第2話 魂色の儀
村についたころにはだいぶ薄暗くなっていた。おれが家に向かっていると村長に呼び止められた。村長は杖を突きながら白髪だらけの頭をポリポリと搔いている。
「おい、ヂールや」
村長は相変わらずおれの名前をしっかりと発音できてない。これまでに何度も「ディールだ」と訂正してきたが一向に直る気配がないのでおれは名前を訂正するのをやめたのだ。
「何の用ですか?村長」
おれはできるだけ面倒そうな顔をしないように気を付けながら返事をした。
「おぬし今節の終わりに大事なことがあるのを忘れておらぬだろうな?」
村長は顔を近づけて聞いてくる。だからおれは当然といった顔で返す。
「”
「忘れてないならいいんじゃ。それとジェオール家の坊ちゃんとは仲良く遊べたか?」
「いつも通りだよ、今日もサイコーだった」
「こどもは元気が一番じゃ!ハッハッハ!」
高らかに笑いながら村長は去っていった。ちなみにさっき話題に出た”魂色の儀”おれも詳しくは知らないけど、この村……いや、このフォルワ大陸全土でおれみたいな大体10歳前後の子供を対象にした儀式のことだ。どうやら人の魂には各々で異なる色が宿るらしい。そしてその色次第で魔法の得意不得意が判ったり、王国では珍しい色だと優遇されたりするんだとか。何色が珍しいとか知らないけど、この村じゃ魂の色を気にしてる人はあんまりいない。おれは何色なんだろうなとかレイも儀式に来るかなとか思いながら家に着いた。
おれが家のドアを開けると夕飯のいい匂いがしてきた。
「ただいまー」
「ディール、おかえり」
父さんが笑顔で迎えてくれた。早速夕飯を食べようと思って席に着こうとしたときに母さんが出てきた。
「ディール!またそんなに汚して……。先に着替えてきなさい」
「はーい」
母さんは困ったような表情だったがしっかりと眉間にシワが寄っていたのを見逃さなかった。おれはこれ以上怒らせたらマズいと思ったのですぐに風呂場へと直行した。着替え終わったので夕飯の席について家族みんなで食べ始めた。会話の切り出しは父さんだった。
「ディール、もうじき魂色の儀だな。何色がいいんだ?」
「おれ、魂色のこと詳しくないし別に何色でもいいよ。それより父さんたちは何色なの?」
「そうだな、父さんは灰色だから一般的な色だな。母さんは確か白色だったよな」
父さんが母さんに確かめる。
「ええ、そうですよ。二人とも普通の色だからあなたたちも多分普通の色だと思うわよ」
「えーわたしは虹色がいい~」
妹がほっぺを膨らませて不機嫌そうに言った。
「虹色は流石にないかな」
父さんが笑いながら返した。その日は夕飯を食べ終わったら風呂に入ってベッドで寝た。
数日が経過してとうとう今夜は魂色の儀だ。レイもどうやら一緒に儀式を受けるらしいからこの村に来ると知って儀式が楽しみになった。
朝から村は儀式の準備で忙しそうだ。あちこちで儀式用の大きな篝火の木材を運んで組み立てたりレイの家族を迎え入れるための準備をしたりしていた。昼頃には、おれを含む同じ年のやつら数人と一緒に衣装の準備をしてもらっていた。けど、衣装といっても真っ黒な革のローブで自分の大きさに合うものを選ぶだけだったから早く終わった。もうじき日が落ちる頃におれは準備が終わった村の広場をただ眺めていた。しばらくするとレイがやってきた。
「レイ!遅かったじゃないか」
「ごめん。出発の準備に手間どってたらしくて」
「おれは別に魂の色になんて興味ないんだけどな」
俺がそう言うとレイが目を丸くして驚いた。
「本当に興味ないのかい!人それぞれで色が違うんだよ!なんとも不思議じゃないか。いいかいディール、魂色にも種類があってね……」
レイがわざわざ魂色について説明してくれた。
「魂色の色は現在11色確認されているんだ。まず普通の色が灰、白、黄、そして茶色さ。次に数少ない貴重な色が赤、橙、紫、銀、緑。最後が百年に一人しか現れないと言われている黒と金なんだ。分ったかいディール?」
「分かったよ。それにしてもよくそんなに知ってるな」
「あたりまえさ。だって王都の方じゃ常識なんだよ。『これぐらいは知っておかないとダメ』って先生が言ってたからね」
「そうなのか。でもこの村だと魂色なんてどうでもいいんだけどな」
「そうだね。でもぼくはきっと覚えておいた方がいいと思うんだ。これからは時々お父様と一緒に王都へ勉強しに行くらしいから……」
そう言うレイの表情はどこか暗い。
「お――――い。皆の者広場に集まるのじゃ」
村長の声が村中に響き渡り、村のみんなが広場に集まる。おれたちも広場の中央に向かった。大体みんなが集まったところで村長が話し始める。
「これより”魂色の儀”を執り行う。こどもたちは水晶の前に集まるのじゃ」
村長の指示に従っておれたちは大きな篝火の前にある両手で抱えるほど大きな水晶の前に一列で並ぶ。他のみんなが我先にと列へ並ぶもんだからおれとレイは列の一番後ろになった。そしていよいよ儀式が始まった。村の外から来た”宝色教”と呼ばれる教団の人たちがなにやら妖しげな文言をブツブツつぶやきながら先頭の子供を囲んでいる。
「大いなる我らが神カラトラの名の下に此の者の魂色を映しだしたまえ」
彼らが文言を唱え終わると水晶玉が鈍く光った後にその水晶玉は灰色に輝いていた。つまり今儀式を受けた子供の魂の色は灰色ってことだ。その結果に本人はちょっとだけ不服そうな顔をしていたが周りの大人たちは別にいつも通りの景色だから特に顔色を変えることはなかった。次々と流れるように儀式が進んでいって今のところみんな普通の色だった。
もうじきおれたちの番というところでレイが小声で話しかけてきた。
「もうすぐ僕たちの番だね。僕は何色なんだろうなー?やっぱりお父様とお母様が白色だから僕も白色なのかな?」
「知らね。でもレイは意外と黒とか金かもしれないな」
「それは流石にありえないよディール。でも珍しい色だといいな」
そんな会話をしているとついにレイの順番になった。レイは水晶玉に向かう途中でちらっとレイの父親の方を見ていたが、父親はレイではなくて水晶玉を見つめていた。やっぱり貴族は魂の色を気にしているんだと思いおれは心の中でレイが珍しい色であること祈った。
レイが水晶玉の前に立ってお決まりのブツブツ文言が始まると周りの大人たちが少しだけざわつき始めた。やっぱり村のみんなも貴族の息子だから気になってるんだ。注目の的になっていてもレイは気にせず堂々としていた。そんな時レイがこちらに振り向いてピースしてきた。どうやら自分が注目の的だと気づいてない。
ブツブツ文言が終わると水晶玉が今までにないほどまばゆく光りだした。おれは思わず目をつむった。ようやく光が落ち着いたころで目を開くと水晶玉は橙色になっていた。それはすべてを包み込むような温かく優しいお日様のような色をしていた。周りからもしばらくざわつきが収まらなかったし何より厳格そうなレイの父親の頬が緩んでいた。
レイは興奮が冷めない様子ですぐさまおれの所に駆け寄ってきた。
「見たかいディール!すごいよ橙って珍しいんだよ。嬉しいな~」
「おれも祈っといたかいがあったってもんだよ。それにレイの家族も相当喜んでるんじゃないか?」
「そうだよね!お父様やお母様も喜んでくれるよね!」
レイは本当に心の底から嬉しそうにしていた。そしてレイがおれの背中を押す。
「次はディールの番だよ。僕も珍しい色であるように祈っておくよ」
「ありがとな。じゃあ、ちょっとおれも行ってくるわ」
いざ自分の番が来ると緊張してしまうけど変な期待はしなかった。だってこの村で生きていく限り、魂色に大した意味なんてないからだ。おれも自分の家族の方を見た。家族の顔を見て少しだけ緊張が解けた。
そしてブツブツ文言が終わり、そろそろ来るぞと思っていたが水晶玉が光ることはなく、ほんの少しの沈黙の後に水晶玉が粉々に砕けてしまった。
おれは水晶玉がいきなり割れて驚いたが、すぐに教団の人たちが指示を出していた。
「おい、別の水晶玉を用意してくれ。今まで割れることなどなかったが予備を持ってきておいてよかった」
「こちらが代わりのものになります」
新しい水晶玉が用意されて再びブツブツ文言が一から始まった。文言が唱え終わったが水晶玉に変化はなかった。おれは気になってしまったので水晶玉に触れようとした。
「なんだよ、おれの魂には色がついてないってのか⁉」
おれの手が水晶玉に触れると水晶玉は異様な輝きを見せた。おれがその輝きの色を見た瞬間言葉を失ってしまった。だって聞いていた話と違うからだ。おれの目の前の水晶玉はどこまでも吸い込まれていきそうなほど美しくそして”青”く輝いていた。この色への上手い例えが見つからない。空とも違うし、海とも違うような。ベリーか?サファイアか?とにかくこの世の青色を全部かき混ぜたらようやく出来そうな気がする。
村のみんなは見たこともない魂色を目の当たりにして不思議そうに水晶……いや、おれの方をじっと見ていた。奇怪に満ちた視線が突き刺さる。おれの色を見たレイが興奮しながらやってきた。
「ディール!これってどうみても青色だよね」
「でもレイに聞いた話だと青色はなかったと思うんだけど、これって珍しいのか?」
「珍しいってもんじゃないよ!だって未確認の色だよ。多分、大ニュースになるよ。すごいなーこれで僕たちは珍しい色コンビだね」
「そうだな」
おれとレイが会話していると少し離れたところでコソコソと話している教団の人たちが目に入った。なんか変だなと思いつつも教団の人たちが儀式の終わりを告げる。
「これにて魂色の儀は終了とさせていただきます。また、来年もよろしくお願いいたします。では、我々はこれにて……」
「よし、皆の者これで儀式は終わりじゃ。こどもたちも長い時間よく頑張った。みんな素晴らしい輝きじゃったぞ。しかし、この村の教えである『魂色に捉われず互いを助け合う』ことを忘れないようにな。さぁ、宴をはじめようぞ!」
村長のありがたーいお言葉によって宴が始まり、村のみんなが食事をとったり子供たちは親の元に向かったりし始めた。おれはみんなに声をかけられたがさっきのことが気になったので親の元には向かわずに教団の人たちを追いかけることにした。そんなおれを見てレイもついてきた。
「どうしたんだいディール?もしかして宝色教の人たちを追いかけてるのかい?」
「そのとおり。だってさっきおれの魂色を見てから明らかに様子が変だったんだ」
「確かにね。どこか焦っているというか撤収がやけに早かったもんね」
村の入り口の辺りで教団の人たちを見つけた。おれたちは近くの家の裏に隠れて会話を盗み聞きしたけど、宴が騒がしくて上手く聞き取れなかった。
「まさか本当に”青”が存在するとは」
「これは急いで……様にご報告しなければ」
「しかしこの村の者も……だな。おそらくは……だろう」
「お前ら!急いで支度をせぬか!もう戻るぞ」
大事なところが聞こえなかったがそのまま教団の人たちは馬車で帰っていった。
「ねぇ、よく聞こえなかったけどなんかディールのこと話してたよね?」
「それにあいつら誰かに報告しようとしてたな」
「それってやっぱり宝色教の人かな?それとも近くのエイリレ王国の偉い人かな?」
「エイリレ王国?」
「エイリレ王国っていうのはフォルワ大陸で2番目に大きな国なんだ。僕のジェオール家の本家があるのもそこなんだ」
「いずれにしてもなんか変な感じがするんだよ」
「ディールは気にしすぎなんじゃないかな。もしかすると国の騎士団とかから勧誘されるかもしれないんだよ」
「この村から離れるのだけはごめんだね」
おれたちは一緒に宴へ戻って最後まで楽しむことにした。宴が終わった翌朝、レイの家族は帰っていった。
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