第34話 叶わぬ平和を語るその姿は英雄か愚者か

 会議室ではネウィロスの爺さんがネックレスにかけられた魔法について説明をしていた。


「このネックレスには予め”パッペレイト”【愚かなる傀儡】の呪文がかけられておった。この魔法は装着者に対して術者が好きなタイミングで精神、思考を乗っ取り意のままに操ることが出来る。その術者の魔導レベルが高ければ五感すらもジャックして状況を確認しながら操ることが可能になるじゃろう」

「魔法が発動していたという痕跡が残っておることからセルシスが操られていたのは確実と言っていいじゃろう。そしてパッペレイトをかけられた者は操られている間の記憶が存在しておらぬ。セルシスが頑なに記憶が無いと言っておったのもそのせいじゃ」

「確かにダークエルフを射ったのはセルシスじゃ。しかし、それは操られてしまったが故のことじゃ。咎めるべき相手を間違えておるのではないかな……エルローラ女王よ。嘘だと思うのならばこのネックレスを調べてみるがよいぞ」


 そう言ってネウィロスの爺さんがエルローラ女王に琥珀のネックレスを渡すと、女王は手に取って調べ始めた。


「微かに魔法の痕跡を感じる……では、私たちを騙したのは一体誰だというのだ⁉」


 ネウィロスの爺さんが後ろに下がる。おれの出番が来たということだろう。おれは意を決して前に出る。


「アンタらを騙した奴は見当がついてる。カミオン帝国の七玹騎士の一人、紫騎士のパーピュアだ」

「ふっ!そんな聞いたこともないような国の者が私たちを騙して何の得があるというのだ?」

「今のこの状況こそが奴らの目的だったんだよ。エルフとダークエルフの仲違いによる衝突。アンタは世界樹を燃やせば新しく生まれ変わるだのなんだの、あることないことを吹き込まれて唆されたはずだ。争えば必ずケガ人だけじゃ済まないし、誰も救われないぞ」

「人間たちに何が分かるというのだ。私たちダークエルフの先祖は同じエルフ種でありながらこの地に足を踏み入れることすら叶わなかったのだぞ。願望を果たすには小さな希望に縋るしかないではないか!」


 エルローラ女王は当然熱くなって反論する。移動中にネウィロスの爺さんに聞いた話では、つい最近までダークエルフが世界樹に近づくことを許されていなかったが、エルメネル女王がそのルールを変えて有事の際は里に訪れることを許可するようになったそうだ。


「いいか、奴らの最終目標はアンタらエルフとダークエルフの遺体の回収だ。何に使うかは分からないけど……狂った奴だ、とんでもないことに使われるのは間違いない。人の尊厳を平気で踏みにじる……それが奴らだ」

「遺体の回収だと⁉……そなたのこれまで言ったことが本当ならば、これらの事件は全て仕組まれたもので、その者の掌の上で転がされていたというのか」

「その通りだ、証拠もある。そこにいる商人だ。そいつが黒幕であるパーピュアの命令でセルシスにネックレスを渡した」


 おれがそう言うと縄でぐるぐる巻きにされている商人は首を激しく縦に振った。


「本当に戦うべき相手はエルフじゃない、アンタらを陥れようとしたカミオン帝国のパーピュアだ。だから頼む、どうかダークエルフの主としてその目で真実を見極めて、その矛先を収めてくれないか」


 おれはエルローラ女王に対して深く頭を下げた。それを見たエルローラ女王は先程までの勢いを失くして、騙された悔しさで顔をゆがめながら静かに話す。


「確かに私に世界樹を燃やすように言ってきたのはそこにいる商人だった。恐らくそなたたちが話したことは事実なのだろう。私は先祖代々からの願いに囚われ、心の隙間に付け込まれて我を見失っていた。今回の事件を言い訳にして本来守るべきはずの世界樹を燃やそうなどと……すまなかった、許してくれ。そこのエルフの娘も解放しなさい」


 エルローラ女王は深く頭を下げて謝罪してから、仲間に命令してセルシスを開放した。


「いいんだよ、分かってくれれば。アンタらが争いさえしなければ奴らは永遠に目的を達成できないんだからさ」


 ダークエルフの殺害事件はエルローラ女王の誤解を解いて説得したことで解決した。だけど話はまだ終わっていない。エルメネル女王が口を開く。


「エルローラ女王、賢明な判断をしていただきありがとうございます」

「この事件の裏のことなど何も分かっていなかった大馬鹿者だ。同胞の仇である真の敵すら見誤るとは一生の恥」


 おれは最後の目的を果たすためにエルメネル女王とエルローラ女王に話しかける。


「計画が失敗に終わったカミオン帝国の奴らがここで諦めるとは思えない。次は総力を挙げて押し寄せてくるかもしれない。そうなればいくらエルフでもただじゃ済まないはずだ。互いに世界樹を守るという使命があるのなら一緒に守ればいいじゃないか」

「ですがディール、千年前の掟によって世界樹はエルフが守ることになっているのです。それは不可能ではないでしょうか」


「だったら掟なんていくらでも破ればいいさ!」


 おれの一言でその場にいるすべてのエルフたちが驚きざわつき始めた。


「そんな古い掟を破ったところで誰が怒るんだよ。先祖が化けて出てくるのか?違うだろ。ルールなんて今を生きている人が時代に合わせて決めればいいんだ。エルフとダークエルフが手を組んで、一緒にここで暮らして敵に立ち向かえばいい」

「掟自体を変えるのはいいかも知れぬが、そなたの言っていることは理想論に過ぎない」

「たとえ相手の境遇を知らなくても……血の繋がりがなくても、年も性別も好きな食べ物も寝る時間が違くても、自ら距離を置こうとしない限り、人は誰かと一緒に楽しく過ごせるってことをおれは知ってる」


 おれの話を聞いてエルが噴き出しながら笑った。エルが笑ったことで何となく周りの空気が良い方向へ変わり始めている気がする。


「全く……ディールの提案ってば要は皆で暮らせばハッピーだし敵無しって事でしょ。子供っぽいというか、ぶっ飛んでるというか。でも、私は賛成。掟を壊して世界樹を巡る争いが無くなるんだったら掟なんて壊しちゃえばいいのよ。そうでしょ、お母様?」


「民に聞いていない内は何とも言えませんが、私個人としては共にこの地で生きていくのは良いことだと思っています」


 エルメネル女王の返事を聞いたエルは次にエルローラ女王の方を見つめる。


「私としても先祖代々からの願いであった世界樹と共に過ごし守ることが出来るのなら構わないが」


 二人の女王が共に手を取り合いながら同じ方向へと少しずつだが進もうとしていた。会議が終わった後の両種族の動きは早かった。数日後にはエルメネル女王がエルフの里の民を集めて説明をした。里の中での反発は全くなく、ダークエルフを受け入れる準備を始めていた。


 一方のダークエルフはエルローラ女王の懸命な説得も空しく、民の三割ほどが『エルフとは住めない』や『エルフの恩情など受ける気はない』、『追い出された先祖の恨みを忘れるなど言語道断』などの様々な理由で世界樹への移住を拒んで幻覚の森にあるダークエルフの里を去った。


 おれやレイも当然、エルフの里の改築を手伝った。家屋の増設や世界樹の幹に新しい床を作るなどしてエルフの里は今までよりも大きくなった。


 数日が経過して今日はダークエルフが移住してくる日だ。おれたちは出迎えるために待っていた。しばらくするとエルローラ女王率いるダークエルフたちが荷物を抱えながらツタの籠から出てきた。


「これからはここで暮らすんだよな。頼むから喧嘩はほどほどにしてくれよ」


 おれがエルローラ女王をからかうと彼女は初めてクスッと微笑んだ。


「ディールの頑張りのおかげで黒幕が分かり争わずにすみ、突飛な考えのおかげで私たちはここで過ごし、使命を果たすことが出来る。何度礼をしてもし足りないな」

「できればおれたち人間とも仲良くしてくれると嬉しいんだけど」

「二度も人間に騙されるわけにはいかない。慎重に見極めるゆえ、期待はするなよ」

「ハッハッハ!それもそうだな」


 ダークエルフの移住は何事もなく無事に済んだ。ダークエルフが住み始めたことで武器屋には弓だけでなく短剣が並ぶようになり、店がある通りでは以前よりも人通りが増えて活気があふれるようになった。同じエルフ種ということもあり両者はすぐに打ち解けることが出来た。


 里の体制で変わった面と言えば女王の間には玉座が二つ置かれることになりそれぞれの女王が座っている。警備隊も再編成され前衛をダークエルフが、後衛をエルフが務めることにより戦闘能力が大きく向上した。


 おれとレイは連日、警備隊による対人間を想定した戦闘訓練に参加させられて、戦闘慣れしたエルフたちを相手にしていたせいでクタクタだった。だけど、おれたちも戦うことによって確実に強くなっていった。


 この事件をきっかけにエルフとダークエルフが互いに認め合い、共に過ごす結果になったのはカミオン帝国の奴らにとっては最悪の結果になったはずだ。過去のことを水に流して今を歩むことを決めた両種族の事をおれは本当に凄いと思ったし、人間もこんな感じで争わずに相手の話を聞く耳を持ち、話し合いで解決できるようになれば血を流すこともなくていいのになとも思った。

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