第2話 癒しを与える者
「こっちの方から聞こえてきたはずよ」
耳の良いエルが先導しながら悲鳴の聞こえてきた方角へと突き進んでいく。草むらが邪魔で上手く走れないがそんなのお構いなしに走り抜けると一人の女性が盗賊らしき連中数人に囲まれて襲われていた。
「見えてきたぞ」
近くに寄ってから分かったことだが女性の方はおれやレイと年がそこまで離れて無さそうだった。状況は最悪と言ってもいいだろう。女性は恐怖におびえているからなのかどこかを怪我しているのか分からないが尻餅をついてあたふたしている。その周りにいる盗賊連中がじりじりと距離を詰めていく。ここからだと遠くて詳細までは分からないが何となく会話の内容が聞こえてきた。
「お嬢ちゃん。この辺じゃ見ない顔だなァ!もしかして祭りが目的かい?俺たちと一緒にいた方が祭りよりも楽しいと思うけどなァ」
「止めてください!私は別の場所に用事があるんです」
「まあよぉそんなのいいから忘れて楽しもうぜェ」
どうやら魔物の甲羅で出来たメットを被っている奴がリーダー格みたいだ。おれが居ても立っても居られず飛び出していこうとした瞬間、エルに首根っこを掴まれて止められた。
「何も考えずに突っ込むつもりなの?いつものディールらしくないわよ。冷静にならないと彼女を救い出せないわよ」
「そうだな、ゴメン」
エルの言うとおりだ。おれは頭を冷やしてから謝る。
「私に策があるわ。この距離からならあいつらに見つからずに私は矢で攻撃できるしディールもグリンドで攻撃できるはずよ。それなら一瞬で決着がつけられるから彼女を危険にさらすこともない」
「それで行こう。レイは奴らに攻撃が当たったのを確認したらすぐにおれとレイ自身に”加速”をかけてくれ。そうしたらおれたちで突っ込んで救出する」
「ちょっと待ってディール。かの」
レイが何かを言いかけていたがおれとエルは救出の事しか頭になく構えをして同時に攻撃する。矢は盗賊の太ももに直撃した。それも今となっては当然となって驚かなくなっているが放たれた矢は3本だ。そのどれもが太ももに直撃し奴らから機動性を奪い、死角からの攻撃という恐怖を与えた。おれの方も何とか震える腕を抑えて渾身のグリンドを盗賊の内の一人に当てることができた。そいつは後ろの方の岩肌まで吹き飛ばされる。
奴らは何が起こっているのかまるで理解できていないみたいだ。一部の者は足に刺さった矢を無理矢理引き抜いて一目散に逃げだした。一見すると作戦は成功したように見えたが襲われていた女性に一番近い盗賊が狂ったのか奇声を上げながら持っていた棍棒を勢いよく振りかぶって女性目掛けて振り下ろそうとした。
「マズい!レイ、頼む」
「分かってる ”アジルア”【加速】」
加速がかかったおれは物凄い速さで女性の元へと駆けつけて間一髪というところで盗賊の棍棒を剣で受け止めることができた。おれはそのまま力で押し切り大の大人である盗賊の腹に蹴りを入れてその場から離れさせる。
「何だァテメェはよォ?」
「下衆に名乗る名なんてねえよ」
「まさかこの奇襲はテメェらがやったのか!」
「アンタ……下手に動かない方がいいぜ。仲間は次にアンタの脳天を狙うだろうからな。それが嫌ならとっとと失せるんだな!」
「チッ!覚えてろよガキ。ヘンベル盗賊団を敵に回したことを必ず後悔させてやるよ」
「そんな聞いたことない田舎の盗賊団なんか知らねえよ」
「テメェ‼」
奴がおれに飛びかかろうとした時、奴の目の前を矢が轟音を響かせながら通り過ぎて行った。直撃寸前だったリーダー格の男は腰が引けている様子だ。
「だから言っただろう。下手に動くなって。次はねえぞ」
おれたちの脅しが利いたのかヘンベル盗賊団と名乗っていた奴らは逃げて行った。奴らが見えなくなったのを確認したおれは女性の振り向く。すると突然、女性はこちらの顔を確認して安堵したのか抱き着いてきた。おれはいきなりのことで困惑していると彼女の方から感謝を告げられた。
「本ッ当にありがとうございました。強がってはいたんですけど、もうダメだと思って」
これまで怖い状況を我慢してきた反動からか表情は見えないが明らかに泣いている。おれの肩が彼女の涙で濡れる。彼女を一旦落ち着かせるために抱き返すことはせずおれから離そうとしたが中々離れてくれない。困っているとレイたちがやって来た。
「どうだい。彼女は大丈夫そうかい?」
「あっそうだった。アンタ、怪我はしてないか?」
おれがそう聞くと彼女は離れないまま答える。
「怪我とかは無いです。盗られたものもありません」
離れる様子が無いのでおれはエルに口パクで伝える。
「『この娘を離してくれ』」
「『無理ね。それぐらい受け止めてあげなさいよ』」
しかし、エルが助けてくれることはなかった。しばらく経ってからようやく彼女が謝るのとお礼を繰り返すという無限ループが終わっておれから離れてくれた。
「もう大丈夫そうか?アンタ名前は?」
「私はその……サティラと言います。旅の途中でちょっとした用事があってここまで来たのですが困ったことに先ほどの方々に襲われてしまって」
「その用事ってのは何だ?大変なら手伝うけど」
「用事なら既に終わっているので大丈夫です。何から何までお気遣いいただきありがとうございます」
「ここでお別れだと……危ないよな。トゥカの街までなら連れて行けるけど」
「じゃあぜひついて行かせてください。私もそこまで行ければ大丈夫です!」
サティラと名乗った少女はクリームのような白色の肩にかからない程度のストレートのショートヘアで背はおれと大して変わらない。服装も一般的な絹で出来たスカートタイプのものを着用していて腰には護身用らしき短剣があった。
「ディール、話が済んだのなら早く行こうよ」
「どうしたんだよレイ。ヘンな顔して」
レイがやたらと険しい顔をして急かしてくるのでおれたちは出発した。レイを先頭にして中間にエルとサティラが歩き、一番後ろを護衛のようにおれが歩いている。
しばらく歩いているとサティラの歩き方に違和感を覚えた。まるで左足をかばうようにして歩いている。気のせいかもしれないが心配になったので彼女に声をかける。
「大丈夫か?」
「えっ!はい、大丈夫ですよ」
サティラは嘘が苦手みたいだ。どう見ても姿勢が右側に偏っている。おれは彼女の足を確認するとそこは赤く腫れていた。
「やっぱりな。怪我してるじゃないか。どうして早く言わなかったんだよ」
「そこまで言ったらもっと迷惑をかけると思ったので……」
「じゃあ……おぶっていくから掴まれよ」
「えっ⁉いいんですか。本当にすいません。迷惑かけてばかりで」
「気にするなよ『困っている人を救え』ってのが恩師の言葉だからな。それとちょっと足出してくれ」
おれがそう言うと彼女は元気なほうの足を出した。おれはすかさず突っ込む。
「そっちじゃないよ。怪我してる方の足だって」
「ああ!そっちでしたか」
おれはどこか抜けているような印象を彼女に抱いていた。彼女が腫れている方の足を出すとおれは患部に癒しの呪文であるポカラをかけた。少しだけだが腫れが引いた気がする。
「凄いです!ディールさんはポカラまで使えるんですか⁉」
「そんなに大層なものじゃないけどな。じゃあ行くぞ」
サティラの荷物はエルに持ってもらいおれは彼女をおぶってトゥカの街に向かうことにした。道中、サティラがおれの耳元で他の二人に聞こえないぐらいの声量で話し始めた。
「ディールさん。知っていますか?」
「何をだ」
「癒しの呪文自体が発展しない理由です」
「それは知らないな」
「不思議に思ったことは無いですか。炎や雷、風といった魂色による適正魔法が存在するのに回復系統だけは存在しないなんて」
そういえば魂色の適正魔法にはレイのような補助呪文はあるが回復効果がある適正魔法を持つ魂色は聞いたことが無い。
「そうだな~確かにおれも癒しの呪文は基礎魔法のポカラしか知らないし」
「そこなんですよ。この世にはポカラ以上の回復効果が望める呪文はあるのですが死んだ人を蘇らせるような蘇生の魔法や失った身体の一部を取り戻すような魔法が存在しないんですよね。ディールさんは何でだと思いますか?」
おれは意外にも真剣に考えてしまった。多分、心のどこかでもし蘇生の魔法があれば家族や村の皆が生き返りこんなつらい人生を辿ることがないと考えたからだ。いろんなことを頭の中で巡らせながら自分なりの結論を出してみる。
「おれの推測だけどさ、神様にも創れなかったんじゃないか。蘇生の魔法を」
「神様というのは宝色教で信じられている神のカラトラですか?それとも聖白教の唯一神オー・ラオですか?」
オー・ラオといえばシスターから聞いたことがあったな。どんな神様だったかは忘れたんだけど。
「どっちでもないかな。でもおれ、神様はいる気がするんだよな。根拠はないんだけどさ」
「ふふ、ディールさんって面白いですね」
サティラが初めて笑った。ここまで眉を垂れ下げて泣くか泣きそうになるかのどっちかしかなかったからおれは少しだけ安心した。
「もう1つだけポカラの話があるんですけど。ポカラはその人の心のやさしさが強ければ強いほど他者に使用したときにとても暖かく感じるそうですよ」
「へえ~それは知らなかったな」
「あくまでも研究者による説ですけどね」
「おれのポカラはどうだったんだ?」
「ディールさんのですか。そうですね~教えてあげません!」
「なんじゃそりゃ⁉」
おれたちはしばらく話しながら進んでいった。サティラには魂色の事を聞かれたけど青色だと知られたらマズいので灰色だと嘘をついておいた。それ以外には今までどんな魔物や人と戦ってきたかやアルテザーン地方の街について話していた。おれの方は面倒そうな話題は上手く濁して答えた。サティラ自身のことはアルテザーン地方の田舎の人間が暮らしている村出身ということしか教えてもらえなかった。きっとおれたちと同じで言えない事情があるんだろうと思って深くは聞かなかった。
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