第十四話 黄金の破天荒船現る

 大気釈迦流エアシャカールの女の子を助けないと言う言動に驚いた俺は、思わず飛び出して彼に声をかけてしまった。


 俺が尾行していたことに気付かなかったようで、大気釈迦流エアシャカールは驚いた表情を見せる。


「どうしてこの子を助けないんだ!」


『そうだ! そうだ! それでも風紀委員か! 男としても情けないぞ!』


 俺に続いてハルウララも彼に言葉を投げかける。


 すると、俺たちの反応を見て、大気釈迦流エアシャカールは息を吐いた。


「はぁー、お前は場に呑まれている。もっと観察眼を養え。この女はどこからどう見ても、ここに倒れている不良たちの仲間だ」


「なん……だと」


 予想外の言葉に驚いた俺は、言葉が途切れ途切れになってしまった。


「この女を良く見ろ。男たちに捕まり、恐怖体験をしているはずなのに、涙を流していないし、発汗もしていない。手足の震えや顔色も悪くない。どう見たって可笑しいだろう?」


「そう言われればそうだけど、お前が助けたことで安心したのではないのか?」


「いや、そもそも、恐怖と言うのは視覚や聴覚から得た情報を、脳の大脳皮質よりも先に扁桃体へんとうたいへと伝わる。扁桃体は、安心・安全を最優先する危険の判定員と言われており、それが興奮することで、一時的情動反応を湧き起こし、危険を伝える。その後、大脳皮質に伝達されることで、その情報が本当に危険なのかを判断する。大脳皮質が本当に危険だと判断すれば、先ほど俺が言った症状が起きる。最悪の場合、男が苦手となって拒絶反応を示すはずだ。だが、この女にはそれらが見当たらない」


「確かに、涙を流した跡や汗を掻いた匂いもしない。手足の震えや顔色は、直ぐには治らないな」


『そうだ! そうだ! 大気釈迦流エアシャカールの言う通りだ! そんなことも見抜けなかったのかよ、帝王は!』


「お前はどっちの味方だよ」


 自分勝手な彼女の発言に呆れつつも、どうしたものかと考える。彼の言う通りだった場合、彼女を助ける訳にはいかない。


「あーあ、作戦失敗ね。まぁ、こうなりそうな気がしていたわ。私もまだまだね。見た目の変装は得意でも、演技ができなければ一緒。良い勉強になったわ」


 女の子が口調を変えた瞬間、彼女を縛っていたロープが切れた。そして立ち上がると、髪と顔に手を当てた。


 髪はカツラだったようで、銀髪の髪が顕になる。そして顔は変装パックだったらしく、それも取り外された。


「お前は! 袖無衣装ローブデコルテ!」


「久しぶりね。と言ってもあなたからしたら、桜花賞の私を見ているでしょうが」


「どうして、お前がここに……まさか!」


「察しが良いわね。そう、あなたの義父お父様の差し金よ」


 彼女の言葉に、歯を食い縛る。あの義父バカは、またこんなことをし始めるなんて。


『それは可笑しいよ! だって、帝王と約束したじゃないか! 条件を呑めば、学園の生徒には手を出さないって! 大気釈迦流エアシャカールは一応トレイセント学園の生徒だよ!』


 袖無衣装ローブデコルテの言葉にハルウララがすかさず指摘する。


 そうだ。俺は親父と約束をした。だから、学園の生徒には手を出せないはずだ。それなのに、また約束を破ったと言うのか。


「確かに、あの時に約束をしていたわね。先ほどは私の言い方が悪かったわ。確かに、私は新堀シンボリ学園長から手伝うように言われたけれど、この騒動を計画したのは、別人よ」


「あーあ、そこまでバラさないでくれよ、袖無衣装ローブデコルテちゃん。俺様の計画が台無しじゃないか。それに、いくら演技がバレたからと言っても、自分でロープを切らなければ良いのに。そうすれば、助けられた拍子に渡したスタンガンで大気釈迦流エアシャカールにダメージを与えることができたと言うのに」


 この騒動を計画した人物は他に居るとカミングアウトされた瞬間、聞き覚えのない男の声が聞こえ、そちらに顔を向ける。


 金髪の髪に細身の男だ。そして耳には金色の馬のピアスをしてある。着ている服装も、どこかチャラそうなイメージがあった。


「やっぱり、お前か。黄金の破天荒船……いや、黄金船ゴールドシップ!」


 大気釈迦流エアシャカールが男の名を上げる。


 黄金船ゴールドシップ……ゴールドシップか。確か、授業でもその馬の名が出て来たな。G I6勝し、フランスの凱旋門賞にも出走経験がある実力馬。そしてその祖父は、トウカイテテイオーに初めての敗北を与えたメジロマックイーンだ。


「あーあ。俺様の舎弟たちをこんなにしちゃって。これ、警察を呼べば、お前逮捕されちゃうぜ」


「そんなこと計算済みだ。俺がやったのは最初の1発だけだ。いきなり攻撃をしてきたから反撃に出た。これは正当防衛に当たる。その後は自滅へと誘って勝手に倒れただけだ。警察が来たところで、捕まることはない」


『そうだ! そうだ! お前の舎弟たちは互いに殴り合って勝手に気を失ったんだぞ! 私も帝王も、それをちゃんと見ている!』


「ハルウララの言っていることは本当よ。私も彼の戦いぶりを観察していたから」


「いや、袖無衣装ローブデコルテちゃんは俺様の味方でいてよ」


新堀シンボリ学園長の指示で一時的に手を組んだけれどもう、あなた側にいる意味がないもの。それにあなたは私の好みではないわ」


「好みではない……ねぇ。まぁ、俺様も運良く優駿牝馬オークスを勝てた雑魚は好みではない。やっぱり俺様と釣り合う女は強くないと」


「禁句を言いやがって!」


 黄金船ゴールドシップの発言に堪忍袋の緒が切れたようで、袖無衣装ローブデコルテは物凄い形相で声を上げた。そして一歩前に足を踏み出した瞬間、大気釈迦流エアシャカールが彼女の手首を掴んだ。


「離してよ!」


「冷静になれよ。挑発されているのが分からないのか。このままあいつを殴れば、運が悪ければ退学に発展するかもしれないぞ」


「本当に、大気釈迦流エアシャカールは俺様のことが分かっているな。俺の父親は政治家だ。俺に手を出せば、お前の親が経営している会社に圧力をかけることができる」


「お前の悔しい気持ちは分かる。だけど、ここは俺に任せてくれ」


 自分に任せろ。そう言うと、大気釈迦流エアシャカールは一歩前に出た。


「次の皐月賞で勝負だ! 俺が勝った場合、この女に謝ってもらおう」


「エアシャカールがゴールドシップに勝つ? 寝言は寝て言えよ。まぁ、お互いにクラシックで2冠は取っているから、ある意味互角かもしれないが、能力的にはゴールドシップの方が上だぜ」


「寝言は寝て言え? その言葉、そのまま返してやる。お前の自信は、俺の計算で打ち砕いてやる」

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