第六章

第一話 鬼の風紀委員長

 〜鬼の風紀委員長視点〜






「幻の三冠の一角、そろそろ見回りに行くぞ」


「えー、もうそんな時間なの? もう少しゆっくりしたーい」


 俺は幼馴染であり、同じ風紀委員のメンバーである幻の三冠の一角に声をかけた。しかし、こいつは面倒臭そうな顔をしながら椅子の背もたれに腕を乗せ、言葉を漏らす。


「巡回を怠っては、この学園の風紀を守れないではないか。良いから行くぞ! この学園の平穏を守るのは、俺たち風紀委員の役目だ」


 嫌がる幼馴染の腕を掴み、無理やり廊下に連れ出すと、歩きながらすれ違う生徒たちをチェックする。


 服装の乱れなし、スカートの丈も問題なさそうだな。


 チェックしながら歩いていると、男子生徒と目が合った。彼は俺を見るなり顔色を悪くする。


「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


「す、すみません。すみません。許してください。お金なら差し上げますので、どうか、暴力だけは!」


「どうしてそうなるんだ! 俺はお前の顔色を心配しただけだろうが! どうしてカツアゲしているようになる!」


 予想の斜め上を行く行動に、俺は思わず声を上げてしまった。


 男子生徒は目尻に涙を溜め、体を震えさせている。


「やーい、やーい、虐めてやんの! 風紀委員長がカツアゲだ! これは大変だ!」


「幻の三冠の一角! お前巡回に連れ出したことを根に持っていやがるな! 良いから、この男が泣きそうになるのを止めろ!」


 俺が喚くと、幼馴染はやれやれと言いたげに肩を竦める。


「おー、よしよし、怖い不良に絡まれて怖かったよねぇ、その気持ち痛い程分かるよ。彼には僕から言っておくから、涙を拭いて教室に戻っておきなさい」


 幼馴染が男子生徒を宥める光景を目の当たりにしながら、俺は息を吐いた。


 どうして、こいつらはこんなに怖がる。俺は声をかけただけじゃないか?


 男子生徒が逃げるようにこの場から去った後、俺は幼馴染に声をかけた。


「なぁ、どうして俺はあんなに男子生徒から怖がられるんだ?」


「それは君の顔が怖いからじゃない? 常にガンを飛ばしているように錯覚する目付きに、耳にはピアスをしているし、オールバックだし、女子からある意味モテるし」


「髪型とその後に続く言葉は関係ないだろうが! チッつまり、俺はこの見た目で怖がられていると言う訳か。だが、このスタイルを変えるつもりはない。ある程度は強く見せないと、舐められるからな」


「また不良時代のことを持ち出す。もう昔とは違うし、君の強さは不良グループの間でも有名だ。君に喧嘩を売ろうとするのは霊馬騎手くらいなものだよ」


「そんなの、分からないだろうが。いつどこで喧嘩のバーゲンセールが開催されているかも分からないんだぞ」


 そんなやりとりをしつつ、再び巡回をしていると、2人組の女子生徒が視界に入る。その内一人の女子生徒が気になり、声をかけた。


「おい、そこのお前ちょっと良いか?」


「あ、え、私ですか?」


「ああ、今から確認したいことがある。その場を動くな」


 逃げないように忠告すると、俺は彼女に近づき、胸ポケットから定規を取り出す。そして屈むと女子生徒の膝に近付けた。


「規定の長さよりもスカートを短くさせているじゃないか」


 俺は女子生徒を見つめる。先ほど失敗したばかりだ。今度は怯えさせないで厳重注意をしなければならない。


 とりあえずは逃げられないように道を塞ぐか。


 俺は右手を壁に当て、一時的に逃げられないようにする。そして彼女の耳元に顔を持って行くと、なるべく優しい表現になるように気を付けつつ、言葉を選んで囁く。


「学園の生徒である以上、ファッションは限られている。だから、スカートを短くさせて他とは違うところをアピールしたいその気持ちも分かる。だけど、それで風邪を引くようなことになっては本末転倒だ。お前が病気になると、心配する人がいる。そいつらに心配させるようなことはしてやるなよ。学園の外なら思いっきりファッションを楽しめ。だけど、学園にいる間は規則を守れ。スカートを短くしなくとも、お前の内から溢れ出す魅力がなくなる訳ではないのだから」


「は……はい」


「良い子だ」


 俺は女子生徒の頭をポンポンと軽く触れる。彼女は少し頬が赤くなっているような気がした。


 もしかしたら、風邪を引き始めているのかもしれないな。


 女子生徒から離れた後、俺は幻の三冠の一角と合流する。


 彼は口元に手を当て、片方の手をお腹に当てて何かを堪えているような様子だった。


「何がそんなに可笑しい?」


「いや、だって、学園に居る間は規則を守れと言いつつ、自分が服装を守っていないじゃないか。風紀委員長自ら風紀を破っていると突っ込まれるよ」


 チッ、今のを聞いていやがったのか。どれだけ地獄耳なんだよ。


「確かに、俺の見た目は風紀を破っているかもしれない。だが、俺は丸善好マルゼンスキー学園長から特別な許可を貰っている。だから、俺に関しては風紀を乱していると言うことには該当しない」


「うわっ、自分だけ特別扱いだからって図に載っているよ。これだから中学時代に不良になってしまうんだ。漆黒の狂犬馬」


「中学時代のことは言うな。俺にとっては黒歴史だ。今は更生して風紀委員長となっているだろうが」


「不良が風紀委員長とか、どこかのマンガにしか居ないと思っていたよ」


「無駄口を叩いていないで、さっさと巡回の続きをするぞ! 付いて来い!」


 幼馴染に付いてくるように告げると、前方から風紀委員のメンバーが競歩でこちらに向かっている。


 さすが俺の風紀委員部下だ。廊下は走ってはダメと言うルールの下、急ぎたいために競歩で廊下を歩くとは、俺の指導の賜物だな。


「風紀委員長、良かった。直ぐに見つけられて!」


「どうした? 何かトラブルか?」


「はい、またあいつらが揉め事を始めました」


「チッ、新入生だからと大目に見ていたが、良い加減に風紀委員としての指導をした方が良さそうだな。分かった。直ぐに現場に向かおう。場所はどこだ?」


「1年の教室近くの廊下です」


「分かった。幻の三冠の一角、お前はどうする?」


「もちろん、付いて行くよ。もし、あの娘がトラブルに巻き込まれていたのなら、馬関連の父親として黙っていられないからね」


 こうして俺たちは、急ぎ現場へと向かって行く。


 もちろん、廊下を走る訳にはいかないので、競歩でだ。

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