第3話 瀕死の男

 魂色の儀から数日後、おれはまたレイと遊ぶためにいつもの場所へと向かっていた。おれが風車へ着くとまだレイは来ていなかった。いつもならレイの方が先に来ているので今日はおれの方が早かったと自慢してやろう。そんなことを考えているとレイが走ってこちらに向かってきた。レイは息を切らしながら話し始める。


「ディール大変だ!ここへ来る途中の森の川沿いで人が倒れていたんだ!意識がなかったから安全な場所に運ぼうと思ったんだけど一人じゃ運べなくて……」

「本当か!分かった。すぐにその人の所に行こう。案内してくれ」


 レイの後ろについていって駆け足でその人の元へと向かっていった。


「ここら辺のはずなんだけど……。あそこだ!」


 レイの指さした先に確かに仰向けに倒れている人がいた。おれたちはその人の元へ駆け寄り声をかける。


「おーい大丈夫ですか?」

「……君たちは、いったい……」

「ディール。この人、意識がまだあるよ」

「レイ、1回体を起こそう」

「そうだね」


 倒れている人を引きずるような形で一旦近くの木にもたれかかるように座らせた。すると突然レイが驚いた声を出す。


「うわぁぁ!なんだこれ。血じゃないか!」

「本当だ。手のひらが血まみれになってる。まさか……」


 おれがその人の背中を確認したらやっぱり縦に大きな1つの切り傷がついていた。しかもその人は鉄製の鎧を着ていたのにも関わらずこれだけの傷を負っていたのだ。おれは何か恐ろしいものの一端に触れた気がして背筋が凍ってしまった。


「どうするレイ。治療したくても薬なんて持ってないぞ」

「いや、この辺りの森には傷口に塗ると効く薬草が生えているはずだよ”ネルカム草”を探そう」

「分かった。おれが探してくるから特徴を教えてくれ」

「ネルカム草は赤紫色の花が咲いているんだ。だからそれを探してほしい」

「レイはここでその人のことを見といてくれ」


 おれがレイの元を離れようとしたらケガ人に足を掴まれて止められた。


「おい、何やってんだおっさん!手を放せよ。早くしないと死んじまうぞ!」

「いいんだ。……いまさら治療したところで助からない。……血を流しすぎた。それよりも私の話を聞くんだ!」

 

 おれを引き留めるおっさんの表情は真剣そのものだった。おっさんに掴まれた足は血がついて赤黒くなり額からは汗が噴き出している。

 

「目の前に死にそうな人がいるのに放っておけるか!おれは探しに行くぞ!」


 おれはケガ人のおっさんを振り切ってネルカム草を探しに行った。森に入ったもののなかなか薬草が見当たらないどんどん胸の鼓動が早くなっていくのを感じる。人間の死の際を見るなんて初めてだからだ。寿命で亡くなるのとは訳がちがうんだ。おれは薬草を求めてさらに森の奥まで進んだ。


 その頃、レイはケガ人のおっさんと話していた。


「あの、先ほどおっしゃっていた聞いてほしい話って何ですか?」

「お前たちはダマヤ村の子供か?」

「えっと……正確に言うと僕はそこに住んではいないんですがもう一人のディールはその村に住んでいます」

「さっきの黒髪の少年か……。とにかくここはダマヤ村の近くなんだな。それならよかった。君に大事な話がある。いいかいもう時間がないんだ。一度しか話さないからしっかりと聞いておいてくれ……」

 

「…………あとは頼んだよ。最後に彼へ伝えてくれ『運命の軸の1つは君が既に持っている』と」

「どういう意味なんですか?!運命の軸って何ですか?」

「私もすべてを知っているわけではない。とある人物からの伝言……だから……だ」

「さっきまでの話も意味が分からない。そんなことあり得るはずないよ……」


 おれが薬草を見つけて戻ってくると既にケガ人のおっさんは息絶えていた。


「間に合わなかったのか。結局……」

「『運命の軸の1つは君が既に持っている』」

「どういう意味だ?レイ」

「このおじさんが最後に言ったディールへ伝えたかった言葉だよ。聞いたことあるかい?運命の軸」

「そんなもの聞いたことないぞ。どういうことだ?」


 おれたちはケガ人のおっさんをできるだけ魔物が寄り付かない綺麗な花の咲いている場所へ運んで埋葬した。完璧とはいえないながらも作った墓標を前にしておれたちはしばらくしてからようやく感情が追い付いて気づけば二人とも大粒の涙を流していた。その涙は救えたかもしれない命を救えなかった悔しさからなのか、人が傷を負って苦しんで死んだことへの恐怖からくるものなのか分からなかった。

 しばらくしてからレイが重い沈黙を破る。


「そういえばディール……。さっきのおじさんからいくつか道具を渡されたんだ。きっと君たちの役に立つって」

「何を受け取ったんだ?」


 おれがそう言うとレイは布を広げてその上にいくつかの道具を置いた。それは煌びやかな装飾が施された金属製の手のひらの半分程の大きさの小瓶に地図、何かが詰められた袋だった。レイが一呼吸おいてから説明を始める。


「まずは、この地図なんだけど一見ただのフォルワ大陸の地図に見えるんだけどそれだけじゃないんだ。この地図の端を引っ張るとね」


 レイが地図の端を引っ張ると地図自体が伸びて大きくなった。更に、地図を伸ばした後にもう一度端を引っ張ると地図は元の大きさに戻った。


「すごいでしょ!ディール。これは”魔宝具”《まほうぐ》だよ!」

「魔宝具って何だ?そんなにすごいものなのか?」

「魔宝具はこの地図みたいに本来持つはずのない力が与えられた珍しい物なんだ。それは突然出来たとも言われているし誰かが作っているなんて話もあるんだよ」


 つまりレイが言うには魔宝具は変わった道具で世にも珍しいってことっぽい。おれは他の道具も気になったので聞いてみた。


「じゃあ、その小瓶にはどんな力があるんだ?」

「よく見ておいてね」


 レイが小瓶を手に取りその蓋を開けて川に向けて何やら唱えた。


「”スワロウ”《飲み込む》」


 レイが唱えると同時に川の水が一直線に小瓶へと吸い込まれていった。しかもただ小瓶に入っていくだけではなく、明らかに小瓶の容量よりも多くの水が入っていくじゃないか!小瓶の蓋を閉めるとレイが説明を続ける。


「これが魔法の小瓶だよ。生物じゃなければ形あるものは何でも吸い込めるらしいんだ。そして吸い込んだものを”ボミット”《吐き出す》って唱えることで放出することができるんだ。ほら見てよ」


 レイが再び小瓶の蓋を開けて呪文を唱えると小瓶から大量の水が勢いよく噴き出した。レイは小瓶を真上に向けていたから噴き出した水がレイの顔面を直撃する。びしゃびしゃになったレイを見ておれは思い切り笑ってしまった。


「ハハハ!レイお前びしょ濡れじゃないか。なんで自分の方に向けてるんだよ」

「だってさ、知らなかったんだよこんなに勢いよく水が出てくるなんてさ」


 おれは笑いすぎて呼吸が上手くできなかった。だってレイはこんなに物知りなのに肝心なところが抜けてるんだもんな。おれは笑いながら最後の道具を手に取った。袋を開けてみると中にはたくさんの石が入っていた。触ってみてもただの石と大して変わらないし重さだって普通だ。


「この石は何だ?当ててみてもいいか?」

「それは危ないからあんまり触らない方がいいと思うよ……」

「何が危ないって?」

「だからその石は……」


 ドッカ――――ン!


 おれはどうやらやらかしてしまったらしい。レイが何か言いかける前に石を思い切り明後日の方向に投げた。そしたら投げた石が地面に着いたと同時に耳をつんざく爆音と爆風がおれたちを襲った。


「レイ……。これは教えなくてもなんとなく分かるわ。コレ、爆発する石だろ」

「正解だよ。ディール……。ただ訂正すると正式名称は爆破石ばくはせきで石がぶつかったときの衝撃が強ければ強いほど爆発も強くなるんだよ……。ただせめて次からは名前だけでも聞いてね」

「そうするよ。ごめんな、レイ……」


 魔宝具の確認が終わったところでもう日が落ちてきたからおれたちは解散することにした。そして、魔宝具は安全のためにレイが持ち帰ることにした。


 彼らが帰路についた頃、はるか遠くの国では立派な鎧を装備し、一糸乱れぬ歩行で行軍し始めた謎の騎士団がたった一つの目的のために出陣していた。

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