第35話 デカい壁

 おれとレイは今日も警備隊の戦闘訓練に参加させられていた。仙郷の大図書館で剣が壊れてしまったので代わりの剣を使っていたがどうも手に馴染まない。


 相手の警備隊はダークエルフが2人とエルフが3人の計5人編成となっている。しかもよりによって今日は警備隊長のメレスと警備副隊長のダークエルフのガリアッチという最悪の相手だ。ガリアッチは男のダークエルフで体格がすごく良くておれの倍以上のデカさだ。そのくせ体格に見合わない短剣を使っている。対するコッチはおれとレイだけだったけど今日はそれを見かねたエルが助太刀してくれた。


 エルフたちは身動きがとりやすいように亜麻で出来た白い衣服の上に腰まで伸びている茶色のマントを身に着けている。ダークエルフの方は黒色の金属製の鎧を装着している。


 メレスが訓練の前にエルに向かって話し始める。


「いくら王女といえど、一度でも訓練の場に立てば一兵士と変わらぬ扱いで行かせてもらいますよ」


 メレスの挑発的な態度にエルは口角をわずかに上げながら返す。


「警備隊長だからって調子に乗らない方がいいわよ。この里で誰が一番、弓が上手なのかを教えてあげるわ」


 訓練が始まった。おれはまず弓を構えているエルフの元に直進する。当然エルフたちは矢を放ってくるがおれは剣で弾く。近づいたタイミングで飛び上がって上から斬りかかるがすぐにカバーに来ていたガリアッチに止められてしまった。


「貴殿の剣は大味すぎる。故に読みやすく簡単に見極められてしまうぞ」

「的確なアドバイスをどうも!」


 ガリアッチは冷静におれの剣の評価をしやがった。おれは後ろに下がって着地したがすぐに左右から矢が飛んで来る。躱しきれないと思ったがエルが矢を放って器用に両方とも撃ち落とした。


 やはり数の差は大きい。向こうの方でもレイが一組のエルフたちを相手にしているが苦戦を強いられているみたいだ。今回は魔法を使用しないという条件なのでレイの補助魔法を使って力押しが出来ない。しっかり頭を使わないとまたボコボコにされたうえで医務室送りにされちまう。それだけは御免だ。今日こそ勝ってやる。


 また矢が飛んできた。それも今度は視認しただけでも6本だ。エルがその内の何本かを撃ち落としたがまだ残っている。おれは急いでその場に伏せる。何とか矢を躱したがガリアッチが既にこちらに攻撃を仕掛けてきていた。おれは起き上がって剣を受け止める。よく見るとおれの剣は既に刃こぼれしていて今にも壊れてしまいそうだ。おれが叩きつけるようにガリアッチに斬りかかると剣はガリアッチの短剣に木の枝のように簡単にへし折られてしまった。


 ガリアッチの拳が飛んできてもうダメかと思ったがすんでの所で審判が訓練終了の口笛を吹いた。周りを見てみると警備隊のエルフ二人がマントを矢で射抜かれて壁に張り付けにされていた。そしてレイはダークエルフの喉元に短剣をわずか数センチまで近づけていた。多分これが今回の決まり手だろう。


「ディール、やっと勝てたね」

「そうだな」


 レイが喜びを噛みしめながらこちらにやって来た。だけどおれは素直に喜べなかった。おれだけが負けていたからだ。あと少しでも終了の合図が遅れていたらおれはボコボコにされていただろうし、実際の戦闘ならあの世行きだ。


 エルは壁に張り付けられたエルフを助けてあげながらメレスに偉そうにふんぞり返りながら弓の腕を自慢していた。ダークエルフの方はおれたちのそばにやって来た。ガリアッチがまた冷静に分析し始める。


「レイの方は横目で見ていたが日に日に剣の腕をあげているな。まさか警備隊随一の実力を持つブレイジに勝つとは」

「本当にレイ君は強くなっていますよ。短剣の腕だけなら並みのダークエルフでも歯が立たないでしょうね」


 二人に褒められたレイはかなり上機嫌だ。嬉しさで今にも飛び跳ねそうだがグッと堪えて何事もないかのように返した。


「いえいえ今回は運が良かっただけですよ。それに今日はエルの援護もありましたからね」

「謙遜するな。貴殿の短剣の腕はこれからまだまだ改善の余地がある。よければダークエルフの技を教えようか?」


 ガリアッチの提案にレイはすぐに乗った。


「是非教えてください。エイリレ流剣術にダークエルフの技が加われば敵なしになります」


 ガリアッチは次におれの方を見るとレイの時と同じように評価する。炎のような赤い瞳からは温度を感じられない。


「貴殿の我流の剣術自体は悪いものではない。しかし、ディール自身のまだ成長途中の身体に適していない。力任せのその戦い方ではいずれ身を滅ぼしてしまう。まだ若い今の内に闘い方を改めたほうがいいな」

「…………どうも」


 そんなこと言われたっておれには剣を教えてくれる師匠なんていなかったし、これで何度も戦ってきたから今更変えろなんて言われてもどうしたらいいのか分からなかった。


 この日の訓練はこれで終わりだったのでおれは里の中を一人で歩いていた。エルは女王と何か話があると言って女王の間に向かったし、レイは居残りでダークエルフの技を教えてもらっていた。


 あの時の会議以降、里の中を歩いているといろんな人たちに声をかけられるようになった。一部ではおれたちのことを里を救った”小さな英雄”とか”勇者の再来”って呼ぶ人までいるらしい。


 花屋の近くに行くとセルシスがいた。そういえばあの時の事件でも操られていたという点からセルシスが罪に問われるということはなかった。彼女はおれに気付くと手に花束を抱えた状態で手を振っていたのでおれはそっちに向かうことにした。


「ディールさん。今日は訓練じゃなかったんですか?」

「今日はもう終わりだよ。医務室に送られなかったからラッキーだったな」


 他愛もない話をしながら里の中の話や花について話していた。途中、会話の中で気になる話題が出てきた。


「そういえば聞きましたか、四肢長族の街のこと」

「また何かあったのか?」


 おれは嫌な話かと思ったがそういう訳ではなかった。


「別に暗い話じゃないんですよ。復興が上手く進んでいて、ほとんど元通りだから商業や流通が再開したって話があったんです」

「それは良かったな。もしかしてここに来ることもあるのか?」

「四肢長族は手先が器用で衣服を作るのが得意なのでそれを売りに来ることはありますかね」


 セルシスは花束を作り終えると花瓶にさして活けた。

 

「それにしても凄いですよね。噂だと街は半壊状態だったのにたった一節の間に直すなんて。余程腕のいい職人がいたのか大量の資金があったのか、またはその両方か」

「どちらにせよ直ったんなら良かったよ。おれも四肢長族にはレイを救ってもらった恩があるからな」


 会話を終えたおれは宿泊している部屋に戻ることにした。里の中でエルフとダークエルフが共存する姿は初めからこうだったみたいに馴染んでいた。部屋に入って椅子に座るとおれは机の上に立っているバサンに愚痴をこぼす。


「おれは……どうすればいいんだろうな。レイのような剣術も持ってないし、エルのような弓や魔法の技術もない。適正魔法であるはずの炎もあの日以来上手く出せない」

「ピピ……」


 おれの悲しみや不甲斐なさのようなものを感じたバサンは慰めるように小さな羽でおれの手の甲を叩く。


「でもさエルフは救えたし青の魂色の秘密も分かったんだから後はロオに帰るだけだよな。そしたら妖精の区の子供たちに会わせてやるよ」

「ピピッ!」


 おれは口から吐き出したい想いの半分も出せなかったけど少しはスッキリできた。まだ陽は落ちていなかったがその日はもう疲れたからベッドに入って眠った。

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