第二十三話 優駿牝馬当日

 〜大和鮮赤ダイワスカーレット視点〜






 とうとうこの日がやってきた。


 牝馬三冠の第二戦、優駿牝馬オークス。ダイワスカーレットが病気で走ることができなかったこの舞台で、霊馬となった今、あたしが勝たせてみせる。


「それじゃ、優駿牝馬オークスの説明を始めるね」


 レースへの意気込みを心の中で呟くと、クロが優駿牝馬オークスの説明をすると言い始める。


 あたしたちは毎回作戦会議で使っている空き教室に居り、いつものようにこれから優駿牝馬オークスの特徴やコースの振り返りなどをする。


大和鮮赤ダイワスカーレット頑張れよ」


『そうだよ! 大和鮮赤ダイワスカーレットに続いて帝王が東京優駿日本ダービーに勝って、今年度の霊馬のダービー騎手になるのだから負けて貰っては困るよ!』


「ええ、言われなくとも優勝を目指すわ。でも、優勝したいと思うのは、参加する他の騎手たちも同じことよ。最終的には、最後まで諦めなかった者が勝つと思うし、全力で挑ませてもらうわ」


「ゴホン。それでは、そろそろ優駿牝馬オークスの説明を始めるわね。優駿牝馬オークスは東京競馬場の2400メートルで行われるわ」


 クロがタブレットを操作すると、空中ディスプレイが表示され、東京競馬場のコースが映り出される。


「スタート地点は観客席側ホームストレッチの半ばからよ。スタンド前を通過しながら先行争いが繰り広げられる傾向になるの。1コーナーまでの距離は約350メートル。向う正面バックストレッチの中盤に上り坂があり、ここでペースが緩んで馬群が固まることが多いわ。3コーナーにかけては緩やかな下りで直線に入ってすぐの160メートルは高さ2メートル上ることになるタフな坂が待ち構えているわ。上り切ってから残り300メートルはほぼ平坦、最後の直線の525.9メートルでは、前半の坂でスタミナを振り絞ってから、平坦な後半部分でキレ味を競うことになるの。だから距離のロスを避けるためには、内めを動ける器用さも必要で、競走馬として多様な能力が要求されるの。まさにチャンピオンを決めるのにふさわしいコースになっているわ」


 距離ロスを避けるためには内側を走る必要がある。でも、内側を走れば、外側の馬が壁となって間を掻い潜るのは難しくなるわね。


 でも、それができてこそ、樫の女王と言う称号に相応しい牝馬となれる。


 上手くコース取りをできるかどうかは、手綱を握るあたしにかかっているわ。


「そして残念なことに、今回の優駿牝馬でも、勝率0パーセントの枠が存在するわ。と言っても、2013年から2024年の10年間でのデータだけど」


 勝率0パーセントと言う言葉を聞いた瞬間、心臓の鼓動が早鐘を打った。勝率0パーセントの枠と言うジンクスは強力よ。


 東海帝王トウカイテイオウも運良く勝率0パーセントの壁を打ち破ったけれど、あれは運が味方をしてくれていただけ、もし、観光大使が落馬をしていなければ、彼は負けていたことになる。


「因みにその枠番は何番なの?」


「4枠よ。十年間だけ遡ったデータでは、4枠の馬は良くて2着や3着で終わっているの。しかも2021年に関しては、4枠7番の馬が2着、4枠8番の馬が3着となっていたわ。2023年までは、6枠の馬も10年間の間は勝率0パーセントだったのだけど、2024年にチェルヴィニアが優勝したことで、勝率0パーセントの枠は4枠だけとなったわ」


「そう、4枠が勝ちにくい枠番なのね。でも、それ以前は4枠の馬が優勝しているかもしれないのでしょう?」


「そうね。私も全てを調べる時間はなかったし、競馬予想では大体過去10年間のデータを参考にする人が多いから、私も2013年で切り上げたの」


 謎の電波障害により、現代は2024年のデータまでしか閲覧できないようになっている。少しずつ復旧作業が行われており、昨日2024年の菊花賞までのデータが閲覧できるようになった。


 もしかしたら2025年の優駿牝馬オークスでは、4枠の馬が優勝したなんてことになっているかもしれないし、あんまり4枠の勝率には拘らない方が良いかもしれないわ。


 病も気からと言われるし、引き寄せの法則なんてものもある。4枠だから勝てないなんて思っていたら、本当に負けるかもしれない。


 あんまり東海帝王トウカイテイオウのことを例には上げたくないのだけど、彼は勝率0パーセンの枠からの発走が決まってから、そのことを気にしていた。結果的には繰り上げで優勝したけれど、落馬がなければ負けていた。


 このことを考えると、やっぱり引き寄せの法則と言うのは信憑性があるかもしれない。


 仮に4枠になったとしても、あんまり深くは考えないでおいた方が良さそうだわ。


 そんなことを考えていると、あたしのタブレットに着信が入る。相手は解説担当の虎石だった。彼女からの着信と言うと、枠番の抽選が始まるってことなのでしょう。


 応答すると、空中ディスプレイを表示させて東海帝王トウカイテイオウたちにも見えるようにする。


『今回優駿牝馬オークスに選ばれた騎手の皆様、お待たせしました。これより枠番の抽選を始めさせていただきます。それでは、画面にご注目ください』


 画面が切り替わり、枠番の表示がされるとランダムで決まっていく。あたしの枠番は7枠13番となった。


 ふぅ、どうにか4枠を避けることができたわね。


「7枠か。10年間のデータだと、1着2回、2着2回、3着3回って言う成績なのよね。これはダイワスカーレットを軸にして、5枠の馬を馬連かワイドで勝った方が良いかしら? それとも1枠の馬?」


 枠番の抽選結果を見たクロがポツリと言葉を漏らす。


 彼女は本当に応援しているのかしら? どうせなら1着固定で馬券を決めて欲しかったわ。

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