第十三話 ナイスネイチャの策略
『さぁ、ゲートが開きました! 弥生賞のスタートです! スタートダッシュはややバラついた展開となりました』
ゲートが開き、俺はトウカイテイオーを走らせる。
トウカイテイオーは、先頭集団に位置取りをする先行を得意とする馬だ。最初は飛ばしてなるべく前に出る。
今回は内側の3番ゲートだったために、スタートダッシュにスタミナの消費は抑えることが出来ている。しかし、中山競馬場は坂のオンパレードのコースだ。
上り坂ではスタミナの消費が激しくなる。
『最初の先行争いに勝利したのは、なんとタイティアラだ!
『タイティアラの走りを見る限り、芝の適性を上げて来たようですね。まさか、タイティアラが先行争いに勝利するとは、予想外でした』
『続いて半馬身ほど離れてオースミロッチ、エリモパサーが並走して追いかけています。そして2頭の後をトウカイテイオー、1馬身離れてラシアンジュディとシロキタテイオーが、弥生賞の舞台を駆け抜ける展開となっています』
『ラシアンジュディとシロキタテイオーは、どちらとも獲得賞金が少なく、G IIIの舞台にすら立てなかった馬です。その2頭が霊馬となってG IIのコースを駆け巡ると言うのは、ファンにとっては感慨深いものがあるでしょう』
『その後に控えているのは、ブロンズコレクターで有名なナイスネイチャ、そしてナショナルフラッグがここで追い付いてきたぞ。先程まで並走していたカミノグレッセはまだ動かない。ホワイトストーンもまだ後方で控えていると言った感じでしょうか。それから2馬身ほど離されてツルマイナスとハシノケンシロウがこの位置にいた。そして意外にもダイナミックバードが中断に入れていない!』
『ダイナミックバードはスタートダッシュに失敗していましたからね。芝の状態が
『そして殿を走っているのがヤマニングローバルとシャコーグレイドの2頭だ。先頭から殿までおよそ10馬身程の差と言ったところでしょう。
実況と解説の言葉が耳に入って来る中、俺は後方も気にしつつ、前を目指す。
トウカイテイオーと始めてのレースだが、今のところは何も問題は起きていない。
さすがあの皇帝と呼ばれた名馬の息子だ。クラシック2冠覇者の名は伊達ではないか。
登り坂に関しては
『坂を駆け登り、名馬たちが次々と第1コーナを曲がって行く! 集団も徐々に固まり、先頭から殿までおよそ8馬身差まで縮まった様子』
『第2コーナー手前まで坂が続く中山競馬場、馬のスタミナを大きく削がれる地獄のコースです。第2コーナーで内と外に分かれる分岐点を以下に小回りの利く走りができるかが注目のポイントでしょうか』
第1コーナーを曲がり、次は第2コーナーを目指す。今のところは他の騎手たちも様子見と言ったところなのか、加速して前に出ようとする者たちはいない。
やっぱり、このきつい坂のことを考えて、前半は控える策で来ているようだ。勝負は後半の下り坂で起きそうだな。
もう直ぐ第2コーナーに到達する。ここからが内と外のコースに分かれる分岐点だ。間違えないように、内回りのコースを走らないと。
そう思っていると、俺の視界に入った光景に思わず息を呑む。
『なんと!
『危なかったですね。あのまま真っ直ぐに進んでいたら、失格となるところでした。ですが、タイティアラにとって、これは痛い。逃げ馬なのでスタミナが気になるところですね』
先頭を走っていたタイティアラが勘違いを起こしたことで、順位が入れ替わってしまった。
俺は現在3位に浮上してはいるが、衝撃的な展開に、観客たちの間では動揺が走っているだろうな。
第2コーナーを間違えずに内周りへと走り、ここから下り坂へと入っていく。
下り坂でスピードが上がったのか、トウカイテイオーは前を走るオースミロッチとエリモパサーを抜いて1位となった。
「さて、そろそろ俺たちのマジックを披露するとするッス! ナイスネイチャやれッス!」
後方から
加速か? それとも下り坂に有利なアビリティを発動させるのか?
思考を巡らして、あいつらがやりそうな展開を考える。
しかし、しばらく様子を見ても、何も起きなかった。
何も起きないじゃないか。もしかしてブラフだったのか? 適当なことを言って、俺を惑わそうとしていたのか?
何も起きないことに安堵したいが、ブラフと見せかけて俺を油断させ、一気に追い抜く作戦かもしれない。
油断はできないな。
何かを仕掛けてくるのではないのか。そう思うたびに精神が休まらない。何かを仕掛けるのであれば、早く実行をしてほしい。
『ここでタイティアラが速度を上げて来る! 逃げの意地なのか、物凄い勢いで駆け下りてきた! トウカイテイオーと並び、そして追い抜く! 更に勝負を仕掛けて来たのはもう2頭だ! ラシアンジュディとナショナルフラッグが速度を上げ、トウカイテイオーと並んだ!』
『トウカイテイオーは3頭の牝馬に囲まれる形となってしまいましたね。これでは抜け出すのはむずかしそうです』
くそう。隙間に入られてしまったか。まさか、囲まれる展開になるとは予想外だった。
「おい、何指示に従わないで加速しているんだ!」
『うるさい! あんたの指示より、あの方の命令の方が大事よ!』
「まだ勝負に出る時じゃないのに、何勝手に前に出たんだ! 最後の直線の上り坂だって残っているんだぞ!」
『うっざ、何私に命令しているの? 騎手よりも、あの方の命令を優先させるに決まっているじゃないの』
「どうして先頭に立つんだ! お前はコースを間違えたんだぞ! 今はスタミナを温存させるべきだろうが」
『わたしの役目は、トウカイテイオーの進路を妨害することよ。このレースに優勝することではないわ』
俺の周囲から、馬と騎手が口喧嘩をしている言葉が聞こえて来た。
騎手の命令を馬が聞いていない? そんなことがあるのか?
霊馬となって会話ができるようになり、コミュニケーションが取れるようになった。でも、だからと言ってここまで反発するのはおかしい。
3頭とも、俺たちを先に進ませないように妨害している。その馬はタイティアラとラシアンジュディ、そしてナショナルフラッグだ。この3頭に共通するのは牝馬と言うこと。
まさか!
『マイスイートハニーたち! そのままトウカイテイオーの足止めをよろしく! このレースに勝つのは、この俺ッチ、ナイスネイチャ様だからよ!』
やっぱりお前のせいか!
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