第三章 地底の大迷宮

第1話 新たなる剣

 エルフの里から出発したおれたちは広大なアルテザーンを今日も旅していた。今はドワーフの住む洞窟に向かうために南東の方角へと進んでいる。草原地帯の整備された一本道を歩きながらおれは前方にいるレイに声をかける。


「そろそろ次の街に着きそうか?」


 おれの声を聞いたレイが地図から目を離してこちらに振り返りながら答える。


「地図上だともう少しだと思うんだけど」

「次の街ってどんな場所なんだ?」


 おれの質問にもう一人の仲間のエルが答える。


「”トゥカの街”は騒がしいことで有名な場所よ」

「騒がしいって何が?」

「言葉通りの意味よ。あの街はほぼ毎日と言っていい程の頻度で何かしらの祭りを開催しているの」


 祭りと言ったらおれの故郷のダマヤ村では魂色の儀とか収穫祭ぐらいだったけどどっちも美味いものがたらふく食えたから大好きだった。

 

「毎日が祭りかぁ~面白そうな街だな!」

「僕もお祭りは好きだな~今日は何の祭りをしているんだろうね」

「まだ陽は登ったばっかりだ。さっさとトゥカの街に行こうぜ」


 おれがレイに追い付いて二人で肩を組みながらステップを踏んでいるとエルが呆れた表情でトーンを落として話し出した。


「あなた達……本来の目的を忘れてないでしょうね?」

「分かってるよ、ドワーフに会いに行くんだろ。ありがたいことにエルメネル女王に親書ももらってるから簡単に力を貸してくれるといいんだけどな」


 おれたちの今回の旅の目的は三節前にエルフの里を出る前にエルメネル女王から賜った剣”ミレニアム”の秘められた力を引き出すことだ。そして、おれ自身の宿命はおれから全てを奪っていった七玹騎士を見つけてこの手で討つこと。


「どうかしらね?エルフとドワーフはそもそも仲が良くないから……」


 アルテザーン地方には人間だけが住んでいるサンアスリム地方と違って各種族間のすれ違いがある。人間みたいに戦争をして白黒つけるほど野蛮な真似はしないがエル曰く一対一で対面したときの雰囲気は最悪になるらしい。


 しばらく進んでいるとレイが足を止めておれを呼んだ。

 

「ディール、ちょっとこれ見てよ」

「どうしたんだ?」


 レイはまた地図を広げて見ていたがこの地図はさっきの地図とは違う。魔宝具の地図だ。

 

「最初は真っ暗だったこの地図もどんどん解放されていくのを見ると気持ちがいいね」

「ホントだ!こうやってみると随分歩いたな」


 おれは地図を見ながら一部を指さす。


「ここがエルフの里というか世界樹ならここが仙郷の大図書館か」

「正確には仙郷の大図書館”跡”だけどね」

「そうだな……」


 全ての書物が収められていた大図書館も七玹騎士との戦闘で無くなってしまった。あいつらの事を考えていたらなんだか無性に腹が立ってきたので思い出すのをやめることにした。


 レイが魔宝具の地図をしまったタイミングで草むらから魔物が飛び出してきた。体表は赤い毛で覆われており鋭い牙が生えている口元からは涎がダラダラと垂れている四足獣が3匹。それに加えて上空にはウォーバットの数倍のデカさがある魔物が5匹いる。空を飛ぶ魔物は大きな翼に足が二本生えていて緑色の大きな三つの眼から放たれている眼光が昼間だというのに鋭く光っていやがる。


「ディール、レイ。モンスターよ」

「分かってる。赤い狼みたいな奴は”クリムゾンビースト”だ。すばしっこいから気を付けろ。もう片方は”ピナールアイズ”で噛まれたら麻痺するぞ」


 これまではアルテザーン地方の魔物の事を何も知らなかったが仙郷の大図書館でレイが手に入れてくれた魔物図鑑のおかげでこいつらのことは既に把握済みだ。生息地や特徴などは分かっているが実戦となれば話は変わる。最大の注意を払って戦わなきゃいけない。


 おれたちはそれぞれ武器を構える。魔物の方もやる気満々みたいだ。久しぶりの食事にありつけたとでも思っているんだろう。だけどそんな簡単に喰われてたまるか。


 二人にそれぞれ指示を出す。


「エルは数が多いけどピナールアイズの方を頼む。おれはクリムゾンビーストを倒す。レイはおれの後方で補助呪文による支援やエルの援護をしてくれ」


 おれの指示を聞いた二人は早速動き出した。おれもクリムゾンビーストの群れに向かって突進した。おれが近づいてきたのに気づいたクリムゾンビーストはけたたましい唸り声をあげながら自慢の牙をむきだして襲い掛かってきた。


 飛びかかってきた最初の1匹を屈んで躱し腹部目掛けて容赦なく剣を突き刺す。おれは突き刺さった状態の魔物を地面に叩き落とすと剣を引き抜いた。腹に致命傷を負ったクリムゾンビーストは暴れまわることなく絶命した。おれの腕には先ほど突き刺したときに付着したであろう魔物特有の紫色の血が流れている。


「まずは1匹目。次はどいつだ⁉」


 おれは脅すようにしてクリムゾンビーストたちを睨みつけ、ゆっくりと近づく。おれの新しい剣であるミレニアムは材質のおかげなのかべったりとついていたはずの血が綺麗さっぱり落ちている。


 一方エルたちの方も苦戦はしてなさそうだ。エルが的確にピナールアイズの弱点である目玉を射って次々と倒している。こりゃあこっちもゆっくりしていられないかもしれない。


 おれは剣の刀身に左手を当てて魔法を唱える。


「剣に力を……”フレイムブレード”【蒼炎の刃】」


 しかし、あの日のような蒼い炎が出てくることはなかった。ここ最近はずっとそうだ。なんで魔法が失敗するんだよ。イメージだって完璧だし魔力が底を尽いているわけじゃない。おれは炎魔法を出すのを諦めて基礎魔法で戦うことにした。


 残りの2匹がおれを襲った。流石はクリムゾンビーストだ。人を襲うのに慣れていやがる片方は喉元にもう片方は右足に向かってほぼ同時に噛みついてくる。おれは喉元に来た奴の口に刃を噛ませて攻撃を防ぎ足元に来た奴はグリンドを唱えて吹き飛ばした。


「レイ!吹き飛ばした奴の方を頼む」

「任せてよ」


 一旦ミレニアムに噛みついている奴の方に集中することにした。おれは剣を振り回してクリムゾンビーストを引き離すとすぐに追撃に入った。しかし、クリムゾンビーストも一筋縄ではいかない。もう一度おれの喉元を狙って噛みついてきた。おれはすかさず左腕を差し出して急所を避けることが出来たが思い切り噛みつかれたことで腕に激痛が走る。おれは歯を食いしばりながらクリムゾンビーストの背中を上から思い切り刺す。心臓を貫かれたクリムゾンビーストは次第に噛む力が弱まっていき最後には絶命した。


 レイの方も加速を使って巧みに翻弄しながら細かくダメージを与えていきクリムゾンビーストがよろついたところを見逃さず急所を狙って新しい短剣であるヴェルブリンガーで倒していた。レイは同じ短剣を使うダークエルフに剣術を教えてもらったからエイリレ流剣術とダークエルフの技の両方を得たことで以前よりも格段に強くなっている。


 魔物を全て仕留めたおれたちは道の邪魔にならないように脇道において皮剥ぎなどの作業を始めた。なんでこんなことをしているのかって簡単に言うと金になるからだ。魔物の皮は毛皮製品になったり金持ちコレクターの嗜好品として買い取ってもらえるし、一部の新鮮な臓物は薬屋に持っていくことで材料としてこれまたかなりの値段で買い取ってもらえる。


「クリムゾンビーストの肉は獣臭がキツイから食用には向いてないんだよな」

「臭いを消すラッドの粉末とか使っても駄目なのかい?」

「無駄だな。そもそもビースト系統の肉は硬いし筋も多いからまともに食べられないよ」


 エルは狩りに慣れているからか丁寧に且つ素早く作業を進めていく。


「おしゃべりしてないでさっさと終わらせなさいよ。トゥカの街に行くんでしょ」

「うぃーす」

「りょうかーい」


 おれとレイも作業を終わらせて袋に素材を詰めた。ピナールアイズはそこまで売れるような価値がある部位が無いので放置だ。死んだ魔物は強さに限らず軒並み野鳥やその他獣の餌になるので基本的に放置していても大丈夫。だけど街の門などの近くでは魔物をおびき寄せる可能性があるのでそう言った時は何らかの形で処分しないといけない。こうしておれたちは魔物の素材を売ることで生活していた。


「それにしてもこのミレニアムは本当に凄いな。特別な力があるわけじゃないんだけどちょうどいい重さで使いやすい。まるでおれに合わせてくれているみたいだ」

「ヴェルブリンガーも凄いんだよディール。こんな凄まじい切れ味を持つ短剣を誰が作ったんだろう?」

「普通に考えたらドワーフだよな。あの種族以外に武具を作るなんて聞いたことが無いぞ。そうだよなエル?」


 おれがそう聞くとエルが気のない返事をした。


「そうね。私はそもそも日が差さないような暗い鉱山に直接住み込んでまで鍛冶に打ち込むこと自体が理解できないんだけど」


 おれたちが談笑しながら歩いていると遠くの方から女性の悲鳴に似た叫び声が聞こえてきた。


「キャァアアアッ‼」


 3人は顔を互いに見合わせて頷き、何も言わずに声の聞こえてきた方角へと走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る