第12話 エリスとルキアの関係、本末転倒

「昨夜はお楽しみでしたね。」


 エリスが浪漫と湯女に向かって口元に手を当ててニヤニヤしながら話しかける。


 電話でやり取りをして同じタイミングでのチェックアウトを済ませたのである。



「どうだった?初めての接客は。ってその表情を見ればわからなくはないけど。」


 ルキアがエリスの腕を組んだまま湯女に話しかける。


 そちらの方が何か色々あっただろうというのが一目瞭然である。


「初めてがマロンさんが良かったです。自信になりました。」


 キャストと客のプレイ度の会話としては些か過剰である。


 本来であれば、軽い挨拶の後別れるのが通説なのだから。


 湯女はフィールで働く前には、普通の喫茶店でバイトをしていた。


 ただし、あまり長くは続かなかった。


 とある悪質な客のせいで。


 それ以上は湯女の個人情報であるため、誰も語る事は出来ない。


 浪漫とのプレイの中でもそれ以上の事は語らなかった。


 2度目以降の利用があって、更なる信頼と信用を重ねれば語られる事もあるかもしれない。


 たまたま客として利用していたルキアが、プライベートで見かけた時に声を掛け仲良くなり、女性を相手にする店で働いてはどうかとなりフィールのキャストとなった。


 


 プレイ中に湯女は感じていたのかも知れない。


 浪漫が自分と同じかもしれないと。


 そして同じ事を浪漫も感じていたのかもしれない。

 


 同性を相手にする店だ。似た境遇の人間が集まってもおかしな事はない。


 それがキャスト同士、キャストと客の関係であっても。



「凄い声だったよなぁ。聞こえてたぞ、こっちの部屋まで。もうド嵌りって感じだな。」


 エリスが更にニヤニヤした表情で浪漫を揶揄う。


 湯女の大人のマッサージは互いに高め合っていた。


 漏れていたのは、二人の嬌声の共生。ハーモニーというものである。


「もー。揶揄わないでくださいっ。そちらの声こそ盛大に漏れてましたねっ。」


 そこで何故か「ポッ」と赤面するのはルキアである。


「激しい秋沙雨だったー。」


 どうやら浪漫の知らない道具が火を噴いていたようである。


 頭上には「?」マークが浮かんできょとんとしていた。


「ねぇ、元サヤに戻らない?」


 横に顔を向けたルキアがエリスに訊ねる。


「いやー、こうした関係の方が後腐れがないんだって。私らにはまだまだ住み辛い世界だから。」


「身体とお金の関係ってのが後腐れないってのは、どうかと思うけどねぇ。」


 エリスの返答にしみじみと溜息のように漏らすルキアであった。


「失礼ですけど、お二人の関係って……」


 湯女はキャスト仲間ではあるが、その全てを話しているわけではない。


 普通の会社でも社員同士の人生を全て語る者などそうそういないだろう、同じ事である。


 飲み会で元カノの話とか、学生時代の事を話す事はあるだろうけれど。


「あ、言ってなかったっけぇ。私とエリスちゃんはメイド喫茶時代から付き合ってたんだよぉ。」


「あ、おまっ、言うなって。」


「当時色々あって、音々ちゃんが店長をやる事になって四天王は解散。エリスちゃんは残って、私は辞めちゃったんだけど。」



 流石にホテルの外でずっと会話をしているわけにもいかず、近場の喫茶店に入り珈琲を囲みながら話す事にする。


 4人の前にはそれぞれが注文した珈琲や軽食等が置かれていた。




「普通のメイド喫茶だと、行き過ぎた男性客が問題を起こす事があるだろ?ウチはそれが同じ女性だったってだけだ。」


 エリスが淡々と過去事情を話始める。ルキアは腕を組んだままで、顔もまだ赤みを差したままであった。


「普通の喫茶店と違って、半分アイドル的要素を、メイド喫茶とかコスプレ喫茶とかコンセプトカフェとかってのはあるだろ?」

 

「だから来店中は一時の夢の空間というか、時間を提供したり享受したりするわけで……」


「それが出来なくなった時点でキャストとしては終わりだもんねぇ、自分の意思じゃなくても。」


 最後にルキアが終焉時の言葉を口にする。


「単的に言えば、私らの只ならぬ関係に激情した客が問題を起こして、責任を取る形でキャスト勢が一新したんだよ。」


「ニュースにすらなってない事だけどね、常連客や周囲のお店には世間体にも良くないって事で、当時の店長が退いて四天王の将であり、経営者の親族でもある音々ちゃんが店長を継いだのよ。私も責任の一端を担って辞めたってわけ。」 


「その後私はフィールで働くようになって、エリスちゃんとは別れちゃって、今に至るのぉ。」


 寂しさを埋めるためと、お金を稼ぐためと、エリスとの穴を埋めるための勉強と経験を兼ねてという事であった。


「だから、たまに利用してるじゃないかよ。もう恋人じゃないからお金と身体の関係ってあまり良い響きじゃないけどさー。」


 以前は同棲もしており、それこそ普通の恋人のように時間を共にしていたエリスとルキアであるが……


 今ではそれぞれ一人で生活を送っており、二人の関係は完全に別れてしまった。


「今多くを語れないがな。私らがこうなってしまったから余計なお世話をしたくなるんだよ。マロンにも自分に素直になって欲しいって思ってる面と、可愛い妹分をおちょくりたい部分と。」


 エリスは浪漫の過去の話をある程度知っており理解もしている。


 親友であるトリスととどうにか仲直りしたいという事も知っている。


 このままだと、自分とルキアのように関係を終わらせてしまうかも知れないという所に懸念を感じていたのだ。


「それで風俗沼に沈めるのはどうかと思うけどねぇ。私達のようにLってはっきりしてるわけじゃないんでしょう?」



「そそ、それは……」


 まだわからないというのが浪漫の実際のところである。


 身体の触れ合いについては問題ないという事がもう理解している。


 浪漫が体験したフィールで3回の利用での行為が男性だったら、失神や嘔吐ものである事は理解していた。



「本末転倒になる前に、ちゃんとした行動に出るべきだろうな。」



「ねぇ、なんでそもそも連絡取れないの?連絡手段って携帯電話だけじゃないよね。同じ大学に通ってても学部が違えば大学で会うのは、そりゃぁ難しいかも知れないけど。」


「小さい頃からの親友なら、直接家に行けば良いんじゃない?」


 出てくるかはわからないけど、とまでは言わないルキアである。


「あ゛……」


 恐らくは大学の友人やメイド喫茶の他の店員たちの誰もが思っていたけど、実際口にはしていなかった事実をルキアはさらっと言ってのけていた。


 それが出来りゃ苦労も悩みもしないわよ~というルビが頭上に表示されるかのように、両手で頭を抱えて首を左右に振ってのたうち回る浪漫であった。

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