終え、蒸気となって消失する。


 その頃には、ズズゥゥン…という落下音が周囲へと響き渡っていた。


 イノセントはその「核」を破壊され、すでに息絶えていた。


 半分になったビルの屋上にトッと着地し、フゥ…っとかざねは息を吐く。



 地平線上で日が沈む10分前。


 ハンドバックの中にある無線で連絡を入れていた。


 「これから帰ります」


 ため息混じりに、そう呟き。

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SKYVEHICLE【スカイ・ビークル】1巻 平木明日香 @4963251

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