第14話 フィールの女子会

「お疲れ様~」


 個室居酒屋のとある一室。


 テーブルを囲むのは全て同年代と見られる女性達。


 着席するなり駆け込み「とりあえず生!」「とりあえずハイボール!」「とりあえず……」


 思い思いの最初の一杯を注文する。


 他愛のない会話、主に仕事と仕事や学業の話で盛り上がる女性達。


 後者は日中の職業であり学校の事であり、その場所や内容はそれぞれが異なる。


 ある意味近況報告や愚痴などをわいわいきゃぴきゃぴと話している。


 その最中に全員分の飲み物は運びこまれ、再度「お疲れ様~」とそれぞれのグラスを「きぃん」と軽く合わせて、その中身を口へと放り込む。


「ぷはぁ、生き返るねぃ。」


 誰が言ったか、見た目の年齢にそぐわない年寄り染みた言葉が響く。


 後者の仕事や学業の話で再び盛り上がり、それぞれが既に2杯目3杯目と胃の中に収めていく。


 全員最低20歳であるため、飲食や喫煙について文句や意見を言う事はない。


 少しくらい騒いだとしても、周辺も似たようなものなので、これもまた苦情が出る事はない。


 女性の声の方が周波数が高く、周辺に騒音に変わるとしてもである。




 そして酔いも程よく回り、つまみの食料もまばらになってきた頃、前者の仕事の話へシフトしていく。


 彼女らは女性専門風俗店・フィールのキャスト達なのである。


 大人な話は素の状態でもできるのだが、キャスト同士は戦友であり友人でもあるため、たまにこうして女子会のようなものを行うのであった。


「湯女さんも指名入るようになったよね。」


 レモンサワーをテーブルに置いたボーイッシュな女性、翼が話しかけた。


「あっ、そうですね。おかげさまで……」


 湯女は謙遜も含めてではあるが、照れたように答えた。


「そっか。私も負けないように頑張らないと。」


 翼の横でデザートを掬った心菜が続いた。


「そんな。私なんてまだまだです。」


 湯女は手を左右に振って自分はまだまだ足元にも及びませんと答える。


「入店前は自信なんてなかったんですけど、最初ルキアさんと一緒についた人が凄く良い人で、反応も可愛くて……女の子を責めるのも責められるのも良いなって。」


 最初の接客時を思い出しながらだったのか、湯女は頬に手を当て照れた表情で話していた。


「そうよね、いいよね~。初心な子とか慣れてない子とかまだ女の子が好きかわからないって子を相手するのって。つい張り切り過ぎてヘロヘロにしちゃうもん。」


 心菜は湯女の言葉に同調するように返す。さらにそこに同調する翼が口髭のように話したに生ビールの泡をつけて続ける。


「僕は女の子全員ヘロヘロにしちゃうけどね。特殊なプレイも好きだし。」


「何を張り合ってるんだか……相手の子に合わせないとびっくりしたり嫌がったりしちゃうでしょう。」


 二人の言葉に待ったをかけるように、肩で揃えた黒髪の女性、待機所ではスマートフォンの画面を見ている事が多いトリスが続けた。


「そうかもしれないけど、大体悦んでくれるけどね。」


 心菜はトリスの言葉に反論していた。


 実際客の女性とキャストの間にプレイに於いて不平不満は少ない。


 心菜の言葉通り、悦んでとろとろになってのめり込んでいるのが現実である。


「トリスちゃんは色々あるから慎重なんだよね~?」


 ギャル風の唯一の金髪、ルキアが意味深な笑みを浮かべながらトリスに投げかける。


「ん……まぁ、否定はしません。」



「なんだいなんだい?No.1も繊細な乙女って事かい?良かったら客として僕を指名してみない?」



「遠慮しておきます。」


(本当は昔の失敗を思い出しちゃうからだけど……)


 トリスは一気にグラスの中身を空にした。



「トリスちゃんはちっちゃいこが好みだもんね~」


 心菜は両手を使って背丈の小さい事を表していた。

 

「あれ?そういえばこっちもだっけ?」


 翼が自分の両胸を手のひらで覆って心菜に続いた。


「べ、別に小さいから好きってわけじゃ……」


 その後に特定の誰かを言いかけそうになってトリスは口を濁す。



「え?そうなの?だって待機中にテレビ見てた時だって、小さくてちんまい子を見てたし。」



「こないだ指名してきた子なんてどっちもちんまくて可愛かったし、それでこういったお店の経験もなくって初々しくて良かったな~。トリスちゃんも気に入ると思うけどな~。」


「あれ?それって少し前にルンルンウキウキで戻ってきた時の話ですか?」



「え?その子って僕も指名きたよ。」


「何を張り合ってるんだか……」


「えと、それって多分この前私がルキアさんと初出勤の日に担当した……」


「そうだろうね~、3人が言ってるのは同一人物だと思うよ~。」


 達観したかのようなルキアは何となく察していた。


「最近噂にはなってるよね。この一ヶ月で何回も利用してるし。」


「でも大丈夫かな。あまり接客時の事を言うのもなんだしプライベートな事だからあれこれは言えないけど。」


「あ~確かに。それに毎回相手を変えてるしね。」


 決して高くはない金額を短い時間にホイホイ使える人種は限られてくる。


 裕福な人間か借金をした人間のどちらか。


「大丈夫ですかね、マロンさん。」


 心配しての事であろうか、湯女がぽろりと客の名前を漏らす。


(えっ!?どういう事?マロン……?え、小さくて小さい、そしてマロン?)


「そういえば学生って言ってたっけ、指名してくれるのは嬉しいけどあまり無理するのも……難しいよねぇ。」


(本当にどういう事?あのマロン?いやでも同じって保証は……) 


「まぁ、そのうちトリスちゃんにも指名が入る日がくるって。試しに店長に頼んで金曜と土曜の予約を貰うよう頼んだら?」


 浪漫がフィールを利用するのは、金曜日か土曜日である。


 これは偶然でもあるのだが、講義がない日や少ない日、休日やメイド喫茶のバイトを加味した時に比較的ゆとりが出来る曜日でもあった。


「私達全然タイプは違うけど、共通点はいくつかあるよね、その……こことか。」


 心菜は自分の両胸を手で覆ってトリスに伝える。


 キャストには様々な女性が存在する。身長やスリーサイズはそれこを異なるくらいには。


 本日集まった5人に共通するのは非巨乳であること。決して貧乳とまではいっていない。


 実際ルキアはそこそこ膨らんでいる。


「それと、あまり年上過ぎない事とか、年下はまだないみたいだし。多分年齢が近い人ってのも条件っぽいし。」


「それじゃぁ、そろそろ良い時間だしお会計済ましちゃおうか~。」


 最年長でもあるルキアの一声で女子会はお開きとなる。




 帰宅後トリスはスマートフォンの画面を見ながら物思いに耽る。


 その画面には二人の少女が笑顔で仲良く肩を組んでいる姿が映っていた。


「いつ予約が入るか気が気じゃないって。」


「別人であれば問題ないけど……」


「もし客のマロンがあのマロンだったら……」


 どんな顔をして会えば良いのだろう。


 汚名返上……いや、あの時の事をきちんと謝るチャンスでもあるんじゃ?


 もし、あの事中学の時の事が原因で男が苦手になり、あの事リハビリの時の事が原因で女の子に目覚めちゃったのだとしたら……


 などと考えているトリスであるが。


(もしそうだとしても、私は嫌われちゃってるんじゃ……だからあの時跳ね除けられたんじゃ……)



 シャワーを浴びている間に偶然空いていた土曜の午後に予約を示すメールが店長より送られてきていた。


 客の名前を記す欄には「マロン」の文字が書かれていた。

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