第十五話 皐月賞のジンクス

 大気釈迦流エアシャカール黄金船ゴールドシップが熱い火花を散らした日から数日が経ち、皐月賞が開催される日となった。皐月賞に出走する俺は、いつものようにクロたちと空き教室に集まっている。


「それじゃ、皐月賞の説明を始めるね。皐月賞は、弥生賞と同じで、中山競馬場を走るの。しかも、コースは全く同じよ。同じコースを走るから、弥生賞は皐月賞の前哨戦とも言われているわ」


 皐月賞の前振りをしながら、クロはタブレットを操作する。すると、空中ディスプレイが表示され、中山競馬場のコースが移り出す。


「前回中山競馬場の説明はしているから、軽くおさらいをするわね。弥生賞と同じで、皐月賞のスタート位置は、観客席側ホームストレッチの右側から発走するわ。そして坂を登って第一コーナーを曲がり、第二コーナーの内回りコースを走る。そして坂を降って、再び坂を登り、外回りコースの合流地点である第三コーナーを過ぎて、緩やかな坂を降り、第四コーナーを曲がれば、後は最後の直線。でも、最後の直線は急勾配の坂になっているから、スタミナとパワーがないと、ここで後方から追い抜かれてしまうわ。そして坂を登りきって、ここら辺がゴール板になるわね」


 指差し棒を使い、クロがコース全体の説明をする。


『今回はきっと楽勝だよね! だって、帝王は一度このコースを経験しているんだよ! 同じコースで負ける訳がないもん!』


 自身満々にハルウララは答える。だが、彼女の言葉を聞き、クロと大和鮮赤ダイワスカーレットは小さく息を吐いた。


「ハルウララのように、単純に考えられたら良いのだけどね。でも、弥生賞は皐月賞と同じようで、ちょっと違うのよ」


大和鮮赤ダイワスカーレットの言う通り、同じだけど別物として考えた方が良いわね。実は、弥生賞に勝った馬は、皐月賞には勝てないって言うジンクスが存在しているのよ」


『ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ! それじゃ! トウカイテイオーは負けるじゃない! 帝王の無敗伝説もここまでか!』


 クロの言う隠されたジンクスを聞いた瞬間、ハルウララは驚愕した。前足を口の端に持って行っているところを見るに、頬を押さえているのを表現しているのだろう。


『なんで、なんで! どうして帝王が負けるの! 私の騎手に負けるのは許さないんだから!』


「安心して、一応アグネスタキオンとか、ジンクスを打ち破っている名馬も存在しているから」


「アグネスタキオンの話はやめてよ。あの男を思い出すじゃない」


 アグネスタキオンの名前が出たことで、周滝音アグネスタキオンのことを思い出したのだろう。大和鮮赤ダイワスカーレットは腕を抱き、さすっていた。


「どうして、同じコースなのに勝てないのか、それにはちゃんとした理由が存在しているのよ。いくつかあるのだけど、そのひとつが疲労ね。弥生賞は皐月賞の前哨戦とも言われているため、有力馬が集まりやすいのよ。だから勝つために全力を出し過ぎて、本番の皐月賞で疲労が取れずに、力を発揮できず、最終的に負けてしまうの」


『でも、霊馬となった今は、関係ないじゃない!』


「確かにそうだけど、一応知識として知っておいた方が良いかと思って」


 ハルウララのツッコミに苦笑いを浮かべながら、クロは答える。


「次は、論理的な話をしましょうか。さっき、皐月賞は有力馬が集まりやすいって言ったけれど、小頭数で行われるケースが多いの。そのため、ゆったりとした走りになりやすく、差し馬が目立ちやすいのよ。そして、皐月賞の場合、中山競馬場が2開催使用の最終日と言うこともあって、馬場状態が悪く、内側の仮柵が取り外されているの。だから先行馬が圧倒的に有利な条件となってしまい、差し馬が不発に終わるケースが多いのよ。これが弥生賞で勝った馬が、皐月賞には勝てないと言うジンクスの理論ね。VR競馬場は、その辺りも再現されてあるから、ジンクスの効果も出ているはずだわ」


『なんだ。それならなんとかなりそうだね。トウカイテイオーは先行馬だし、力もあるだろうし』


 ハルウララが安堵の言葉を漏らす。だが、現実はそうは甘くないはずだ。前回の弥生賞はランダムで選ばれた。そのため、クロが言った有力馬の出走は当てはまらない。


 そして今回のレースは、俺が知っているだけでも、クラシック二冠を達成したエアシャカールとゴールドシップと言う名馬が出走している。いくら先行馬が有利だとしても、簡単には勝たせてくれないはずだ。


「後は、共同通信杯からの直行は3着になるとか。1枠1番は勝てないとか、色々なジンクスが存在しているわね」


『へー、そんなジンクスもあるんだ。運が悪いと抽選での枠番から負けが決まっているなんて、残酷だね』


「1枠1番は勝てないと言うジンクスを正確に言うと、3枠よりも内側の馬からは、優勝馬で出ていないのよ。ハプニングが続いていた年だったのだけど、1999年の第59回では、ワンダーファングが出走前にゲート内で外傷を負って競走除外に、そして2000年の第60回では、ラガーレクルスがゲートが開いたと同時に尻餅を付いて、ゲートから出られなくなると言うエピソードから、1枠1番の馬は勝てないと言われているわ」


 いつの間にか、クロとハルウララの雑談になりつつあるが、今回のレースはジンクスが大きく影響しそうだな。


 中山競馬場の2000メートルは、走っている。後は自分を信じるしかない。


 さて、コースのことも復習したし、俺は今回のレース用にアビリティでも買うかな?


 レースに向けてのアビリティを購入しようとタブレットを開いた瞬間、タブレットにプレゼントが届きましたと表示がされた。


 いったい誰からだ?


 そう思ってプレゼント画面を開くと、送り主は大和鮮赤ダイワスカーレットだった。


 なんだ? このアビリティは?


 アビリティの種類、絆アビリティ。名前先頭への拘りオブセッションウィズバトル


 これって、ダイワスカーレットの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースじゃないか!


 驚いた俺は、大和鮮赤ダイワスカーレットの方を見る。彼女も驚いた表情を見せながら、俺のことを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る