第29話 もう一度許されるなら

 仙郷の大図書館での死闘を終えたおれたちは互いの無事を確認し終えると近くに集まる。おれは借りていた短剣をレイに返した。


「レイ、短剣を貸してくれてありがとうな」

「君の剣技は本当に凄かったよ。もしかしてエイリレ剣術の才能があるんじゃない?」

「師範にお褒めいただけるなんて光栄だな」

「冗談は下手なままだね」


 レイはそう言いながら短剣を鞘に納めると、袋の中に入れていた本がダメになっていないかどうかを確かめ始めた。一応旅に出る前にエルフの人が袋に防水や防火の魔法がついたのをプレゼントしてくれていたので心配する必要は無さそうだったがおれも自分の袋の中を確認した。中身が無事なのを確かめるとポケットからバサンが飛び出して濡れいていた身体を乾かすためにブルブルと身体を震わせて水を飛ばしていた。


「そういえばバサンもお手柄だったな。エルにメモを渡してくれて助かったよ」

「ピピヨ!ピピ~~♪」


 褒められたバサンは嬉しそうにおれの肩の上で腰を振りながら踊っていた。そんな嬉しさに満ち溢れているバサンとは違っておれの方は自分の炎のせいで仙郷の大図書館が壊れてしまったことに責任を感じずにはいられなかった。


「おれのせいで仙郷の大図書館が……ビビルベルやネウィロスの爺さんの愛した大切な場所が壊れちまったよ」


 おれの声を聞いてレイが心配した。


「君のせいじゃないさ、そもそもカミオン帝国の騎士たちが来なければ良かったんだよ。だってそうでしょ、仙郷の大図書館は本を読み、学ぶ場であって暴れるための場所ではないんだから」

「そうかもしれないな……」

「でも、これでディールの適正魔法が炎属性だってことが分かったね。凄かったじゃないかカミオンの物凄い強いやつを倒したんだから」

「いや、おれだけの力じゃねえ。レイの補助魔法もエルの風魔法もどちらかが欠けていたら勝てなかった。これはおれたち三人で掴み取った勝利だ」


 レイはそう言ってくれているがやっぱり責任の一端はおれにある。この炎こそが手帳に書いてあったことなのかもしれない。『美しく、おぞましい』確かに全てを燃やし尽くす蒼い炎は恐ろしさを感じさせるが赤い炎とは違ってどこか幻想的で美しくもあった。魔力が底を尽いてしまったから今は炎を出せないが、あれがおれの適正魔法で間違いなさそうだ。

 

 エルが足を引きずりながらやって来ておれが仙郷の大図書館から脱出する前に拾ったものを見てエルが驚きの声を上げた。


「ディール、それどこで拾ったの⁉」

「これか?ヴァントの奴が消える前に落としたんだよ」


 おれはエルがよく見えるように手に持っていた宝石の結晶を差し出して見せる。結晶は光の入る角度が変わると色を変えて神々しい輝きを放っている。宝石なんて見たことなかったが確かにこれだけ美しかったら価値が出るのも納得だ。レイも宝石をおれの背中越しにのぞき見ながら話し出す。


「僕はこんなに綺麗な宝石見たことないよ。これ何て名前の宝石なの?」

「この宝石は虹のように輝くことから”ナナカライト鉱石”【虹英鉱石】私はドワーフじゃないから鉱石には詳しくないんだけどそれだけ大きい結晶ならお城一つ買えるほどの価値があるわよ」


「これってそんなに凄い宝石なのか⁉」

「それは洞窟に生息しているジュエラルタイタンの臓器の中で100年以上かけて作られる結晶よ。滅多に出回る品じゃないわ」


 これはとんでもなく価値のあるものを手に入れてしまったのかもしれない。おれはワクワクした。換金してもよしコレクションとして自慢する用にとっておくのもよし。どう使うか色々と考えてみた結果一つの結論に至った。


「ディール、それどうするんだい?」


 レイが気になって聞いてきたのでおれは正直に答える。


「これは……する」


 おれの答えを聞いて二人とも驚いていたがすぐに笑いだした。


「ふふ、あなたらしいわね。私もそれがいいと思う」

「僕も賛成だよ。是非そうしよう!」


 仙郷の大図書館で青の魂色についての情報を手に入れるという目的を果たしたおれたちはエルの足が回復するまで待ってから次の目的を達成するために来た道を戻ることにした。


 おれは休憩中に仙郷の大図書館で手に入れた手記を読んでいるが千年前に書かれたということもあり適正魔法についての記述がインクが落ちていたりページが破れていたりしたせいでまともに読める部分が少なかった。毎度のことながらいい加減しっかり管理された綺麗めな本で情報を得たくなってきた。だけど、この手記から千年前の青の魂色持ちの人の素性が何となく分かってきた。


 その人は人間で人々から”戦闘の天才”と称されるほど魔物との戦いが得意だったらしい。そして様々な仲間と共にかつてフォルワ大陸中の全ての生き物を恐怖に陥れた”魔王”と呼ばれる者を倒した。その功績から英雄と呼ばれ始め、さる国の王妃と婚姻して人間の国を繁栄させたと書かれていた。その国の名前は”ホニルドバ”と書いてあったが聞き覚えがないし、レイやエルに聞いても知らないと言っていたのでとっくの昔に滅びたんだと思う。


 この手記を書いた人物は共に旅をした仲間らしく内容を見る限り千年前の青魂の英雄はアステルの愛称で呼ばれていたらしい。


 魔王との戦いを終えた英雄アステルは人間と他種族が共に生きるのは無理だと悟り、争いが起きるのを未然に防ぐために種族間で条約を結んだ。その条約によって住む領域の割り当てやクレッセントベルトの設置が決められたとも書かれていた。


 文面だけ読んでいるとなんだか悲しい気持ちになってきた。なんでアステルは人間と他種族が友好関係を築けないと思ったんだろうか?もしかしてカミオン帝国みたいな奴らが当時もいたんだろうか……。少なくともおれたちは国家ではなく個人として、人間としてエルフと仲良くできたのに。


 おれたちはようやく目的地の街に到達した。ここは四肢長族が住んでいるネクロベートの街だ。遠目から見ても分かるくらい街の建物が破壊されていた。家屋の屋根は吹き飛ばされ地面には亀裂が入っている。これも全部カミオン帝国の奴らのせいだ。


「じゃあ、渡してくるわね」

「頼んだ。それと復興頑張れって伝えといてくれ」


 おれはナナカライト鉱石を四肢長族に譲ることにした。カミオン帝国にボロボロにされた街を直す資金源にして欲しかったのもあるし、薬屋の店主が過去の遺恨を断ち切り勇気を出して人間に歩み寄ろうとしてくれたという努力をカミオンの連中に踏みにじられたくなかったからだ。


 本来なら直接渡してやりたかったけど、今の状況で街に入ったら他の四肢長族に余計な混乱を生み、更なる恨みを募らせてしまう気がした。


 おれたちはエルが戻ってくるまでの間、手記の内容について話して時間を潰していた。


「僕は今すぐとは言わないけど、いつかは種族の壁を越えて分かりあえる日が来ると思うよ」

「おれもそうだと信じたいよ。アステルって人が何を見て何を感じたかは知らないけどさ、少なくとも関係を全て断ち切るってのは違う気がする」


 レイが話題を変えて魔王について考えることにした。

 

「そういえば千年前のいたっていう魔王が気になるね」

「レイは魔王なんて知ってるか?」

「聞いたことないよ、魔物の王様だとは思うけど。図鑑には載ってないのかな」

「調べてみるか」


 おれたちは新しく手に入れた魔物図鑑を開いて調べてみる。魔物図鑑にはおれの知らない魔物がたくさん載っていたので細かい所まで読み込んでしまい次のページに進むのに時間がかかった。一通り見てみたが魔王という文は見られなかったのでおれたちは魔王について考えるを諦めた。


「千年前にディールと同じ魂色の人がいて、更には王様で英雄で有名人だったのに未確認の色だったのは何でなんだろう?」

「もしかするとそれが闇に葬られた歴史なのかもな」

「その可能性が高いかもね、理由としては誰かにとって青の魂色の力が不都合とか……」

「「あっ‼」」


 おれたちはどうやら同じタイミングで同じことに気づいたらしい。青の魂色が不都合だと思っていてそれを始末しようとした奴が一人だけいるじゃねえかよ!おれたちは口を揃えて喋る。


「「カミオン帝国の皇帝だ!」」


 でもそうなると皇帝が青の魂色が存在することを知っていたことになる。当時から生きているわけじゃないだろうし、誰かが教えたのか?そういえばあの惨劇の日に謎の騎士が言っていた。


『殺す前に1つだけ教えといてやるよ。お前のガキの青い魂色ってのはなぁ、この世に存在してちゃいけないもんなんだよ』


 おれはエルフの女王ですら知らなかった青の魂色の存在を知っていたカミオン帝国が今まで以上に不気味に思えた。


 話がひと段落した所でエルが戻ってきた。


「街の人たち物凄い感謝してたわよ。これだけ大きいナナカライトがあれば簡単に街を立て直せるって」

「それは良かった」


 街の人がナナカライト鉱石を素直に受け取ってくれて良かった。


「それと、薬屋の店主からの伝言」

『お前には借りが出来た。四肢長族の薬屋は代々、傷と借りはつくるなと言われている。必ずこの恩は返す。大恩人であるお前が困ったときに街の人間全員で助けられるようにもう一度人間に対する考えを改め、交流をするように頼み込んでみる。次に訪れるときまで薬と厚い出迎えを楽しみにしておいてくれ』

「だって。一言一句間違えないで伝えて欲しいって言うもんだから覚えるのに苦労したわ」


 伝言を聞いておれは安心した。薬屋の店主はまだ人間との交流を諦めていなかったんだ。おれたちはネクロベートの街をあとにしてエルフの里へと続く道を歩き出した。

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