第十五話 警戒する大気釈迦流

 〜大気釈迦流エアシャカール視点〜






「それで、ずっと俺を付けていたみたいだが、要件は何だ?」


「ゴホッ、ゴホッ」


 俺は尾行をしてきた女、袖無衣装ローブデコルテに単刀直入に問い質した。しかし、タイミングが悪く彼女は咽せてしまう。


「おい、大丈夫かよ」


 袖無衣装ローブデコルテの背中に手を回し、軽く摩る。


「あ、ありがとう。もう大丈夫よ」


「そうか」


「それでどうして尾行してきた?」


 咳が止まった段階でもう一度彼女に尋ねる。


 俺と彼女が出会ったのは、黄金船ゴールドシップの一件以来だ。それ以外は顔を合わせていないし、気配を感じたこともない。


 またアイツが俺にちょっかいを出そうとこの女を使わせたのかとも考えたが、何となくそうではないような気がする。


「――ったかったのよ」


「すまない。良く聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


「貴方を見かけたからお礼を言いたかったのよ! 同じことを2回も言わせないで!」


 若干顔を赤くしつつ、袖無衣装ローブデコルテは礼を言いに来たと告げる。


 礼だと? 一体何の礼だ? 俺はこいつに感謝されるようなことをした覚えはないのだが? そもそもこいつとは1回だけしか顔を合わせていないし、黄金船ゴールドシップとのあの時のやり取りの中でも、感謝されるような場面はなかったはず?


「俺、お前に感謝されるようなことをした覚えはないのだが?」


「してくれたわよ! 私が黄金船ゴールドシップの挑発に乗って感情的になった時、止めてくれたじゃない。あの時、貴方が止めてくれなかったら、暴力事件に発展していたかもしれない。最悪の場合、私は停学になって優駿牝馬オークスに出られなかったかもしれないわ」


 優駿牝馬オークスか。確かにもうそんな時期だな。エアグルーヴも優駿牝馬オークスの優勝馬だ。もし、エアグルーヴが選ばれるようなことになれば、連闘となる。


 霊馬と言っても、連続で出走した馬はパフォーマンスが低下するからな。その辺りは実際の競馬だった頃と変わらない。


 俺としたことが、兜城カブトシローの八百長事件で頭が一杯で失念していた。エアグルーヴではなく、エアシャカールに騎乗するべきだった。


 だが、今更後悔していても仕方がない。選ばれたら選ばれたで、その時のことも考慮して作戦を練るだけだ。


「でも、絶対に優駿牝馬オークスに出られると言う保証はないじゃないか。あれは現代の各騎手や馬の成績などで総合的に決められる。優駿牝馬オークスの優勝馬だからと言って、絶対に選ばれる訳ではない」


「まぁ、普通の人ならそうでしょうね。でも、私は100パーセント選ばれるわ」


「凄い自信だな。殆どの人は選ばれるかどうかは不明で自分の運にかけるしかないのに」


「だって、新堀シンボリ学園長が私を出走できるように裏工作をしてくれているのよ。だから、絶対に私は選ばれるわ」


「何だと! それは本当か!」


 彼女の言葉に驚いた俺は、咄嗟に袖無衣装ローブデコルテに詰め寄る。


「か、顔が近いわよ。もう少し離れてもらえないかしら」


「悪い。つい興奮してしまったみたいだ」


 謝罪の言葉を述べ、俺は姿勢を元に戻す。


 それにしても、やはりあの男は裏で何かをしていたのか。兜城カブトシローの件とは関係がなかったようだが、今後は要注意人物として警戒していた方は良いだろう。


 そしてやつの協力を得ているこの女も信用ならない。あまり関わるようなことはしないほうが良さそうだな。


 そうと決まれば長居は禁物だ。殆ど人の来ない穴場で、俺がリラックスできる数少ない場所だったが、早々に立ち去るべきだな。


 残ったコーヒーを一気に飲み干し、カップを小皿の上に置く。


「マスター、会計を頼む」


「おや? 先ほど来られたばかりじゃないですか? いつもは1時間くらい居られるのに」


 コーヒー一杯分の会計を頼むと、マスターは悲しそうな顔をする。


 そんな顔をするのはやめてくれ。確かにいつもは2、3杯お代わりをしてこのリラックスできる空間で心を落ち着かせていたが、今日はそう言う訳にはいかないんだ。


「せめてコーヒーは飲まないで良いので、いつも支払って頂いている額の金額を払ってください」


「なんでそうなるんだ!」


「冗談です。どうやらそこのお嬢さんが来られたことで、風向きが変わったようですね」


「そうなの? 私が邪魔だったらそう言ってくれれば良いのに」


 マスターの言葉を聞いた袖無衣装ローブデコルテが申し訳なさそうに顔を俯かせる。


 くそう。俺はこの場から離れたいだけなのに、このままでは罪悪感が残ってしまうじゃないか。


「分かった、分かった。お前は邪魔じゃないだから無理に帰ろうとはしなくて良い」


 小さく息を吐き、この場に居て良いことを告げると、注文していないのにも関わらず、俺の前にもう一杯のコーヒーが置かれる。


「お代わりされるでしょう?」


「ああ、頂く」


 こうなってしまった以上は彼女を警戒しておくしかない。俺の不利になるようなことを口走らなければ良いだけだ。


 カップを持って口に近付け、お代わりのコーヒーを飲もうとしたところで扉が開かれる音が耳に入る。


「おや? 今日はお客さんが良く来られる。いらっしゃいませ」


「あら? こんなところでお会いするとは奇遇ですね。大気釈迦流エアシャカール風紀委員長」


「お前は貴婦人ジェンティルドンナ

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