第17話 夜のお嬢様はメイドの下僕
「トリスちゃんが病気って珍しいね。」
待機所で集まった数人のキャスト同士で、女子高トークの如く甘い雰囲気が漂いながら会話のキャッチボールが行われていた。
「ん~。知恵熱?」
マロンの予約を確認した時、全裸にタオルだけという恰好であった。
勿論気付いてその後衣服は着用したのだが、知恵熱と自身が言うように病は気からという事もあってか、湯冷めしてしまったのである。
一度調子を崩しかけると留まる事を知らず、予約の前日にそれはピークに達し歩くのも辛い状態となっていた。
更に追い打ちをかけるように襲ってくる、女性ならではのもの。
「なにそれ~。」
「それにあの日が来ちゃって。」
トリスの未出勤は風邪と生理のダブルパンチだったのである。
フィールは風俗店という事もあり、女性の生理による欠勤や予約のキャンセルも認められていた。
キャンセルについては多少の応相談はあるものの、そこは客も同じ女性であるため不平不満を言われる事はない。
大体毎月この辺りと事前に店に申請しているため、急な変更や欠勤はそんなに多くはない。
「実家暮らしだから、生活と療養自体は問題ないし、大学はちゃんと行ってるからね。」
「でもそれじゃぁしょうがないか~。噂のマロンさんとだったのにね。」
「……」
「ま、まぁ、こういう商売だし、機会はあるんじゃない?」
「本当にあると思う?シフトを公開した途端直ぐ埋まったのに?」
「あははー。寝台列車や廃線決定した電車の10時打ちみたいだね。」
「そこまで即売れじゃないけど、もう空いてるところないしね。」
「しかし、噂のマロンさんも話題だけど、トリスちゃんのシフトの25%を埋めるあの子も凄いよね。」
トリスがNo.1たる所以の一つ。
固定客が多いという事もあるが、その固定客が半端ない。
シフトが出るや否やぽんぽんと同じ人物で埋められていく。
他の客への配慮といって良いのかはわからないが、1回の利用で長時間は使わず、3日に2日の割合で都度60分または90分で利用している。
月に何度か120分や180分、たまに半日という事もある。
半日コースの場合は恐らくは疑似デートを行っているものと思われる。
個人情報の特定やプライベートの連絡先を訊ねる等、または帰宅を狙ったストーキングをするなどといった行為がなければ、ロングコースのみ近場に限られるが店外での
「そういやその子、以前は別のキャストのストーキングしてたんじゃなかったっけ?」
「本当にしてたら流石に出禁でしょう。」
「グレーだから、何かあったら厳重注意からのって事はあるでしょうけど。」
女子が複数人集まればやいのやいのと煩くなってくるものである。
悪口にはならずとも、多少なりとも客の女性が話題にあがる事も少なくはない。
「ベタベタしてくる事もあまりないし、普通に毎回楽しんでるだけだよ。受け取れないってのにやたら何かプレゼントは持ってくるけど。」
「確かにね~。病院とかと一緒でキャストがお客さんから料金以外の物を貰うのはよくないからね。ホストやキャバクラじゃないんだし。」
食べ物……手作りには何が入っているかわかったものではない、高額なものは当然受け取れるものではない。
それが他のキャストに知れ渡れば要らぬ争いを生む事もある。
人気や売り上げ貢献を免罪符に、または指名を貰うために客に貢がせるなんて事が起きてはいけないのであった。
「実際お金は持ってるよね。こんなに通ってるんだから。」
「と、いうわけでそろそろ私は待ち合わせの時間になるので行ってきますね。」
既に用意されていた次の客とのプレイで使う道具の詰まった鞄と、自前の鞄を持ってトリスは待機所を後にした。
時と場所は変わり、浪漫が見慣れないラブホテルの一室。
部屋の壁には「X」の形をした磔や、ロープやチェーンを掛けるためのU字クリップが天井に設置されている。
部屋内の証明のイメージもピンクと黒が重なったような雰囲気で、甘いだけではない独特のものを漂わせていた。
風邪も癒え、学業とバイトのバランスも元に戻った頃、再び浪漫はフィールの予約をする。
今回は、以前エリスと二人で店を利用してきた時に選ばなかった方のキャスト、ルキアを指名した。
ルキアを指名したのには理由がいくつか存在する。
以前は湯女を指名したため、申し訳ないという気持ち。
そしてもう一つは……
「MはSの事も理解してるんだよ~。もちろんその反対もだけどね~。」
「どこを叩かれると気持ち良いとか、痛いとか理解してなければ只の苦痛でしょ?」
「叩く方もそれが理解出来てないと、只の虐めになっちゃうし。当然人によってその細かい場所とかも違うわけだし~。」
「縛るのも同じね。どのくらいの強度にしたらいいかとか、どこを通して良いとか、どのように吊ると良いとかもね。」
浪漫はベッドの上で、ルキアから特殊なプレイについての矜持を伺っていた。
先日の、エリスとルキアの激しいプレイについて聞きたい事が多々あった。
もちろん教えて良い範囲で話してくださいとは最初に断っている。
浪漫はあの日、ルキアの手首の辺りや鎖骨の辺りにあった跡を覚えていたのである。
以前エリスに借りた大人のDVD『夜のお嬢様はメイドの下僕』の事も思い出していた。
あの時のお嬢様についていた跡とルキアの跡が酷似していたのであった。
「でもどうしたの?そんな事聞いて。もしかして興味あるのかな~?」
「そそ、そういうわけじゃ……なくもないのですけど。」
「私普段はMだけどぉ。さっきも言った通り、MはSの事もある程度わかってるからね。」
「いきなりハードな事は当然無理だよ?そうだね、目隠しとか手錠とか、あそこの磔で固定するとかから始めると良いかもね。」
「見えないとドキドキするでしょ?手錠とかならちょっとした動きを制限されるでしょ?磔はさらにその上位版とでも思って貰えれば伝わるかな?」
諭すように、同じ道に引き込むかのようなルキアの口調。
決して怖いものではないんだよ、と言いたいのかもしれない。
何事も踏み出す第一歩が大事なのだと。
ルキアの誘惑に誘われる形で、静かに首を縦に振る浪漫。
そして浪漫は初めてソフトな特殊なプレイを経験するのであった。
いつになく床や布団が汚れてしまうのは、仕方のない仕様である。
普段と逆の事をするルキアが張り切ってしまったのと、浪漫の反応と仕草が可愛かったとのルキアの言があり、それもまた仕方のない仕様である。
「ごめんねぇ、まだ立てないよねぇ?」
ベッドの上には腰が砕けた浪漫が、放心したように天を仰いでいた。
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