第十七話 周滝音の名の呪縛
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くそう、言いたいことを言って先に行きやがって。僕がどれだけこの名前と、アグネスタキオンと契約を結んだことに苦しんでいるのか知らないくせに。
幼馴染の言葉に、歯を食い縛る。
僕は
「アグネスタキオンは凄い馬だ。もし、
それが父親の口癖だった。父は僕に期待をしてくれていた。そんな彼の期待に応えるべく、僕は霊馬騎手になるべく、日々特訓をしていた。
ある日、僕はアグネスタキオンに騎乗して調教していた。コースのタイムは平均を少し上回り、初めて騎乗したにしては、悪くないタイムだ。
だけどそんな僕に対して、父が言った言葉は呆れ、嘆くものだった。
「アグネスタキオンのスピードとパワーなら、もっと良いタイムを引き出せるはずだ。名馬の能力に甘えるな! もっと自分で考えて手綱を扱え!」
「でも、今日の調教は
「口答えをするな! 馬也だろうが力一杯だろうが、もっと高タイムをだせ!」
父の厳しい言葉に報いるために、その後も調教を頑張った。しかし、父が満足するタイムを出させることができなかった。
こんなに頑張ったのに、父からは何も褒めの言葉をくれなかった。この時、僕は気付いてしまった。僕ではアグネスタキオンの騎手は向いていない。もし、レース本番で彼を勝たせることができなかったら、アグネスタキオンの名に傷を付けてしまうかもしれない。
そう思った僕は、その日から人が変わったかのように悪い方へと変貌した。
体の力を抜き、バカになって道化となった。
だって、騎手が無能なら負けても仕方がないじゃないか。騎手が弱いから負けたんだ。アグネスタキオンが弱い訳ではない。僕が無能を演じることで、アグネスタキオンの名誉を一時的に守ることができる。
バカを演じていた時は楽しかった。時々ドン引きされることもあったけれど、中には笑ってくれる人もいた。
最初の頃は父が腑抜けを治そうと、根性を叩き直すと言って、キツい修行をさせようとしていた。でも、父の目を盗んでサボっているのがバレると、父は僕に期待することはなくなっていた。
それから父は、僕に関心がなくなり、好きなように生きろと言われ、僕のやることに口出しすることは無くなった。
僕は父から見限られたんだ。
僕は怖いんだ。アグネスタキオンと同じ名を授けられたことで彼と契約し、勝たせられない自分自身が。
負ける可能性が高いのなら、わざと負けた方が良い。そう思っていた……なのに、あの幼馴染の言葉が、僕の胸に突き刺さったまま抜けてくれない。
もし、このままの自分を貫けば、少しは心が楽かもしれない。けれど、彼の言う通り、一度逃げてしまえば逃げ癖が付いてしまう。でも僕は、他のことには逃げたくはない。
こんなダメな僕でも、彼は信じ続けてくれている。親友だけは何があっても裏切れない。裏切っちゃダメなんだ。
僕は逃げない。逃げたくない! そして親友の彼だけは、何があっても失望させたくない。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
お腹から声を出し、僕は叫ぶ。
本当は頬を叩きたいところだが、そんなことをしては落馬してしまう。だから、気持ちを切り替えるために、雄叫びを上げた。
「アグネスタキオン、さっきはすまなかった。許してくれとは言わない。でも、まだ信じてくれているのなら、僕にチャンスをくれないか。絶対に君を勝たせる手段を考えてみせる」
僕は、愛馬に訊ねる。しかし彼からの返答はない。
信じてくれないか。それはそうだよね。このレースで、僕は2回も君の走りを裏切るようなことをしてしまったのだから。
『ゼイ……ゼイ……し……じる』
え? 今、アグネスタキオンは何か言っていたか? 何か聞こえたような?
『しん……じる……ゼイ……ゼイ……だから……力……かして……くれ。これに……ゼイ……ゼイ……勝つには……お前が……必要だ』
彼の言葉が途切れ途切れではあるが、はっきりと聞こえた。
あんなに酷いことをしたと言うのに、僕を信じてくれている。
そのことを知った瞬間、目尻から涙が流れそうになった。
でも、今は涙を堪えなければならない。今は目を守るためにゴーグルをつけている。もし、涙を流すなんてことになれば、視界を確保することができない。
「アグネスタキオン、とっておきの回復アビリティを使う! こいつで仕切り直しだ!
アグネスタキオンの体に鞭を打ち、アビリティを発動させる。
このアビリティは、2回以上回復系のアビリティを使った後に、3回目以降に使用した場合、スタミナを大きく回復させ、爆発的な末脚を発揮させることができる。
手を抜くとは言え、このアビリティを入れておくかは、ギリギリまで悩んでいた。けれど、なぜかこのアビリティは入れておくべきと最終的には判断した。不思議ではあったけれど、こうなることを、心の奥底では期待していたのかもしれない。
『集団が一つに固まって第4コーナーを曲がって最終直線へと入りました。坂を駆け降りたままの勢いで、先頭に立つのはどの馬か!』
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