第十四話 尾行する袖無衣装

 〜袖無衣装ローブデコルテ視点〜






 もうすぐね。今度こそ貴方に勝ってリベンジしてあげるわ。大和鮮赤ダイワスカーレット


 喫茶店で紅茶を飲みつつ、私は心の中で呟く。


 桜花賞に負けて以来、私は優駿牝馬オークスでリベンジすることに燃えていた。


 桜花賞で負けたのは、ローブデコルテの力を最大限に発揮する環境ではなかったから、だから負けてしまったと思う。でも、今度のレースは優駿牝馬オークス、東京競馬場なら彼女の力を最大限に引き出せるはずよ。


 そう確信しつつ、最後の一口を飲もうとカップに唇を近付ける。


 紅茶の甘い香りが口の中に広がり、鼻腔から香りが抜けて行くのを感じつつ、フッと窓の外に視線を向ける。


 あら? あの男は?


 何気なく窓の外を見ていると、トレイセント学園の制服に身を包んだ黒髪でピアスを付けている男子学生が視界に入る。


 見た目が不良のようなあの男は確か、大気釈迦流エアシャカールだったかしら?


「そう言えば、まだ彼に礼を言っていなかったわね」


 黄金船ゴールドシップに手を貸して女子生徒Aに変装して彼を背後から襲う作戦だったけれど、あの時の作戦は失敗、そして私が黄金船ゴールドシップからバカにされて頭に血が登った際に助けてくれたのが彼だった。


 こんな所で彼を見たのは何かの縁でしょうね。


 助けてもらって礼すら言えていないまま別れたことに対して失礼に思った私は、あの時の礼をしようと思い、直ぐに席を立つと素早く会計を済ませる。


 そして店から出ると、彼の背中を追った。


 しかし話しかけるタイミングが分からず、一定の距離を保ったまま歩くことになる。


 距離が詰められないまま追いかけるって、まるでストーカーじゃない。でも、仕方がないわ。だって、話しかけるタイミングが分からないし、なんて声を掛ければ良いの? そもそも、顔を合わせたのは一度きりだし、もし覚えていないなんて言われたらショックが大きいわ。


 自分の行動が犯罪に近いことに嫌悪感を覚えつつも、ひたすら大気釈迦流エアシャカールの後を歩く。


 しばらくすると、彼は建物の間にある路地へと入って行く。


 こんな所を通るなんて、何処かに向かうための近道かしら?


 薄暗い路地を歩き、私の心臓は鼓動が早鐘を打つ。


 まるで不良が溜まり場にしていそうなイメージの路地を歩くことになり、若干の恐怖を感じる。


 もしかして、私の尾行に気付いてそれで人気のない場所へと誘導している?


 頭の中で良くないことを考えてしまうが、それでも彼の後を歩く。


 私にはローブデコルテが付いている。最悪の事態に発展しそうになったら、彼女に騎乗して逃げれば良いだけよ。


 最悪のパターンも考えつつ、いつでも逃げられるように準備だけはしておく。


 更に彼の後を歩いていると、彼は地下に続くと思われる階段を降りて行った。私も距離を保ったまま階段に近付き、そして一段一段ゆっくりと降りていく。


 階段を降り終えると、そこには扉があり、看板には霊馬喫茶と書かれてある。


 どうやら彼は、喉を潤すために訪れたようでホッとする。


 さて、どうしようかしら? さっき紅茶を飲んだばかりだから喉は乾いていない。だけど、客を装って偶然出会ったと言う設定の方が話しかけやすいのも事実よね。


 生唾を飲み込み、意を決してドアノブに手をかける。そしてドアノブを回し、扉を開けた。扉には来客を知らせる鈴が取り付けてあるようで、カランカランと音が鳴った。


「いらっしゃませ」


 カウンターから喫茶店の店主と思われる70代の男性が声をかけられる。


 お店の至る所には歴代の競走馬の写真やヌイグルミなどが置かれており、年代を感じさせる内装となっている。


 そして大気釈迦流エアシャカールは店主の前の席へと座っていたので、私はゆっくりと彼に近付く。


「隣良いかしら?」


「別に構わないが」


 隣に座る許可を貰い、彼の隣に腰を下ろす。


「久しぶりね。私のことを覚えているかしら?」


 心臓の鼓動が早鐘を打つ中、平静を装いつつも大気釈迦流エアシャカールに訊ねる。


袖無衣装ローブデコルテだろう。覚えているさ」


 覚えている。その言葉を聞いた瞬間、胸に何かが突き刺さるような錯覚に陥る。


 え! え! 私のことを覚えてくれているの! あのたった1回出会っただけなのに、名前まで!


「そう」


 そっけない態度で言葉を返すも、内心ドキドキしていた。


「どうぞ」


 店主が大気釈迦流エアシャカールに挽きたてのコーヒーを差し出す。


 とりあえず、私も何か頼まないと。


 メニュー表に目を通し、注文を決める。


「すみません、クリームソーダをください」


「かしこまりました」


 店主が私の注文の品を聞いた瞬間、クリームソーダが目の前に置かれる。青鹿毛の馬体のヌイグルミは間違いなくクリームソーダだった。


「って、クリームソーダって競走馬の方なの!」


 思わず声を上げてしまった。


 え? え? どう言うこと? ここって喫茶店ではなかったの?


「マスター、冗談はそのくらいにして飲み物のクリームソーダを作ってやれ。だからリピーターが少ないんだ」


「どうやらワシのジョークは一般の方にとっては刺激が強いみたいですね。このユーモア溢れるセンスが分からないとは」


 マスターが小さく息を吐くと、今度は飲み物のクリームソーダが出された。


 ホッとした私はストローに口を付け、クリームソーダを一口飲む。


「それで、ずっと俺を付けていたみたいだが、要件は何だ?」


「ゴホッ、ゴホッ」


 後をつけていたことがバレていたことを知り、驚いた拍子に飲んだ液体が器官に入ってしまったようで咽せてしまう。


 まさかこの男、私がつけていたことに気付いていたなんて。

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