第十八話 天皇賞・春決着

 〜周滝音アグネスタキオン視点〜






『最終直線、残り400メートル! 先頭メジロデュレン、その後をタマモクロスとジャングルポケット、更にマンハッタンカフェが追いかける! メジロデュレン、このまま逃げ切れるか!』


 ゴールまで残り400メートルを切った。今は最後方、普通に考えたら、絶対に勝てる訳がない。だけど、僕は彼を勝たせてやりたい。僕は間違っていたんだ。アグネスタキオンの名誉を守るためにバカを演じていたけれど、それが逆に彼を傷付けることになった。


 その報いを受けるためにも、僕はアグネスタキオンを勝たせる!


「アビリティ発動! 【無敗伝説の走り】!」


 最後のアビリティを使い、アグネスタキオンに鞭を打つ。


 このアビリティは、無敗のまま引退した馬にしか使えないアビリティだ。その効果は、愛馬の闘争心を更に上げ、最後の直線で爆発的な末脚を発揮させることができる。


 先ほど使用した【大食らい】のアビリティの効果と併用することができ、相乗効果で2倍の走りができるはずだ。


『ここでアグネスタキオンが動いた! ウインバリアシオン、リンカーンを追い抜き、今、エアシャカールに追い付く!』


「良い面構えになったじゃないか。どうやら、自分で決断することができたようだな」


「ありがとう。やっぱり君は、僕にとって最高の幼馴染だよ。悪いが、このレースは何があっても勝たせてもらう。君が相手でも、容赦はしない」


「お前が俺に勝てるとでも?」


「うん。だって、エアシャカールは、アグネスタキオンの兄の、アグネスフライトに負けたじゃない。だったら、弟のアグネスタキオンが負ける訳がないもん」


『アグネスフライト……東京優駿日本ダービー……7センチ差の敗北……うっ、頭が』


「おい! エアシャカール! しっかりしろ! チッ、このタイミングでバッドステータスの【7cm差セブンセンチメートルディファレンス】が発動してしまったか」


「やったね! エアシャカールのたった7センチ差で三冠を逃してしまった話は有名だからね。それをネタにすれば能力を低下させられると思っていたよ。それじゃ、僕たちは先に行くから、君たちはこの場でジタバタしているといいさ」


 捨て台詞を吐くと、僕は手綱を振ってアグネスタキオンに速度を上げるように指示を出す。


 バッドステータスを引き出す言動を言って、馬の走りを乱す。本来なら褒められた戦法ではないけれど、僕はアグネスタキオンを勝たせたいんだ。手段を選んでいる場合ではない。


『後方からグングンとアグネスタキオンが追いかけてくる! 残り200を切った! メジロデュレン、タマモクロス、マンハッタンカフェ、アグネスタキオンの4頭による優勝争いか! いや、ここでメジロデュレンが下がった! そして外側から、エアシャカールとダイワメジャーが上がってくる!』


 よし、なんとか先頭グループに追い付くことができた。でも、優勝するには、少しでも前にでなければ。


『ようやく上ってきたか。お前との勝負はこうでなければな。あの時のように最後で差される訳にはいかないぜ! 名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! 最優秀3歳牡馬の輝きベストスリーイヤーオールドブルシャイニング!』


『ここで先頭はジャングルポケットに変わった!』


『ワイの引退後も、血気盛んな競走馬がおるやない。こりゃ、先輩の意地ちゅうものを見せんとあかんな。よっしゃ、いっちょワイの走りを後輩たちみ見せつけてやりますか! 名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! 白い稲妻ホワイトライトニング!』


『優勝経験のある俺が、負ける訳にはいかないんだ! 摩天楼と呼ばれた実力を見せてやる! 名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! ターフに聳える摩天楼ア・タワリングタワーオンザターフ


『しかし、タマモクロスとマンハッタンカフェも食い下がる! 3頭が並んだ!』


 やっぱり、ジャングルポケットや歴代の優勝馬は凄いな。追い抜かれても、勝つために必死になって食らいつこうとする。


 僕の名は滝音。だけど、アグネスタキオンのタキオンは、超高速の粒子を意味する。親はアグネスタキオンの由来通りに、超高速粒子と書いてタキオンと読ませたかったらしい。けれど、それだと長すぎると言うことで、滝音となった。


 だけど、アグネスタキオンは名の通りの速い走りをした。名は人を表すと言うが、競走馬の場合は、名は走りを表すと僕は思っている。アグネスタキオンならやってくれるはずだ。


「行け! アグネスタキオン! 光よりも速い粒子の如く!」


名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! 無敗の超高速粒子アンディフィーティトタキオン!』


『ここでアグネスタキオンが躱して先頭に立った! しかし、2番手との差はクビと言ったところか。先頭アグネスタキオン、ここでジャングルポケットが上ってくる!』


「負けるな! アグネスタキオン!」


「ジャングルポケット行け!」


「差せー! 差すんだマンハッタンカフェ!」


「頼む! 負けてくれアグネスタキオン!」


 ゴールが近づき、観客席から様々な思いの声が耳に入ってくる。


 そうだ。レースでは馬や騎手たちの戦いだが、コースの外では観客たちも一緒になって戦ってくれているんだ。


 馬券が外れそうになって負けろと言っている声もチラホラと聞こえてくるが、みんなの思いに応えるためにも負けられない。


 これ以上鞭を叩いたところでアグネスタキオンは速度を上げることはできないだろう。


 僕は鞭を打つのをやめ、手綱を握って前を見続けた。


 後は彼の力しだいだ。アグネスタキオン、このレースに勝ちたいのなら、後は君が頑張るしかない。君の手で、夢を叶えるんだ。


『ゴールイン! 5頭横一直線に並んでのゴールです! 肉眼では判断できないため、写真判定となります』


 ゴール板を駆け抜けた後、実況の声が耳に入ってくる。アグネスタキオンは、何着だったんだ?

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