第36話 託された願いと偉大なる宝
朝になると久しぶりにエルが扉を叩いて起こしに来た。未だにこのバカみたいに早い朝の生活は慣れない。重い瞼をこすりながら扉を開けると真剣な面持ちをしたエルがいた。
「どうしたんだよ。今日は訓練も魔法の修行もないはずだぞ」
「お母様が……女王があなた達二人を連れてくるようにって」
おれは何が何だか理解できなかったが何とかして枕にしがみついているレイを起こすと二人して寝ぼけたまま女王の間に向かった。
女王の間には二つの赤い玉座が置かれ、入って左側にエルメネル女王が右側にエルローラ女王が座っていた。そして今日も女王の間には花が浮かんでいた。色は白だ。たった一人の女王でも威厳たっぷりだったけどそれが二人になった今ではより威圧感を感じるようになった。
おれたちが二人の女王の前に立つとエルメネル女王が口を開いた。
「今日、二人を呼んだのは大切なことを伝えるためです。ディール……あなたに託さないといけない物があります。こちらへ」
おれはエルメネル女王の近くまで歩き片膝をつくと部屋の奥から大きな木箱を抱えたメレスがやってきた。メレスは女王に一礼してから古びた木箱を渡すと部屋の奥へと再び帰ってしまった。おれは気になったので女王が持つボロい木箱について聞く。
「それっていったい何ですか?すごいお宝が入っているようには見えないんですけど……」
おれの言葉にエルメネル女王は一瞬だけおれから視線を外して空を見つめた。そんな女王はどこか寂しそうな感じだ。
「コレは……私の母上、つまり先代のエルフの女王から託されたものです。細かく言えば母上もコレを私の祖母にあたる先々代から託されたと言っていましたが。今から約千年前にいた人間から渡されたもののようです」
おれは千年前という言葉がひっかっかった。
「もしかしてその人間は魔王を倒した英雄アステルに関係してますか?」
おれの問いにエルメネル女王は渋い顔をしながら答えた。
「私がこれを母上に譲り受けた時に言われたのは『これを託すのはアルテザーン地方……いえ、フォルワ全土に脅威が迫った時、それをはねのけることができる唯一の種族こそが人間。最も信頼のおける強き人間にこれを世界の命運とともに託しなさい』と」
エルメネル女王は木箱を開き、中から取り出したのはシンプルなどこにでもありそうな両刃の剣だ。前に使用していたおれの剣より少し短い程度の物。銀色の刀身は白い輝きを放ち、鍔の部分はVの形になっている。
「コレこそがディールに渡したかったものです。さあ手に取ってみてください」
正直に言うとおれはためらってしまった。この剣を手に取ったら何か大きなものを背負わなければいけなくなりそうだったから。だからこそもう一度エルメネル女王に確認する。
「この剣を託すのに相応しいのがおれだって言うんですか⁉」
おれがそう聞くとエルローラ女王が答えた。
「これは私たち二人で話し合って決めたことだ。あの日、他種族のために命まで張って争いを防ごうと動いていたそなたの姿を見て確信した。フォルワの影でうごめいている陰謀を止めることが出来るのはそなたしかいないとな。それに戦うべき敵なら自分自身が一番分かっているのではないか?」
戦うべき敵……分かっている。カミオン帝国だ。奴らがフォルワ大陸に何かを仕掛けようとしている。でもおれが剣1つでどうにかできる相手じゃない。おれが困惑しているとエルメネル女王が玉座から立ち上がり代わりに木箱を玉座に置いてからおれの手を強く握った。
「エルローラ女王が言ったことは本当です。私も先日のあなたの姿を見て託すのに相応しいと思いました。ディールにとっては重き使命になると思いますがフォルワの闇を晴らすことが出来るのは青の魂色を持つあなたしかいません」
おれは大きく息を吸い込んでから何秒か息を止めた。その後思い切り息を吐いた。覚悟を決めたわけじゃないがおれは何も考えずに木箱に入っている剣を手に取る。その瞬間、全身に電流のような衝撃が駆け巡った。と同時に頭の中に自分のものではない誰かの記憶が断片的に流れてきた。
仲間らしき人物数人と共に男が魔物と戦っている様子やその人間がどこかの王国の戴冠式に出ている様子。最後に髭を存分に蓄えた老人が豪華な棺に入れられてたくさんの国民に惜しまれながら葬儀を執り行われている様子が見えた。どの記憶も同一人物を映したものだろう。その人物は多分英雄アステルだ。
「今のは……」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです。ところでこの剣には名前とかついているんですか?」
「その剣は”時を超える剣”【聖剣ミレニアム】と呼ばれています」
聖剣ミレニアム、初めて手に取ったが嘘みたいに馴染んでいる。
「世界を救うとか、誰かのためにとか、そういうのはまだよく分からないけど……倒さないといけない敵は分かっているつもりです。おれはそのためにこの剣を振るいます」
「それでもいいと思います。ただ忘れないでください、その剣には各種族の平和への願いが込められているということを」
おれは下がってレイの所まで戻った。すると今度はエルローラ女王が話し始めた。
「世界樹を救ったディールには聖剣が送られたが、ここを救った英雄はもう一人いる。レイ、こちらへ来てくれ」
「僕ですか?」
レイは驚いた様子でのそのそとエルローラ女王の前まで行った。エルローラ女王はガリアッチを呼ぶとガリアッチは剣を持ってやって来てエルローラ女王に丁重に手渡した。
「ディールだけに渡すと不公平かと思ってな。レイにはダークエルフの国宝である【黒剣ヴェルブリンガー】を贈呈する」
「本当に頂いていいんですか?」
「構わぬ。剣は飾るためにあるのではない。闘うためにあるのだからな。それに、レイに似合うと思ったからな」
「では遠慮なく」
そう言ってからレイは一礼してから短剣を受け取ると早速鞘から引き抜いた。ヴェルブリンガーはミレニアムと違って刀身が黒く輝いている。護拳の部分はやたらととげとげしく触れただけで怪我しそうだ。
レイは刀身を中指の関節部分でコンコンっと叩く。
「これは……ただの金属じゃなさそうですね」
レイの発言にエルローラ女王は楽しそうに笑いながら話した。
「よくぞ気付いたな。それはゴルドゴーレムからしか採取できない特殊な金属で鍛えられている。ちょっとやそっとのことではその剣を折ることは不可能だな。どうだ、気に入ってくれたか?」
「それはもう……大満足ですよ!」
レイは再び頭を下げるとおれのいるところまで戻ってきた。おれたちが新しい剣をそれぞれ携えてその場に立っているとエルメネル女王が話し始めた。
「ミレニアムにはまだ力が秘められているそうなのですがそれについて知るにはエルフ以外の種族に会って力を借りる必要があります。ドワーフに獣人族、巨人族。最後に龍族です。会いに行く順番は決まっていませんがここから一番近くにいるのは山をいくつか越えた先にいるドワーフですね」
「まだ完全な状態じゃないってことですね」
「その通りです。ミレニアムの力を最大限に引き出すために今一度このアルテザーン地方を巡り各種族に会うための旅に出るのです」
旅はまだまだ続くってことだ。こりゃああいつらの所へは当分帰れそうにないけど土産話は一生分できそうだな。おれは旅に出る決意を固めたことをエルメネル女王に伝えた。
「分かりました。エルメネル女王の言う通りにまずはドワーフに会いに行こうと思います」
「あなた達の旅が成功することを祈っています」
おれたちが女王の間を出て行った後、エルメネル女王とエルが話し合っていた。
「エルリシアン、あなたはどうしたいのですか?」
「私は……王女としての立場をたとえ捨てることになったとしてもあの二人の旅についていきたいと思っています。それがフォルワを救うための旅なら尚更です。それに……私がついていないとあの二人はアルテザーンの事全然知らないし、危なっかしいから」
「あなたをいつまでも箱入り娘にしておくわけにはいかないですね。外の世界を存分に見て知見を広めてきなさいエルリシアン」
「ありがとうございます。お母様」
おれとレイは外を歩きながら話していた。
「なんだかとんでもない物を託されたな」
「僕たちにはちょっと荷が重いかもね」
「おれのやるべきことは一つだ。七玹騎士を討って仇を取る。それだけだ」
「当然僕も一緒だよディール。君だけの戦いじゃない」
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