第31話 もう一人の女王

 おれたちがネウィロスの爺さんと一緒にいる頃、エルは女王に呼ばれて女王の間へと移動していた。


 女王の間の玉座に座るエルメネル女王はいつもの柔らかい雰囲気ではなく、真剣そのものだった。宝石のようにピンク色に輝く鮮やかな瞳は力強くエルリシアンを見つめており、この瞬間だけは母親ではなく一国の女王として王女と対面していた。エルリシアンは女王に呼ばれた理由を問う。


「お母様、急な要件とは何でしょうか?」

「落ち着いて聞きなさい、エルリシアン。先ほどダークエルフの女王から会談を申し込まれました」


 エルメネル女王の口から出たダークエルフとは魂色自体はエルフと同じ緑だが、異なる部分だけ言えば褐色の肌と銀の髪、燃えるように赤い瞳を持ち、弓ではなく一対の短剣による近接戦闘を得意としている。幻覚の森の一部を住処として暮らしていた。エルフとダークエルフは特別仲が悪いわけではないが互いに関わり合おうとはしていなかった。話す機会があるとすれば他種族間の会議であるペンタゴンワッフルの時の他愛のない雑談のみであった。そんなダークエルフの女王が突然、会談を申し込んできたのは異常事態だった。


「ダークエルフが何の用でここに訪れるというのですか?」

「にわかには信じがたいのですが内容は……」


 エルメネル女王は事件の内容を言葉にすることを恐れていた。これが事実であったなら種族間での衝突が避けられないからだ。しかし、エルメネル女王は覚悟を決めてエルリシアンに伝える。


「あちらの領内にて一人のダークエルフの遺体が確認されました。死因は心臓を矢で射抜かれたことによるショック死です。そして凶器となった矢は我々エルフのものであったと主張しています」


 エルリシアンは同胞がダークエルフの殺害に関与した可能性があることを到底信じることが出来なかった。


「では、私たちの里の誰かがダークエルフを射ったと言うのですか!」

「私としても直接話を聞くまでは信じたくはありませんが、万が一ということもあります。今すぐ会談の準備をするのでその場にはエルリシアンも出席しなさい」

「……分かりました」


 エルメネル女王たちは女王の間から会談の場である会議室の広間へと移動した。会議室の内部は中央に長方形の長机があり、部屋の奥には見事な噴水が置かれている。部屋の周囲には色とりどりの花が咲いていて美しい白い蝶が花の蜜を吸っている。


 席には一列にエルメネル女王とエルリシアンが座り、反対側は空けてある。メレスなどの警備隊数人はエルメネル女王の背後に整列していた。


 ダークエルフとエルフの間には過去に一つだけ深く大きい溝を作る事件が起きていた。それは今から約千年前、世界樹の居住権を巡る問題であった。どちらが世界樹を守り、住むか。結果としてはとある人物がエルフに居住権を与えたがこれに対してダークエルフは納得していなかった。故に代々、エルフの女王はいつかダークエルフが世界樹を乗っ取るのではないかということを危惧していた。


 エルメネル女王たちがしばらく待っていると会議室の扉が開いて外からダークエルフたちが5~6人ほど入ってきた。エルメネル女王とエルリシアンは立ち上がって迎える。ダークエルフの女王が軽く会釈してから挨拶をした。


「随分と久しいな。エルメネル女王よ」

「お久しぶりです”エルローラ女王”。できればこういった形で再開したくはなかったのですが」


 エルローラは鋭い眼光でエルメネル女王とエルリシアンを交互に見た。あまりの威圧感にエルリシアンは彼女に対して恐怖を覚えた。

 

「では此度の件について話し合おうか」


 互いに席についてからエルローラが話し始める。


「既にカラスで情報を飛ばしているから大まかな説明は省かせてもらう。私が聞きに来たのは仲間の死の真相についてだ。そなたたちの里の何者かに射抜かれた」

「確証はあるのでしょうか」

「あの凶器に使用された矢と正確さはそなたらエルフ以外にありえない。こちらで裁くので早急に犯人を引き渡していただきたい」

「それだけでは私の家族でもある民を渡すわけにはいきません」


 エルメネル女王はエルローラの話を真っ向から否定した。当然、ダークエルフ側の者たちは皆、憤りを感じている。


「では……証拠と証言があれば納得していただけるかな?彼女をここに連れてきなさい!」

「御意」


 エルローラの命令に従って男のダークエルフが会議室の外に出て行った。その後、すぐに一人の女のダークエルフを連れて戻ってきた。連れてこられたダークエルフは何かに怯えている様子で震えている。


「ルピス、あの夜の出来事を説明しなさい」

「……分かりました。私が一昨日、森の中で友人のグラスと狩りをしていた時です。私とグラスで獲物を追い込むために二手に分かれた後に突然、森の奥からグラスの悲鳴が聞こえてきたんです。声の聞こえた方へと向かってみたら……そこには……胸に矢が突き刺さって倒れているグラスがいました。そして、上の方を見てみると木の枝に一人のエルフが立っていました。そのエルフは私の存在に気づくと矢を私に向かって容赦なく放ってきました。私は運よく腕を掠める程度で済みましたが。グラスの方は……」


 エルメネル女王たちは信じられなかったが確かにルピスの腕には矢で出来た傷があった。その後も衝撃的な証言が続いた。


「エルフは去る直前にこう言ってました。『ダークエルフが世界樹に近づくな‼』って」

「この証言を聞いてもまだ犯人をかばうか、エルメネル女王よ」

「ぐっ……ですが証言などいくらでも作り上げることが出来るではないですか」

「そう言うと思った。さっき言ったであろう、証拠もあると……」


 そう言ってエルローラは机の上に一輪の黄色い花を置いた。その花を見てエルリシアンは声を上げて驚愕した。


「嘘でしょ!その花は……」

「そちらの王女はその花が何を意味するか分かったようだな」


「エルリシアン、この花が何だというのですか⁉」

「これはセルシスが魔法で品種改良して作った花です。この種類の花で黄色いのはセルシスしか育てていません」

「間違いないのですか」

「はい、彼女はよく品種改良に成功すると嬉しそうに周囲に話していたので……」

 

 机の上に置かれた花は確かにセルシスが花屋として育てていたものであった。そしてそれは非売品であり店内に飾られているだけのため、手にすることが出来るのはセルシスただ一人であった。


「……メレス」

「何でしょうか」

「この場にセルシスを連れてきなさい」

「承知しました」


 メレスはセルシスを連れてくるために会議室から出て行った。


「どうやら犯人が分かったようだな」

「まだ決まったわけではありません」

「この期に及んでまだ言い逃れをするつもりか!そのセルシスという者は無抵抗なダークエルフを一人殺めているのだぞ」


 セルシスが来るまでの間、エルメネル女王は必死に弁明をしていたがエルローラは耳を傾けようともしなかった。むしろ罪を認めようとしないエルメネル女王やエルフに対してダークエルフたちは怒りを募らせていった。


 しばらくした後、メレスがセルシスを会議室の場に連れてきた。セルシスの姿を確認したダークエルフの一人が今にも剣を抜いて斬りふせてやろうかと睨みつけている。


「私に何か用でしょうか?」


 当然、何も知らされていないセルシスはダークエルフからあからさまな殺意を向けられている状況を理解できていなかった。


「そのエルフが同胞殺しの犯人のようだな、捕らえろ」


 エルローラの命令によってダークエルフが二人がかりでセルシスの両腕をそれぞれ掴んで捕らえた。


「何するんですか⁉」

「白々しいな、これがダークエルフ殺しの正体か」

「さっきから何を言っているのか理解できません。女王様、止めてください」


「エルローラ王女、せめて彼女に話をさせてあげてください」

「犯罪者が謝罪をしたところで私たちが許すつもりは毛頭ないぞ」


 エルメネル女王はこれまでの経緯を余すことなく話した。それを聞いたセルシスは全てを否定したがダークエルフからしたらただの言い訳にしか聞こえてこなかった。その夜について問われたセルシスは『知らない』や『寝ていた』の一点張りであった。


「意味のない言い訳ばかり並べられるこちらの気持ちも少しは考えてもらいたいものだな」

「私は本当に何も知らないんです!女王様、エル王女、信じてください」


 エルリシアンは濡れ衣を着せられたセルシスを擁護したかったがどうすることもできなかった。

 

「(セルシスは花を心の底から愛している優しいエルフの一人。そんな彼女がダークエルフを殺めるなんてありえないわ。……でも、この疑いを晴らすにはどうしたらいいの⁉)」


「ではこのエルフは私たちの住む里で正式に裁かせてもらう」

「いやっ!やめて、放してください」

「鬼畜が話すな!」


 ダークエルフに捕らえられたセルシスはなす術ないまま連れていかれ始めた。エルメネル女王が引き留めようとするが効果はない。


「エルローラ女王、もう一度だけ話し合いましょう」

「これだけの証拠が揃っているというのにどこに話し合いの余地がある⁉」


 エルリシアンはダークエルフの女王の一言にしがみつくことにした。


「……逆なのではないでしょうか」

「何だと?」


 エルローラはエルリシアンの言葉に思わず足を止めた。


「何が言いたいのだ、エルフの若き王女よ」

「証拠が揃いすぎではないでしょうか。仮にセルシスが犯人だったとしたら、セルシスの育てている花といい、仕留められる腕を持つはずのエルフがわざわざ殺さずに一人を軽症で済ませ、まるで対立を煽るような発言をした後に逃がす。証拠も揃っていますが、不自然な点も多く残っているはずです。それらの謎を解明しない限りセルシスを連れて行くことは私が断じて許しません!」


 この発言に最も驚いていたのはエルメネル女王であった。つい先日まで赤子だった気がしていたがここまで民の事を理解して救おうと必死に手を差し伸べている娘の姿を見て、感激していた。エルメネル女王はエルリシアンを支援するように会話に入った。


「私からもお願いします。今、彼女の口を閉じてしまっては謎は永遠に闇に葬られてしまいます。謎を明らかにしてからでも遅くはないはずです」


 エルメネル女王が深く頭を下げたのを見て警備隊やエルリシアンもそれに続くように頭を深々と下げた。その姿を見たエルローラは一刻の猶予を与えた。


「そこまで言うのなら、今すぐにでもこのエルフが犯人ではないという証拠を持ってきてもらおうではないか」

「(今から事件の現場には行けないし……他の犯人も想像がつかない……誰か……セルシスを救って……)」

「この一件が私たちダークエルフとそなたたちエルフとの間にある溝を再び深くしたということを忘れるな。私たちは同胞の無念が晴らせるのならばいくらでも世界樹なんぞ燃やしてくれるわ……」


 エルリシアンたちが絶望したとき、会議室の扉が勢いよく開いて騒がしいいつもの二人の声が聞こえてきた。


「「ちょっと待ったああぁッ‼」」


「邪魔するぜ!」

「里を混乱に陥れた事件を解決しに僕たち英雄二人が参上ってね!」


 エルリシアンには姿が見えずとも声だけで誰が乱入してきたのか分かっていた。こんなことをするのは彼らしかいない、彼女は思わず二人の名前を叫ぶ。


「レイ!ディール!」

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