第九話 包囲網からの脱出

大気釈迦流エアシャカール視点〜






 レースが始まり、まだ序盤であるものの、早くもピンチに陥っていた。


 兜城カブトシローの仲間の騎手が、俺たちを前に進ませまいと幅寄せして、目の前を走る馬との隙間を小さくさせている。これでは間を抜けて外側に移動することができない。


 右側にはスペースがあるが、俺たちが右側にズレれば、それに合わせて更に幅寄せをしてくるだろう。最終的には柵に近い場所を走らされることになり、更に逃げ道を無くすことに繋がる。


 これ以上柵側に近い場所で走るのは避けたい。どうやら今回の札幌競馬場は、開催が進んだ状態と言う設定になっているらしく、内側の芝が禿げ、地面が剥き出しになっている。


 地面が剥き出しで凸凹のある芝と、綺麗な状態に近い芝とでは、走りやすさは一目瞭然だ。


 早くこの包囲網を抜ける方法を考えなければ。


「どうやら苦戦しているようだな。俺の誘いを断るからそうなるんだ。ざまぁ!」


 左側から兜城カブトシローの声が聞こえ、眼球を左に動かして左の視野を広げる。


 アイアムザプリンスの横をカブトシローが走り、騎乗している兜城カブトシローがニヤついた笑みを浮かべているのが確認できた。


 好きなだけ吠えれば良い。優勝することが俺の勝利条件ではないので、そんな挑には乗らないさ。


『本当に鬱陶しい奴らだ。走り辛くて仕方がない。競走馬としてもっと優雅に走れないものか。女帝が命じる! 道を開けよ!』


 中々気持ちの良い走りをさせてもらえないからか、エアグルーヴが道を譲るように訴える。だが、妨害することが目的のアイツらは聞く耳を持ってくれない。


『そうか。なら仕方がない。女帝の力を見せてやろう。名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! 女帝の霊気ザ・スピリットオブザエンペラース!』


 エアグルーヴが名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースを発動した直後、彼女のオーラに当てられた霊馬たちが彼女から離れ、道を開ける。


 彼女のあの技は、牡馬にも引けを取らないオーラを放ち、萎縮させるデバフの効果を持つ。


 その時間は僅か数秒しかないが、それだけあれば充分だ。


 一時的にできた隙間を潜り抜け、包囲網から脱出する。


『これが女帝の力だ!』


 どうにか外側に移動することができたな。まだ中盤に入っていないが、挟まれて身動きが取れなくなることを考慮すると、早い段階で外側に居るべきかしれない。


 俺たちが外側を走っていることで、これ以上は挟まれて妨害されるようなことはないだろう。


 進路を妨害するために更に外側を走れば、その分だけ走る距離が長くなってしまう。余計にスタミナが減ることを考慮すれば。俺たちの更に外側を走るようなことはしないはず。


 第1コーナーを通り過ぎ、第2コーナーに差し掛かる。


 殆どの騎手が向う正面バックストレッチに入ったこの段階で動くはずだ。


「くそう! よくも俺たちの包囲網を抜け出しやがったな! だが、エアグルーヴ対策は万全だ! お前たちやれ!」


任意能力アービトラリーアビリティ【引き寄せる魅力】」


任意能力アービトラリーアビリティ【輝く光】」


 兜城カブトシローの指示に従い、2人の騎手が任意能力アービトラリーアビリティを発動する。その瞬間、エアグルーヴがよそ見をして苦しみの声を上げた。


『目があああああぁぁぁぁぁ! 妾の目があああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


「どうだ! 俺たちのコンボは! これでお前のエアグルーヴはバッドステータスが発動したはずだぜ!」


「エアグルーヴ! 落ち着け!」


 チッ、エアグルーヴのバッドステータス【光による混乱コンヒュージョンコーズドバイライト】が発動してしまったか。


 エアグルーヴは強い光が苦手だ。下見所パドックで客がフラッシュ撮影をしたことが原因でパニックを起こし、出走時刻になってもパニック状態が治ることはなかった。


 しかも、これが起きたのがG Iレースの秋華賞であり、彼女が経験する初めての大敗だった。


 任意能力アービトラリーアビリティ【引き寄せる魅力】でエアグルーヴの視線を集め、続いて【輝く光】でエアグルーヴの目を眩ませられてしまった。


 このような状態となれば、簡単には元には戻らないだろう。


「秋華賞の時のように、お前を大敗させてやる。お前たちは先に行け! エアグルーヴは俺が抑えておく」


 仲間たちに指示を出すと、兜城カブトシローの仲間たちは愛馬に速度を上げるように指示を出したようで、前の方へと移動し始める。


『ここで札幌競馬場らしく縦長の展開となって来ました。先頭はメジロパーマに変わり、ウインアグライア、そしてナイママが追いかけております。その後をマチカネアカツキとネームヴァリュー、そしてアイアムザプリンスとナリタファーストが先頭集団と言ったところでしょうか。中段にいたエアグルーヴは後方に下がっております』


『どうやら走りに乱れが生じているようですね。これはあんまり考えたくはありませんが、エアグルーヴは競走中止となるかもしれません』


 実況と解説の言葉が耳に入ってくる。


 競走中止? ふざけるなよ。そんなことをしたら、本当の意味で俺の負けになるじゃないか。


 そんなことはさせない。たとえ負けるようなことになったとしても、競走中止だけはさせない。こいつにゴール板を駆け抜けさせてやる。

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