第16話 流行性感冒で出禁?

「ふっふっふ。これでマロンは身体のあらゆる部分が敏感に……」


 怪しい表情を浮かべコップに入った水に袋から粉末を注ぐ。


 良くかき混ぜると、水に溶け込んで粒子は段々と姿を減らしていく。



 体育の日デーという事で体操服で接客をしていた浪漫達メイド達。


 接客の途中で桜花から顔が赤いと指摘され、裏方に一度下がった浪漫は明らかに熱が出ていた。


 エリスがおでこに手を当てると、高熱が出ている事がわかり、念のため熱を測ると38度近くまで上がっていた。


 客はもちろん、他メイドに移すわけにもいかず、エリスがそのまま上がり浪漫を病院へと連れて行った。


 そこで下された診断は、過労からくる身体の弱りと、免疫力が低下した事で風邪を引いたという事だった。


 幸い他の重篤な感染症などはないため、数日安静にすれば問題ないとの診断であった。


 ただ、例のイベントの恰好に上着をはわせただけだったので、浪漫の恰好を見た医師と看護師からの目線が痛いものであった。


 幸いなのは、浪漫は意識が朦朧としていたため、その視線やツッコミには気付いていなかった。


 エリスが車で病院と自宅への送迎を行い、現在エリスによる看護が行われていたのであった。


 看護といっても、着替えをさせて布団に寝かせて、その間に薬を飲むための柔らかな食事を施したくらいか。


 そして先程の怪しい粉のやり取りは、食後30分以内にのむ薬であった。


 粉のままだとむせてせき込んでしまうため、水に溶かしたのである。


 錠剤が主流の現代に於いて、粉薬であった。


「学業とバイト、週末は風俗。まったく、過労と言うのには些か疑問だな。そりゃ身体は疲れるだろうけど。」


 薬を運びながらエリスは浪漫の現状を嘆いていた。



「ほら、変なものは入ってないから飲みな。」


 先程水に溶かした薬を浪漫の口元へと運んだ。


「あ、ありがとうございます。」


 弱々しい手でコップを受け取るとそのまま口の中へと薬を喉の奥へと流し込んだ。


 病院に行ったという事もあり、安心感が出たのか、少しだけ浪漫の体調は落ち着いてきたように見えていた。



「あうあ~、明日の予約、行けなくなっちゃいます~。」

 

 浪漫は熱のせいで語尾が伸びてしまう。


(風俗に行けなくなって泣きそうになる女子大生って……)


 内心呆れてしまうエリスであった。


「キャンセルとかしたらその……出禁になっちゃったり……」


 俯き心配して出てきた言葉が風俗店への出禁というのもまた妙な話である。


「まぁ、病気なわけだし初回利用でもないし、キャンセルしてもちゃんと連絡入れれば出禁にはならんでしょ。」


 さらっと冷静にエリスは浪漫の不安を両断した。


「失礼なキャンセル内容じゃないし、落ち着いたら連絡入れとけ。当日でも1時間前みたいな直前じゃなきゃ問題ないし。それよりも今は寝ておけ。」


 浪漫の家に入る時は鍵は浪漫が出したのだが、エリスが帰る時はそうはいかない。


 というわけでもなく、浪漫は実家暮らしのため、鍵は家族に締めて貰えば良いのである。


 エリスの言葉に甘えるかのように浪漫は再び布団へ横になった。


「ちょっと浮かれちゃいまいたかね。メイドのみんなにもエリスさんにも、最近楽しくて……自分を疎かにしちゃだめでした。」


 

「まぁ、そうだな。」


(楽しかったのか。それは良かったな。)


 エリスは心の中で浪漫の変化に喜びを感じていた。



 風俗に行くのもご利用は計画的に。


「また、来週元気になったら行けるようにします。」



「ヲイ。」




 家族に後の事はお願いし、エリスは帰宅していった。


 私物は店に置いてきているし、病気である浪漫とあまり長い間一緒にいるのもあまりよろしくはない。


 近況を同僚にも伝えなければならないし、当然店に一旦戻るという選択肢が必須だった。


 それから少し暫くして浪漫は目が覚めると、枕元に置いてあったスマートフォンのライトが点滅している事に気が付いた。


 着信かメールが入っている事を知らせる点滅。


 エリスが帰る前には消灯していたので、エリスの帰宅後に誰からか、どこからか連絡が入ったのである。


「だれだろ……」


 手を伸ばして浪漫はスマートフォンを取ると、其処には最近見慣れた文字と不在着信の文字が表示されていた。


「あれ、お店からフィール……」


 暫く休んだせいか、まだ若干頭はぼうっとするものの、高熱による朦朧としたものは感じていなかった。


 そのため何通か連絡が着ていたフィールの着信に驚きは隠せなかった。


 連絡はいつも自分からであり、余程の事がなければ自分にかかってくることはない。


 一体何事だろうかと思うのは仕方がないのである。


 浪漫がパスコードを入力して画面のロックを解除すると、フィールへと返信の電話を掛けた。


「あ、マロンですけど、先程何度か着信がありましたので。」


 浪漫が電話先に挨拶をすると、電話を受けた受付の女性が暫くお待ちくださいと10秒ほどの時間の後用件を浪漫屁伝えた。


「え?」



「まことに申し訳ございません。マロン様が明日予約をいただきました当店のキャスト・トリスですが、本日風邪を引いてしまい明日の出勤が難しくなりました。」


「つきましては、キャンセルとさせていただきたく存じますが、もしご希望があれば空いている他のキャストの変更も可能となりますがどういたしますか?」


 その際には少し料金はサービスするとの事だったが、浪漫はしばし放心の後、丁重に断った。


 自分も体調が悪いとまでは言えず。


 元々自分が風邪を引いてしまい、せっかく会えるかも知れない親友と思われるトリスとの120分を台無しにしてしまったという思いも強い。


 なんだか、向こう側を悪者にしてしまったようで、気が引けてしまったのであった。


  

「どうしよう。」


 トリスの明後日以降の出勤予定が数日に渡って横棒となっており、未出勤を表していた。

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