第十四話 女の嫉妬は怖い

 内巣自然ナイスネイチャの策に嵌った俺たちは、3頭の牝馬に囲まれて抜け出せられない状態に陥っていた。


 もう直ぐ第3コーナーが近付く。外回りのコースとの合流地点だ。


『どうだい? トウカイテイオー? 牝馬ひんばに囲まれるのも悪くはないだろう?』


『悪いことばかりだ。走り辛くて仕方がない』


 ナイスネイチャの問いかけに、トウカイテイオーが答える。


 俺たちを取り囲んでいるタイティアラとラシアンジュディ、そしてナショナルフラッグは、ナイスネイチャの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースにより、魅了で操られていると考えられる。


 このまま囲まれたままでは、負けてしまう。きっと最終直線でナイスネイチャは加速し、俺たちを追い抜く算段だ。


 もし、あの時買わなかった【馬群の中で見える希望】を買って装備して居れば、この状況を打破することができていたかもしれない。だけど、買って所持していない以上、無い物ねだりだ。


 俺たちだけの力で、この状況を打破する策を思いつかなければ。


『先頭はタイティアラのまま、その後ろをラシアンジュディとトウカイテイオー、更にナショナルフラッグが追いかける展開です。間も無く第3コーナーへと差し掛かります』


『坂を下り、平坦なコースですが、第3コーナーからまたしても上り坂となります。馬の負担も大きい中、どの馬が1番に坂を登って来るのでしょうか』


 もう直ぐ第3コーナーだ。そこから先は、第4コーナーまでカーブを描いた坂になる。


 次第にゴールが近付く。早く策を見出さないと、このままでは、下手したら掲示板入り入賞すら逃すことにもなりそうだ。


 何か、逆転の一手がないか思考を巡らせるも、所持しているアビリティでは、打開策が思い付かない。


 左右にいるラシアンジュディとナショナルフラッグを見る。彼女たちは口々にナイスネイチャのためにと口走っていた。


 まさか、3位に浮上する力ではなく、牝馬を魅了させる方の伝説を使って来るとは予想外だった。


 おそらく、明日屯麻茶无アストンマーチャンからナイスネイチャはプレイボーイの一面も持っていることを知らされなければ、何が起きているのかが分からずにおり、俺は混乱していたかもしれない。


 こうなったら、わざと速度を落として後方に下がらせ、外側から一気に抜き去る作戦で行くしかないだろうな。


「ナイスネイチャの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース虜にする魅力プレイボーイの味はいかがッスか? 牝馬に囲まれてモテモテハーレム状態ッスね。ナイスネイチャが牝馬を口説いている時、俺は止めなかったッスよね? あれ、実はワザとだったッス。ナイスネイチャのもうひとつの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース虜にする魅力プレイボーイは、牝馬を口説くことが発動条件だからッス」


 作戦を実行しようとした瞬間、後方から内巣自然ナイスネイチャの声が聞こえて来る。いつの間にか、真後ろに位置取りをされたようだ。


 これで完全に包囲されてしまったことになる。わざと後方に下がることができなくなった。


 第3コーナーを曲がり、第4コーナーまで半分の距離を走った。ここからは再び下り坂だ。


 ゴールまでの距離が近付き、再び焦りを感じる。


「ついに、ついにナイスネイチャがトウカイテイオーに勝つ日が来るッス! 生前1度も勝てなかった相手に、勝つことができる。霊馬競馬は最高ッスね」


 勝利を確信したのか、後方から聞こえるナイスネイチャの声は弾んでいた。


 まだだ。まだ諦める訳にはいかない。ここで負けたら、俺は親父の経営する学園に転入させられることになる。


『そう言えば、ひとつ疑問に思ったことなのだが、ナイスネイチャはお前たちの誰を1番愛しているのだろうな』


 レース中にトウカイテイオーが牝馬たちに語りかける。


 こいつ、こんな時に何を言っていやがる。


 突然の言葉に困惑をしていると、俺たちを取り囲んでいる牝馬たちが一斉に声を上げた。


『『『私よ!』』』


 3頭の牝馬の声が重なり、前を走っているタイティアラは首を曲げて後方を見た。そして右にいるナショナルフラッグは左に首を曲げ、左にいるラシアンジュディは右に首を曲げて互いに睨み合った。


『何を言っているのよ! ナイスネイチャ様が1番に愛してくれているのは、私よ!』


『いいえ、私だわ。だって、あんなにたくさん褒めて私のことを口説いてくれたのよ!』


『そんな訳がないわよ! 彼にとっての1番は私なんだから! 絶対に私を選んでくれるに決まっているわよ!』


『お前達で主張し合っても埒が明かない。なら、ナイスネイチャ自身に聞いてみるのが1番じゃないか』


『確かに、それもそうね』


『そうね。本人、いえ、本馬に聞きましょう』


『どうな結末になろうと、彼が選んでくれるのは最終的には私なのだから』


 トウカイテイオーの提案に3頭は乗ると、先頭を走っていたタイティアラが左にズレて道を開ける。そして左右にいたラシアンジュディとナショナルフラッグは速度を下げ、ナイスネイチャと並走する形で位置取りをした。


 そして妙にラシアンジュディが自身ありげに言うのも気になる。どこからそんな自信が来るのだろうか。


 まぁ、今はそれよりも、トウカイテイオーに礼を言うのが先だな。


「トウカイテイオー、お前、やるな」


『当たり前だろう。俺は骨折さえなければ、クラシック3冠覇者になっていたかもしれない馬だぜ。常に冷静にレースを進め、最後の最後まで諦めない者こそが、勝利を掴むことができる。有馬記念で俺が得た教訓だ。牝馬ひんばたちに囲まれながらも、お前と一緒でこの状況を打破する策を考えていたさ』


 道が開けたことで、俺はトウカイテイオーの体に鞭を打ち、速度を上げるように指示を出す。


『ここでタイティアラが作ってしまった隙間を掻い潜るようにして、トウカイテイオーが先頭に立った! 第四コーナーを抜け、最後の直線へと差し掛かる! しかし後続の馬もラストスパートの体勢に入ったのか、速度を上げて馬群が固まる!』


 後方からの追い抜きに気を付ければ、このまま1着でゴールできるかもしれない。


『誰が本命なのよ! 私よね!』


『私よね! 違うと言うのなら、あの言葉は嘘ってことになるの?』


『本命は私に決まっているわ! それは霊馬となっても赤い糸で結ばれているもの!』


『マイスイートハニーたち、落ち着きたまえ、今は俺を糾弾している場合ではないよ』


「ナイスネイチャが自分の策に嵌められてしまったッス! このままではまずいッス! 虜にする魅力プレイボーイの効果を消すッスよ!」


『分かった。このままでは彼女たちに殺されそうだ』


『あれ? 私、どうしてこんなところに位置取りしていたのかしら? まだスタミナ的にも余裕があるはずなのに?』


『え、いつの間にか最終直線じゃない! いつの間にここまで走っていたの! やだぁ、急がないと!』


 後方からタイティアラとナショナルフラッグの声が聞こえて来た。彼女たちの口振りからすると、魅了の効果が切れたようだ。


 魅了の効果が切れたと言うことは、もう一つの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースを発動してくるかもしれない。


 いつ追い抜かれても、直ぐに巻き返せられるように準備だけはしておく。しかし、まだナイスネイチャが動く素振りはみせていない。


 いったい後方で何が起きているんだ?


 つい気になってしまい、俺は首を曲げて後方を見る。すると、ナイスネイチャはラシアンジュディから視線を向けられ、萎縮しているようにも窺える。


 彼女がナイスネイチャを足止めしている?


『それで? 誰が一番なの? 当然私よね?』


「これはどう言うことッスか! どうして魅了が溶けていないんッスか!」


『そんなこと知らねぇよ! こんなこと初めてだ! どうして魅了が解けない!』


 どうやら、ラシアンジュディだけが魅了が解けていないようだ。


 でも、いったいどうして?


『あら? 何を言っているのかしら? 私は既に魅了は解けているわよ。私は純粋にあなたの気持ちが聞きたいの。わ・た・し・が! 1番よね! だって、あなたのラシアンジュディですもの』


『俺のラシアンジュディ? ラシアンジュディ……ラシアンジュディ! 俺の未来の記録記憶にある! 引退後に種付けした相手じゃないか! 何? 俺ッチ、交配相手だと知らないで口説いていたってことなの!』


『そうよ! それなのに、他の牝馬たちを口説いて! 手を出して! もし、ここにセイントネイチャーがいたら、クズ親父って言われるわよ!』


『ひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃごめんなさい! 許して!』


『逃すか! どうして他の牝馬にちょっかいを出すのか、きちんと説明してもらいますからね!』


『ここでナイスネイチャが動いた! 彼を追い掛けるようにラシアンジュディも速度を上げる! トウカイテイオーを抜き去り、ここでナイスネイチャが先頭だ!』


 後方が気になってしまった俺はつい、油断してしまった。だから鬼気迫る勢いで駆けるナイスネイチャとラシアンジュディに追い抜かれ、3位へと順位を落としてしまった。


 ナイスネイチャに追い抜かれる瞬間、彼は涙を流していたような気がする。

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