第十六話 次々と訪れる来客

 〜大気釈迦流エアシャカール視点〜






 喫茶店に残ることになり、若干気が重い感じになっていると、扉が開かれ1人の少女が入って来た。


 肩にかかるセミロングの黒髪にどこかカリスマ性を感じる独特のオーラを放っている彼女は、トレイセント学園の生徒会長を務めている貴婦人ジェンティルドンナだ。


「あら? こんなところでお会いするとは奇遇ですね。大気釈迦流エアシャカール風紀委員長」


「お前は貴婦人ジェンティルドンナ


 店内に入ってきた彼女の名を口にすると、貴婦人ジェンティルドンナがこちらに向かって歩いてくる。そして俺の隣に座っている袖無衣装ローブデコルテに視線を向けた。


「どうやら2人だけの甘い空間を邪魔したみたいですね。デート中でしたか」


「デートな訳がないだろう。こいつは俺のストーカーだ」


「だ、誰がストーカーよ!」


 俺の言葉に不満を持った袖無衣装ローブデコルテが声を上げる。だが、いくら俺に礼を言いたかったからと言って、店に入るまで後を歩いていた事実を考えるに、ストーカーとしか言いようがない。


「あらあら、貴方のような人にもストーカーが居るなんて思ってもいませんでしたわ」


「だから! ストーカーじゃないって言っているでしょうが!」


 揶揄われていることに気付いていないようで、袖無衣装ローブデコルテは再び声を上げた。


 そんな彼女を無視するかのように、貴婦人ジェンティルドンナは俺の隣に座る。


 つまり俺は、2人の少女から挟まれた形となる。


「おい、どうして隣に座る」


「どうしてって、ここがわたくしのマイポジション。毎回座っている席ですから。そうですよねマスター?」


「お嬢さんの言う通りだ。彼女は毎回そこに座っているよ」


 貴婦人ジェンティルドンナの言葉にマスターは同意する。どうやら彼女が言っていることは本当のようだ。


 チッ、面倒臭いやつの隣の席に座ってしまったものだ。


「そう言えば、毎度金魚の糞のように貴方の側にいるあの男は居ないのですか?」


「金魚の糞? ああ、周滝音アグネスタキオンのことか? あいつとは別行動だ。今頃大和鮮赤ダイワスカーレットの尻でも追いかけているんじゃないのか?」


 金魚の糞と呼ばれるとは、あいつも可哀想だな。だが、大体同じ風紀委員として俺の近くに居ることが多いから、自然とそんなイメージが付いてしまっているのだろう。


 そんなことを思っていると、隣からドンとカウンターを叩く音が耳に入ってくる。


大和鮮赤ダイワスカーレット


 顔を横に向けると、帝王の取り巻きの女の名前を呟き、袖無衣装ローブデコルテは険しい顔をする。


「次こそは負けない。優駿牝馬オークスでは絶対に勝ってみせる。そしてダイワスカーレットが居たとしても、ローブデコルテは優駿牝馬オークスで勝てていたと言うことを証明してみせる」


 そう言えば、袖無衣装ローブデコルテ大和鮮赤ダイワスカーレットをライバル視していると風の噂で聞いたことがあるな。どうやら噂は本当だったらしい。


「そう言えば、今週末は優駿牝馬オークスでしたわね。もしかしたら、ここに居る3人が共に戦うなんて未来もあるかもしれないですわね。ふふふ」


 そうか。もしかしたらそんな未来もあるかもしれないか。第57回優勝馬のエアグルーヴ、第68回優勝馬のローブデコルテ、第73回優勝馬ジェンティルドンナ。この3頭が選ばれるなんてこともあるかもしれない。


 だが、2024年までの優駿牝馬オークス優勝馬は全85頭いる。そして85頭の中から選ばれる訳ではなく、これまでの戦績で優秀な成績を収めている馬も選ばれる。実際の候補は100頭以上となるだろう。それなのに、最大たったの18頭しか選ばれない。確率から見て、この場の3人が選ばれる可能性は低く見ても良さそうだ。


「あのう? お嬢さん? お話も良いですが、何かを頼んでもらえます?」


「あら? ごめんなさい。では、いつものをお願いしますわね」


「はい、いつものですね。はいジョーカプチーノ」


 貴婦人ジェンティルドンナが注文の品を告げた瞬間、マスターはカウンターの上にNHKマイルカップの優勝馬であるジョーカプチーノのヌイグルミをカウンターの上に置く。


「いつものボケをしてくれと言っているのではないのですが? おふざけも度が過ぎると怒りを助長させますわよ」


「ひっ! すみません。すぐにカプチーノを作らせていただきます」


 貴婦人ジェンティルドンナに睨まれたマスターは、顔を引き攣らせながら手際良く注文の品を作り、そして出来上がったものをカウンターに置く。


 どうやらマスターは、冗談を言っても許される相手とそうでない者を見分けることができないようだな。


 なんとも言えない空間の中、またしても早くこの場から出たい気持ちになる。


 おかわりしたこのコーヒーを飲み終えたら、代金を払ってさっさと帰ろう。


 そう思っていると、再び店の扉が開かれ、赤いロングの髪に軽くパーマを当て、緩くウエーブがかけられている少女が入ってきた。


 あいつは大和鮮赤ダイワスカーレットじゃないか。


 彼女は走ってこの店に駆け込んで来たようで、息を荒くしている。


「マスター、悪いけれど厨房に入らせてもらうわ」


 許可を貰う前に彼女は厨房の中に入り、そして姿を消した。


 その光景はまるで、何者かからバレないように身を隠す行動のように思えた。


 彼女の行動に疑問に思っていると、再び扉が開かれる。そして茶髪の一部がボサボサでアホ毛のように飛び出ている男が入ってくる。


 周滝音アグネスタキオンじゃないか! 大和鮮赤ダイワスカーレットに続いてお前がやって来ると言うことは――。


大和鮮赤ダイワスカーレットちゃん! パパから逃げないでよ! 今度こそ仲直りがしたいんだよ!」


 店内に入るなり声を上げる彼を見て、小さく息を吐く。


 やっぱりか。


 周滝音アグネスタキオンが辺りを見渡すと、彼はこちらに顔を向ける。そして俺の後に立つと、袖無衣装ローブデコルテのことを見た。


「銀髪のゆるふわロングヘアーに赤い瞳! もしかして君は噂の袖無衣装ローブデコルテちゃんかい?」


「いえ、帰国子女の樫の女王よ」


「やっぱり袖無衣装ローブデコルテちゃんだ! 僕だよ! 周滝音アグネスタキオンだよ! 君の交配相手だよ!」


「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 周滝音アグネスタキオンが歓喜の声を上げて両手を上げた瞬間、袖無衣装ローブデコルテが悲鳴を上げる。

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