第4話 朱殷の夜の叫び

 魂色の儀から気づけばもう1節が過ぎ去ろうとしてた。おれは昼寝のしすぎで眠れなかったから真夜中に家を飛び出す。走って疲れれば眠れると思い、いつもの風車のある丘に向かう。丘の上で寝転がって夜空を見上げると満点の星空が広がっていた。


「キレーだな。レイや家族のみんなに見せたいぐらいだ。いや、レイには自慢した方がおもしろそうだな」


 しばらく星空を眺めていると流石に眠たくなってきた。そろそろ村に戻ろうと腰を上げる。薄暗い月明りの中、おれが走って丘を下ると突然何かにぶつかった。何にぶつかったのか確認するとそこにはレイの姿があった。


「よく見たらレイじゃないか。どうしたんだこんな時間に、お前も眠れなくなったのか?」

「イテテ……。眠れないってのは合ってるけど。そんなことはどうでもいいんだよ!屋敷で僕が遅くまで読書していたら遠くの方からすごい長蛇の列が屋敷へ来たんだ。気になって見てみたらお父様と騎士のような格好をした人たちが会話していてどうやらディールの住んでる村を探してたみたいなんだ!」

「そんな大層な大軍で村に何の用があるっていうんだ?もしかしてレイが言ってたようにおれの青の魂色を調べに来たのか?」

「確かにそれもあり得るんだけど、なによりも不味いのはその大軍が近くのエイリレ王国じゃなくてもっと遠くのフォルワ大陸の最北端にあるカミオン帝国の軍だったってことなんだ」


 レイの口から出たカミオン帝国という言葉に聞き覚えがなかったのでおれはレイに質問する。

 

「カミオン帝国の軍の何がマズいんだよ?」

「カミオン帝国はこのフォルワ大陸で最大の版図と最強の軍事力を持ち合わせている帝国で、物凄い好戦的な国として有名なんだ。それだけの力を得たのは戦争と略奪を繰り返したからってわけさ。つまりいい噂がないんだ。カミオンの騎士が通った跡には灰だけが残る……って」


 レイの話を聞いて背筋を襲う悪寒が止まらなくなった。おれは村へと戻るためにとにかく走り出した。頭の中にはいろんな考えがよぎった。もしかしたらおれの村が襲われるかもしれないとか、そんな大軍が辺境の村に来る目的は何なんだとか考えてみたが何も出てこなかった。

 

 おれは冷静さを保てず呼吸が乱れながら全速力で走ったせいで肺の中の空気が無くなって今にもぶっ倒れそうだ。息を切らしながらようやく村に戻ってきた。薄暗い中で魂色の儀をやった広場に規則的に並んだ松明の明かりが集まりその異様さを物語っている。大量の騎士が広場を囲むようにして立っていてどうやらその内側に村のみんながいるようだ。しかし、たくさんの騎士のせいで内側の様子が詳しく見えない。様子をうかがっているとレイがおれに追い付く。


「ディール、ここにいたら見つかっちゃうよ。ここから離れようよ!」

「でも、広場で何かが起きてるんだ。ここからじゃ見えない……あそこなら見えるか?」


 おれは近くの家の外に積んである荷材を登っていき屋根に登り上から広場を見下ろす形になった。おれは広場の様子を見て理解が追い付かなかった。広場の真ん中におれの家族がみんな磔にされており体中は傷だらけで気を失っているようだ。どうなってるんだ?なんで俺の家族がこんな状況になってるんだ?おれが更に前に身を乗り出すと会話が聞こえてくる。あれは村長ともう一人はいかにも偉そうな松明のせいで色が分からないが他とは格好の異なる騎士だ。村長は他の騎士に体を押さえつけられており身動きが取れない状態になっている。


「これはいったいどういうことじゃ!村の者たちが何をしたというんじゃ!こんなこと……決して許されることではないぞ。カミオンの騎士団いや……略奪者どもめ‼」


 村長に略奪者と揶揄された謎の騎士は笑いながら剣を村長の顔すれすれの地面に突き刺して話す。

 

「略奪者とはひどい言い方じゃねえか老いぼれジジイよぉ。理由ならさっきから何度も説明してんだろ!この村に青の魂色をもつガキがいるって聞いたもんだから皇帝陛下から殺せって命令が俺様の所に来て遂行しに来た。それだけだ」

「なんの理由にもなっておらん。青の魂色というだけでなぜ殺されねばならんのだ!おぬしらには関係ないじゃろ!」

「もう喚くなよジジイ。黙ってな」


 謎の騎士はそう言うと村長の顔を思い切り蹴りあげ、村長はその場に倒れ込んでしまった。謎の騎士が倒れた村長に唾を吐き捨てる。あんなことしやがって……あいつは許せない!おれがその場に飛び出していこうとするとレイに止められる。


「なにすんだよレイ!このままじゃみんなが危ないだろ」

「君の方こそ何言ってんのさディール!さっきの会話を聞く限りあいつらの目的は君じゃないか!それに殺すって言ってるんだよ」


 おれの腕を掴んで引き留めるレイの身体が恐怖で震えているのが分かる。いくら友達の頼みでもここだけは引き下がれない。

 

「村長もそうだし、それにあれを見てみろよ。おれの家族がひどい目に合ってるんだぞ!父さん、母さん、幼い妹のルリアまであんなに傷を負ってる。おれのことを聞き出すために拷問を受けたんだ……」


 おれたちが揉めているとさっきの謎の騎士が大声で話し出した。


「オイッ‼どうせどっかに隠れてるんだろ青色のガキ!早くしないとお前の家族がみ――んな死んじまうぞ。出てくるんなら今のうちだぞ」


 あいつの声を聞くだけで全身がピリピリとひりつく感覚がする。物凄い威圧感だ。おれが怯んでいると父さんが意識を取り戻して声を振り絞って叫ぶ。


「ディール!もし聞いているなら父さんたちに構わずこの場から逃げるんだ!この世界のすべてをその足で歩き、その目で見て世界について知るんだ!そして自分の使命を果たしてくれ」

「たかがガキ一人に何ができるって言うんだよ。ハハハハハくだらねぇ」

「お前たちがここまで必死にディールを探しているのは私たちの息子がいずれ脅威になるからじゃないのか?皇帝とやらはそのたかが子供一人に執着するような小心者の臆病者なんだろうな!」


 父さんの言葉で明らかに場の空気が変わった。騎士が怒り父さんに刃を突き付ける。


「お前は今、神聖なる皇帝陛下を愚弄した。もういい全員同罪だ……この村全員皆殺しだぁっ‼」


 謎の騎士の発言にほかの騎士が鎧をガチャガチャさせながら駆け寄る。


「村人の抹殺は任務に含まれておりません。それにここは停戦中のエイリレ王国の領土ですぞ!どうかお考え直しください」

「五月蝿い!俺様はどのみち全員殺す予定だった。上にはこの村から再び青の魂色が出ないように駆除したと説明しておけばいいんだ!」


 謎の騎士は目に見えないほどの速さで父さんに突き付けていたはずの剣が気づいた時には血に塗れており、苦言を呈していた騎士の首が飛んでいた。謎の騎士は仲間を殺めたことに顔色を変えずにいた。そして他の騎士に命令を下す。


「槍兵隊、処刑の準備をしろ」


 謎の騎士の命令によって長槍をもった兵士たちが父さんたちにその切っ先を向ける。おれは呼吸が早く荒くなり心臓の音が聞こえるほどに脈動している。全身から血の気が引き冷汗も止まらない。もうどうすることもできないおれは気づけば下唇を強く噛みしめて血が滴っていた。


 おれが何もできずにただ茫然としていると父さんが何かをつぶやく。


「すまない、母さんにルリア。守ってやれなくて。せめて痛みを感じないように深く眠っていてくれ ”スランバ”《昏睡》」


 謎の騎士は剣に付いた血を近くにいた兵士の両頬を使って拭き取りながら父さんに向かって喋る。

 

「殺す前に1つだけ教えといてやるよ。お前のガキの青い魂色ってのはなぁ、この世に存在してちゃいけないもんなんだよ。お前の方は何か言い残すことはあるか?」

 

 おれは叫んだ。


「やめろぉぉぉ――――‼」


 しかし、おれは叫んだつもりでも恐怖と怒りと様々な感情が入り交じり頭の中でぐちゃぐちゃになり声が出ていなかった。


 「ディール!愛してるぞ」

 

 父さんの最期の愛の言葉と同時に数えきれないほどの槍が家族の身体を貫いた。おれは視界が歪み到底受け入れられることのできない現実を叩きつけられた。頭がガンガンと痛み出し、呼吸が出来ない。処刑の直前、おれは声を出していなかったはずだったが謎の騎士に気配を気取られてしまっていた。


「そこだな!」


 あいつが振り返り手をこちらに向けるとおれたちの隣の煙突が粉々に吹き飛ぶ。


「このままだと殺されるよ。ディール、早く逃げよう!」

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