第十二話 兜城の処遇

 〜大気釈迦流エアシャカール視点〜






『先頭はカブトシローのままゴールイン! 2着エアグルーヴ、3着ゴールドシチー! カブトシロー、人気に応えました』


 コスモス賞の結果は、俺は2着で敗れた。だが、俺の勝利条件はレースで勝つことではない。カブトシローに1着を取らせ、人気順でゴールすることで、馬券を購入した人たちに応えることだ。


「くそう! くそう! くそう! バカ馬が! どうして俺の指示に従わない! どうしてあれだけ強く手綱を引っ張ったのに減速をしなかった!」


 レースが終わり、裏で賭けた金を失った兜城カブトシローが騎乗したカブトシローに怒りをぶつける声が耳に入った。


 気の毒だが、自業自得だ。だが、彼の地獄はこれで終わった訳ではない。寧ろ、これから始まる。彼の大損は序章にすぎない。


「おい、今のレースは何なんだよ! カブトシローの手綱を異常な程引っ張っていたじゃないか!」


「もしかして八百長をしていたんじゃないのか!」


 レースの異常さに気づいた観客たちが声を上げる。


 まぁ、誰がどう見ても、明らかに異常な手綱捌きをしていたからな。不審に思われても仕方がない。


「おい騎手! ちょっとこっちに来て説明しろ!」


「そうだ! 説明責任を果たせ!」


 1人が声を上げると、それに連鎖するかのように次々と観客たちが怒声の声を上げ始める。


「だそうだ。どうするんだ? 兜城カブトシロー


「…………」


 彼に問うてみるも反応がない。顔色は青ざめて、今にも気絶してしまうのではないかと思うほど血の気が引いていた。


 これは説明できる状態ではないな。さて、どうしたものか。


『皆様、お静かに。彼に変わりまして、ワタクシが説明しましょう』


 この状況をどうしようかと思考を巡らせていると、実況席から貴婦人ジェンティルドンナの声が響く。


 どうやら間に合ったようだな。


『皆様も勘付いているかと思いますが、彼は八百長をしております。その証拠を今からお見せ致しましょう』


 証拠を見せると言った瞬間、巨大スクリーンのターフビジョンに映像が映し出される。


 その映像は、控え室で俺と兜城カブトシローのやり取りが映し出されていた。


「そんなバカな……控え室には監視カメラなんてなかったはず」


 映像を見た兜城カブトシローが震えた声で言葉を漏らす。


 それもそうだろう。だってあの映像は俺が撮影したものだ。その証拠に俺のみが映像の中に映っておらず、一人称視点で収録されてある。


「あれは俺が撮影したものだからな」


「なん……だと……どうやって撮影を……お前、あのピアスは……はっ!」


 どうやら気付いたようだな。そう、俺が控え室に向かう際に付けていた馬の装飾がされたピアス、あれは超小型のカメラだ。


 兜城カブトシローが出るレースでは何かが裏で行われていると判断した俺は、控え室に向かう前にこれを身に付け、控え室で一部始終を撮影し終えた後、下見所パドック周滝音アグネスタキオンにピアスを渡し、貴婦人ジェンティルドンナに渡すように告げた。


 これが、今ターフビジョンに控え室の映像が映し出されているトリックだ。


『お前も今回のレース引っ張りに参加しないか?』


『ああ、今こいつらと話していたのだがよ。一部を除いて大多数が今回の引っ張りに参加してくれることになった。お前も参加してくれないか? もちろんタダとは言わねぇ、参加する意思を示してくれれば、その段階で前金を払ってやる。お前に3万ポイントを振り込んでやる』


 映像が再生され、兜城カブトシローが俺に取引を持ちかけた。


「おい! やっぱり八百長じゃないか!」


「ふざけるなよ!」


 八百長が行われていた事実を知った観客たちが兜城カブトシローに向かって空き缶などのゴミを投げ付けてきた。


 彼の近くにいた俺にも当然飛んで来るが、直撃しそうなものだけを掴んで避ける。だが、兜城カブトシローは避けるような動作をせずにその場に固まっていた。


 彼の前に立って庇ってやりたいところだが、そんなことをしては俺までグルだと思われる。少しでも疑われる行為をすれば、飛び火が飛んで来ることになるだろう。


 あいつが動かないところを見ると、タイミングを見計らっているようだな。


『皆様、気持ちは分かりますが、物を投げつけるような行為は、それ以上は行わないようにしてください。誇り高き日本人であれば、理性的に論理的に物事を解決するべきです。感情で動くのは家畜の動物と一緒ですよ』


 貴婦人ジェンティルドンナの言葉を聞いた瞬間、観客たちの動きがピタリと止まった。


 彼らも日本人であることに誇りを持っている。もし、彼女の言葉を無視して暴言や野蛮な行為に出たなら、家畜動物であることを自ら証明し、認めたと言うことだ。


 最後の最後で理性が働き、観客たちは物を投げる行為をやめる。


 さすがこの学園のナンバー2とも言われる生徒会長だ。彼女のカリスマ性には頭が下がる。


『ですが、彼も八百長をして、あなたたちを苦しめたくてやった訳ではありません。皆様、映像の続きをご覧ください』


 観客たちが暴挙に走り、一度止められた映像が再び再生される。


『ひとつ聞きたい。どうして八百長なんてことをするんだ?』


『復讐だ。馬券を買う9割りのバカへの復讐さ』


『復讐だと?』


『あいつらはバカである故に、俺たち騎手に対しての仕打ちが最悪だからだ! 俺たちは騎乗する愛馬のために一生懸命に走っている。なのに、予想が外したやつは、馬券を外したのを俺たち騎手のせいにするんだ。中には平気で死ねなどの暴言を吐いてくるやつもいる。馬券を外したのは、あいつらが真の予想ができないバカだからなのに、それを俺たちのせいにする。俺たちはお前を儲けさせるために走っているのではない! 騎乗する愛馬を勝たせてやるために共に走っているんだ!』


 ここで映像が終わり、最後に『あなたはこれを見て何を思いましたか?』と言う文字で締めくられる。


 ところどころ編集しており、話が簡潔にしてはあるが、大事な部分はしっかりと強調されていた。


『人間である以上、時には感情的にもなります。ですが、馬券を外したことを他人のせいにしてはいけません。これは霊馬競馬に関わらず、他の物事にも直接関係しております。最終的に決めたのは自分自身です。その行いの結末が、例え悪いことになったとしても、決めたあなた自身の責任です。自分の行動を他人のせいにしては行けません。自分の行動の結末を自分のせいだと認識し、同じ過ちを繰り返さないようにして考えることで、人は成長するのです。あなたは誇り高き日本人です。きっとあなたなら他人を恨むことなく、成長することができるでしょう。もっと自分に自信を持ってください。そうすれば明るい未来が待っているはずです』


 貴婦人ジェンティルドンナの言葉が途切れると、しばらくの間静寂が訪れる、だが、それも長くは続かなかった。


「確かに、過去に馬券を外してカッとなって暴言を吐いたことがある。大穴を当てた時、騎乗していた騎手に感謝していたのにな」


「馬に騎乗して共に走ってくれている騎手が居るからこそ、霊馬競馬は成り立っている。俺たちが充実した時間を過ごせるのも、騎乗してくれている騎手が居るからだ」


「さっきは暴言を吐いてごめん。でも、八百長はやりすぎだ。俺たちは純粋に賭け事を楽しんでいるのに、それに水を差すのはファンにとっての裏切り行為だ」


 観客たちがそれぞれ言葉を漏らす。中には先ほどの行いを謝り、恥いた者もいる。


 そんな何とも言えない空気がこの場を支配している中、丸善好マルゼンスキー学園長が数人の警備員を引き連れてこちらに歩いてきた。


「八百長に参加していた騎手に処罰を命じます。退学……と言いたいところですが、犯行に至る動機を考慮して半年間の停学処分とします。良いですね」


「はい……寛大なお心に感謝します。もう、ファンを裏切るような愚かな行為は致しません」


 兜城カブトシローは目から涙を流し、丸善好マルゼンスキー学園長に感謝の言葉を述べる。


 彼は地獄の入学試験中は霊馬騎手になる目標のために頑張って乗り越えてきた。しかし、夢が叶った後の次の目標が見出せられずに、現実にぶち当たって頑張り続けることができなくなってしまった。


 もし、彼に別目標がちゃんと存在していたのなら、このようなことにはなっていなかったのかもしれない。

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