第30話 帰還報告と運命の日

 おれたちは数日間かけて再びエルフの里を守っている幻覚の森の入り口まで帰ってくることが出来た。森に足を踏み入れるとエルが異変に気付く。


「森がいつもより騒がしい気がする」

「森が喋ってるのか?こんにちは~って⁉」


 おれはふざけたつもりではなかったがエルに睨まれてしまったのですかさずレイの後ろに隠れる。間に挟まれたレイが何とかして空気を変えようとしてエルに質問する。


「もしかして森の中で事件が起きているとか?」

「何が起きているかは分からないけど、森に吹く風とか小動物の動きがいつもと違って変な気がするの」


 何かが起きているからと言ってこんな所で突っ立っていても意味がない。おれはすぐにでも里に帰るべきだと伝えた。


「仮にヤバイことが起きてるんなら今すぐにでも里に戻るべきだと思うけど」

「ディールの言うとおりね。里まで急いで帰るわ、遅れないようについてきて」


 そう言い終わる前にエルは走り出した。おれたちは置いていかれないようにレイの加速用の補助呪文をかけながらついて行った。小一時間程走っていると世界樹の根元が見えてきた。世界樹を見るのは久しぶりな気がするがいつみても規格外のデカさだ。世界樹の根元でツタの籠を待っているとすぐにやって来ておれたちを乗せてエルフの里がある幹の部分へと運んでくれた。


 エルフの里に到着すると見た限りでは出発前と何一つ変わらない様子で変な所は見られなかった。


「問題は起きて無さそうだな」

「そうみたいね、私の気のせいだったかもしれないわ」


「まあ何もないのが一番だからね」

「私はお母様に旅の帰還と仙郷の大図書館での出来事を報告する予定だけど、あなた達はどうする?」

「そりゃあ、おれたちもついてくよ。青の魂色についても教えた方がいいだろうしな」


 おれたちはエルフの主であるエルメネル女王に旅の内容を報告することにした。女王の間は相変わらず空中には花が浮かんでいるが今日は前回来た時とは違った赤い薔薇が浮かんでいた。部屋のどこにいても甘ったるい蜜のような匂いがしてくる。玉座に座っているエルメネル女王からは他のエルフにはない威厳を感じる。多分、人間が生まれてから老いて死んで骨になるまでの百年が経ってもあの美しい姿のままなんだろうな。


「どうやら無事に旅の目的を果たせたようですね。本当に良かったです。出来れば何があったか教えてくれませんか?」


 主にエルが旅の内容を報告するような形で会話は進んでいった。好奇心が旺盛な女王様はすぐに質問してきたがその度におれかレイが補足して説明を入れた。ネクロベートの街での出来事やホラ牛の北上を見た事、そして仙郷の大図書館で得た本やカミオン帝国の七玹騎士との戦闘について話した。


 おれたちの話をしている間のエルメネル女王の顔と言ったら先程とは打って変わってまるで子供みたいに喜怒哀楽の感情を丸出しにして聞いていた。笑える部分は笑って、カミオン帝国の四肢長族に対する非道やおれがレイの薬のために命を懸けたことを聞いた時には泣いて、エルがラフルオとの戦いについて話している時は『私の娘に怪我をさせるなんて鬼畜外道め!』と悪魔のような剣幕で怒っていた。


 エルが話し終えるとエルメネル女王は満足げな表情で感謝をした。


「一度も外の世界を見ていなかったエルリシアンに素敵な経験をさせてくれてありがとうございました。この旅でディールの魂色について明らかになりましたが今後はどうするのですか?」


 何も考えていなかったおれはエルメネル女王からの唐突な質問にすぐに答えることが出来なかった。深く考えてから話し出す。


「青の魂色について知ることが出来たので、他の種族に会ってみるかロオの街に戻るかで悩んでます」

「そうですか……次の目的が決まるまではここでゆっくりしていくといいでしょう」

「ありがとうございます」


 おれたちは女王の間を後にしてネウィロスの爺さんにも報告するために移動することにした。エルフの店が立ち並ぶ場所に来るとおれの横を通り過ぎて行ったエルフの女性が気になって目に入った。通り過ぎた後の背中をじっと見つめているとそれに気づいたエルが声をかける。


「どうしたのディール?もしかしてあの娘に興味があるの」


 エルの声を聞いたレイが飛び上がってびっくりしている。


「え……え、えッ⁉ディール、一目惚れしたの!」


 おれは二人の見当違いを訂正する。


「違うって。あのエルフ、どこかで見た気がするんだよな」


 おれの訂正もむなしくエルはまだ怪しんでいる。


「何それ?この里にいたら見たことあるエルフがいてもおかしくないでしょ。それとも何、夢の中にでも出てきたって言いたいのかしら?」


 エルの言葉におれはハッとする。思い出した!あの娘はロオの街にいた時に見た夢の中で出てきたエルフだ。確か夢の中ではあの娘が炎に包まれる世界樹の中で助けを求めていたんだ。おれはまだいじってくるエルたちを無視してその娘を追いかけた。必死になって里中を走り回って探すが中々見つからない。疲れ果ててもうダメかと思った時、エルがおれの目の前にさっきの娘を連れてきてくれた。エルとレイはまだ勘違いしているのかニヤニヤしていやがる。


「ほ~ら~ディール。連れてきてあげたわよ、言いたいことがあるんでしょ」

「そうだよ~もったいぶらずに言いなよ~」


 二人の誤解を解いている場合じゃないおれは目の前にいるエルフに質問しようと思ったが何から聞けばいいのか分からなかった。


「君とさどこかで逢ったことあるっけ?」


 何を聞いてるんだおれは⁉こんな下らないこと聞いても意味なんてないのに。今の一言で奥の二人は余計にヤジが勢いづく。エルフの娘は少し恥ずかしそうにしながら答える。


「えっと……以前お店に顔を出してくれた時に会った事があります」

「店?」

「お花屋ですよ。覚えてませんか?」

「ん……?。あっ!そういえば」


 そうだった、前に里を探検していた時に無性に腹が減ってて花屋だと気づかずに店先の鉢に植えられている花が食べられそうかどうか見てたんだっけ。それを見たこの娘が心配してくれたんだっけ……名前は確か。


「セルシスか!」

「そうです。やっぱり覚えてたんですね、あれからそこら辺に生えている花を食べたりしてませんよね?」

「当たり前だろ」


 一回会ったことがあるなら何であの時に気づかなかったんだ?もしかして夢で見た時と格好が違ったのか?おれはもう一度じっくりとセルシスを穴が開きそうなぐらい観察する。見られている本人は恥ずかしそうにしているがそんなのはお構いなしにあの時との違いを……違和感を探し出す。


 そういえば首にネックレスなんてかけてたか?セルシスは首に大きな琥珀で出来たネックレスをかけていた。おれはセルシスに身に着けていたネックレスについて聞いてみる。


「そのネックレスっていつから着けてるんだ?」

「これはつい先日、優しい人間の商人さんがいつも花を仕入れさせてもらっているお礼ということで無料で譲ってくれたんですよ。綺麗ですよね、特にこの大きな琥珀なんて」

「そうだな……」


 多分、違和感の正体はこの琥珀のネックレスだ。夢の中でもこの琥珀が凄い印象的だった。あれが予知夢だとすればセルシスがこのネックレスを手に入れたことであの夢の中の事件が現実味を帯びてきたことになる。


 おれはすぐに二人に一から説明して誤解を解くとレイがネックレスを怪しんだ。


「もしかしてそのネックレスに仕掛けが施されてるんじゃないかな?少しだけど魔力を感じるよ」


 エルは琥珀のネックレスに触れると何かに気づく。


「確かにほんの僅かに魔法が施された痕跡があるわね。これは……ネウィロス様に調べてもらえば何の魔法がかけられていたか分かるかも」

「セルシス。ちょっとの間、ネックレスを借りてもいいか?」

「別にいいですけど……」


 おれはセルシスから琥珀のネックレスを預かりエルに頼みごとをする。


「おれとレイでネウィロスの爺さんの所に向かう」

「私の方は彼女から商人の特徴をもう少しだけ詳しく聞いてみる。そしたら警備隊に伝えて商人を一緒に探し出してみる」


 互いに行動に移そうとした次の瞬間、レイの頭に緑色の羽毛をもつカラスが乗った。瞳はルビーみたいな赤色で輝いている。カラスが何かを喋っているが何を言ってるのか分からない。カラスは鳴き終えるとどこかへ飛んで行ってしまった。


「あのカラス、何しに来たんだ?」

「今のは”ヒクロス語”といって、公用語のフォルワ語とは違ってエルフの間でしか使われていない言語よ。そしてさっきのカラスはエルフが飼っている連絡用のカラス。内容は『至急、女王の間に来るように』だそうよ」

「まさか、おれたちもか⁉」

「いいえ、呼ばれたのは私だけみたい。ディールとレイはそのネックレスの調査をお願い」

「任せとけ」


 エルは早々に女王の間へと向かっていった。おれたちはセルシスに協力の感謝を伝えてからネウィロスの爺さんの元へと向かうことにした。ネウィロスの爺さんの植物薬研究所みたいな場所に行くとネウィロスの爺さんが首を長くして待っていた。


「おお!帰って来たか坊主ども、仙郷の大図書館はどうじゃった。凄かったじゃろ」


 おれが返答に困っているとレイが代わりに答えてくれた。


「実は仙郷の大図書館がカミオン帝国っていう悪い人たちのせいで燃やされちゃったんです」


 レイの言葉を聞いてネウィロスの爺さんは今にもぶっ倒れそうな程、動揺していたが何とか意識を保ってから話し出した。


「何じゃと!燃やした輩の名は何じゃ。歴史的にも大事な書物を燃やした不遜な輩は今すぐこの杖で頭を叩き割ってくれるわ!」


 おれはネウィロスの爺さんの勢いにビックリして思わず頭に両手を当てる。レイが何とかネウィロスの爺さんをなだめながら青の魂色について書かれた本を手に入れたことや真の歴史が書かれたとされる本が実は予言書であったことなどを話した。冷静さを取り戻したネウィロスの爺さんは予言書について話した。


「真の歴史が書かれた書はクリスタル一家の予言書じゃったのか。これはとんでもない大発見じゃの。こりゃ次のペンタゴンワッフルが楽しみじゃわい。まあ何よりも黒髪の坊主の適正魔法が分かったのが一番の収穫じゃな」

「そうですね。あの力はまだまだ先がありそうな感じがしました」

「ところで適正魔法はどんな属性だったんじゃ」

「それは……何と言いますか……超絶パワー的な?目にも留まらぬ閃光的な?」

「なんじゃそれは。坊主にもよく分かっとらんのかい」


 おれは危うくネウィロスの爺さんに頭をかち割られるところだった。おれたちは当初の目的を果たすために話題を変えた。


「爺さん、このネックレスにかけられた魔法を調べて欲しいんだ」


 ネウィロスの爺さんが琥珀のネックレスを手に取ると表情が一変した。


「これはまさか……!」

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