第十九話 食事と斤量

 移動と旅館のチェックインで初日が終わり、晩飯を食べることになる。食事は全員で食べると言うことになり、4人分の料理を俺の部屋に持って来てもらうことにした。


「お邪魔します」


「奇跡の名馬さんの部屋もぉ、私たちとぉ、同じですねぇ」


「当たり前でしょう。寧ろ違ったらびっくりするわよ」


『みんな、良く来たね。男の部屋に上がり込むとは、覚悟はできているのだろうねぇ、グヘヘ』


 クロたちが部屋に入ってくるなり、ハルウララがおかしな歓迎の言葉を述べる。


「お前はそれ以上変なことを喋るな」


 先程ハルウララのせいで、俺が変態気味になっていると思われているかもしれない。これ以上彼女たちから幻滅されないためにも、ハルウララには余計なことを言わせないでおかないと。


 俺の隣にクロが座り、彼女の正面が明日屯麻茶无アストンマーチャン、その隣が大和鮮赤ダイワスカーレットと言う配置でそれぞれが座る。


『どんな料理が運ばれて来るのかな? ワクワク』


「そうだな」


 料理が運ばれて来るのを待っていると、しばらくして扉のノック音が聞こえた。


「お客様、お料理をお持ちしました」


「開けてあるんで、入ってもらって構いませんよ」


「失礼致します」


 扉が開かれ、旅館で働いている方が料理を運んできた。


 港が近くにあると言うだけあって、海鮮料理がメインのようだ。マグロの刺身からイクラやウニと言った高級食材や、カニ料理などが次々と運ばれてくる。


「それでは、北海道の料理を楽しんでください。食べ終わられた頃に、またお伺い致します」


 旅館で働いている方が下がって扉を閉めると、クロたちはタブレットで写真を撮り始めた。


「後でトレッターに載せないと」


「それと、カロリーの方も気になるわね」


「そうですねぇ、これ全部食べると、どのくらいになるのでしょうかぁ?」


『カロリーを気にするなんて、クロたちはやっぱり女の子だねって、て、帝王も!』


「一般的な海鮮料理がこのくらいのカロリーだとすると、このカロリーを消費するために必要は運動量はだいたい……うん? どうした? ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして?」


 海鮮料理のカロリーを調べていると、突然ハルウララが驚いた声が耳に入り、彼女の方を見る。


『いや、クロちゃんたちは女の子だから体型を気にするのはわかるけれど、帝王もカロリーを気にするの?』


「当たり前だろう? 俺だって騎手だぞ。体重管理も仕事の内だ」


「帝王、ハルウララにそんなことを言っても分からないよ。あのね、ハルウララ、斤量って言葉は聞いたことがある?」


『金魚? あの金魚鉢の中で泳いでいる?』


「金魚ではなくって、斤量だ。馬が走る際に負担にする重さだ。競走馬には斤量と言うのが定められていて、性別や勝利数などで走る際の斤量が変わって来る。この斤量は騎乗する騎手の体重と、競走馬が身に付ける馬鞍やマスクメンコなどの重さを全て総合したものだ」


「例えばぁ、斤量が55キログラムとなっている場合はぁ、馬鞍がだいたい3キログラムあるのでぇ、騎手の体重は52キログラムでないといけません。それにマスクメンコなどの重さも含まれるのでぇ、身に付ける物が多くなればなるほどぉ、騎手は体重を軽くしておく必要があるのですぅ」


「あたしたちは契約している馬に合わせれば良いけれど、競馬だった頃の騎手は複数の馬に乗るから、毎回騎乗する馬に合わせる必要があるわね。もし、タイムリミットまでに体重が合格ラインに達していない場合は、出場できないから必死よ。体重が軽い場合は水を死ぬほど飲んで体重を増やせば良いけれど、重い場合はサウナなどで水分を飛ばさないといけないし、もし、体重が合格ラインに達せない場合は、他の人に騎乗依頼をしてもらい、仮にその人が乗ることで馬が活躍した場合、二度と騎乗依頼が来ない場合もあるらしいわね」


『そんなに体重管理に厳しいの!』


「一般的に減量が厳しいのはボクサーだと思われているが、一番減量を厳しくしているのは騎手だ。ボクサーは自分に合わせて減量するが、騎手は馬に合わせて体重を管理しないといけないからな。体重計を1日に測る回数は平均6、7回だし、多い時は10回以上体重計に乗ることもある」


 騎手にとって体重管理と言うのは、馬に乗る上でとても大事なことであることを伝えると、ハルウララは突然マスクメンコを脱ぎ始める。


『帝王、私ギティちゃんのマスクメンコがお気に入りだけど、これを付けてオシャレしないで良いから、たくさん食べて。帝王が美味しいものを我慢しないで食べられるのなら、オシャレしなくて良いから』


 俺のためにマスクメンコを脱いだことを知り、暖かい気持ちになる。そして彼女の頭に手を置くと軽く撫でる。


「心配しなくとも、マスクメンコの重さは大したものではないさ。それくらいカバーできるくらいの体重には抑えているし、ちゃんとご飯も食べている。そもそもマスクメンコはオシャレアイテムではなく、ちゃんとした役割があるからな」


 確かに体重管理は厳しいが、そんなことは理解している上で騎手になっているんだ。


「体重管理の話をすると、入学試験の合宿を思い出すわね」


「あー、そんなこともあったわね。まるで昔のことのように思えるわ」


「教官の先生がぁ、様々な罠を仕掛けてぇ、入学試験に参加した生徒をぉ、篩に掛けていましたねぇ」


「そんなこともあったな。良く考えると、良く俺たちはあの地獄の中から這い上がって合格できたものだ。まさに奇跡しか良いようがない」


『ちょっと、みんな! 急にどうしちゃったの! 遠い目をしないで!』


 昔のことを思い出していると、扉がノックされる音が耳に入ってきた。


 誰かが来たみたいだな? いったい誰だろうか?

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