第二話 ハルウララの別側面

 ハルウララのヌイグルミをバッグに詰め込んだまま、俺は男子寮から出た。


「あ、やっと来た! もう、遅いよ! 奇跡の名馬!」


 寮の玄関から出ると、玄関先にクロが待っていた。


「悪い、悪い。ちょっと支度に手間取ってしまった。遅くなってすまない」


 クロに近付き、彼女に謝罪の言葉を述べる。


『クロ、今日も可愛いな。俺のお嫁さんにしたいくらいだ』


「え!」


 突如俺の鞄の中から、ハルウララが声を発する。


「このバカ、大人しくするように言ったじゃないか」


 小声でハルウララに叱責の言葉を投げる。念のためにクロの方を見ると、彼女の顔は次第に赤くなりつつあった。


 あ、これは勘違いして、感情的になった彼女から殴られるパターンだ。


 咄嗟に判断した俺は彼女の拳を受け止める体勢を取る。しかしその瞬間、何を血迷ったのか、鞄の中からハルウララが飛び出した。


『クロちゃん引っかかった? 今のセリフは私だったんだよ』


「な、なな、何を言っているのよ! 帝王のバカ! お姉さんを揶揄わないで!」


『え? ぶっひゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 ハルウララが飛び出した瞬間に、クロが顔を赤くしながら拳を放つ。彼女の右ストレートがハルウララに直撃した瞬間、彼女は吹き飛ばされて後方に飛んで行く。


 まぁ、自業自得だな。俺との約束を破って、自分がやりたいことをした罰が当たった。


『クロちゃん酷いよ! ちょっと揶揄っただけなのに! 暴力反対! そんなんじゃ、帝王に嫌われるよ!』


 クロに殴られたハルウララは、ゆっくりと立ち上がると、俺の所に戻って来た。そして器用に俺の足を登ると、前足を頭の上に置き、後ろ足は肩に乗せた。


「え? ハルウララのヌイグルミが動いて言葉を喋っている?」


「あー、実はだな」


 俺は昨日、丸善好マルゼンスキー学園長からハルウララのヌイグルミが送られてきたこと、そして翌日、ハルウララがヌイグルミに憑依していたことを話した。


「そんなことがあったんだ。でも、勝手なことをしたらダメだよ、ハルウララ」


『うん。もう揶揄ったりしない。痛くなくとも、殴られるのは嫌だから』


 どうやら彼女の一撃が効いたようだ。ハルウララは大人しくしてくれることを約束してくれた。


「そうだ。クロに聞きたかったことがあるんだった」


「うん? 何を聞きたいの?」


「実は、ハルウララのステータスに変化が起きてだな。バッドステータスが消えて、グッドステータスと言うものが追加されたんだ」


 胸ポケットからタブレットを取り出し、アプリを起動させて画面をクロに見せる。


「あ、本当だ! 良かったじゃない。馬によっては無くならないバッドステータスもあるけれど、バッドステータスを克服した馬は、グッドステータスが追加されるんだよ」


「へぇー、そうだったのか。それで、ハルウララのグッドステータスに高知競馬場の救世主となっているのだけど、ハルウララが救世主ってどう言うことだ?」


 疑問に思っていたことをクロに訊ねる。すると彼女は嫌そうな顔をせずに語ってくれた。


「ハルウララは、どちらかと言うと負け馬の印象が強いもんね。実は、ハルウララは高知競馬場の英雄でもあるのよ。その昔、高知競馬場は寂れていて、お客も少なかった。赤字経営が続いて、倒産寸前だったの。でも、その競馬場にはハルウララがいた。彼女の負けっぷりが話題になると、ハルウララを見に、多くの客が高知競馬場に押し寄せた。その結果、ハルウララのラストランでは、観客席が満員となり、高知競馬場は黒字経営に返り咲くことができたのよ」


 クロの説明を聞き、どうしてハルウララが救世主とも呼ばれるのかが理解できた。


 なるほど、そんなことがあったのか。


「ハルウララは高知競馬場の運営者や競馬場で働く人々の仕事を守り、その家族を路頭に迷うことを阻止した。赤字から黒字にさせることを可能にした馬は、競馬界の歴史の中では、ハルウララだけなの。だから、ハルウララは救世主と言う側面も持っているの」


『どうだ! 私は凄いんだぞ! だから今度からは私を敬ってよ!』


「いや、どうしてそうなるんだよ」


 偉そうにドヤっとした口調で言葉を放つハルウララに対して、苦笑いを浮かべる。


 ハルウララが英雄や救世主となったのも、負け続けた馬生があってこそだ。もし、彼女が平凡な馬だったのであれば、高知競馬場は途中から競馬界の歴史からは消えていただろう。そう考えると、やっぱりハルウララはある意味凄い馬だったんだなと思い知らされる。


「なぁ、良い加減に降りてくれないか?」


 いつまでも頭の上から降りないハルウララに、退いてくれるように頼む。


「嫌! 私、帝王の頭の上が気に入った!」


「いや、重いから退いてくれ」


 早く退いてほしいと思った俺は、頭の上に手を持って行くと、ハルウララを掴んでバッグの中に押し込む。だが、すぐに彼女が飛び出すと、再び先ほどいたポジションに戻った。


「うふふ、帝王とハルウララ、なんやかんやで良いコンビよね。私もいつかは、帝王たちみたいに愛馬のヌイグルミとお散歩してみたい」


「だったらすれば良いんじゃないのか? 丸善好マルゼンスキー学園長に頼めば、作ってもらえると思うけど?」


「うーん、それはまだ遠慮しておくよ。私の愛馬は凄く有名な馬だから、ヌイグルミを持っていたら真名がバレちゃうもの」


 確かにそれは一理あるかもしれないな。彼女の真名は未だに分かってはいないが、ヌイグルミを持って居れば、勘の良い人は察してしまうかもしれない。


 俺の場合は真名とかはともかくとして、ハルウララの騎手としては知られているから、別に問題はないってだけだ。


 そんなことを考えていると、予鈴のチャイムが鳴り響く。


「ウソ! もうそんな時間なの!」


「ハルウララのせいで遅刻しちゃうじゃないか!」


『何で私のせいになるの! 歩きもしないで話に没頭していた2人が悪いじゃない』


「とにかく急ごうよ! 間に合わなくなってしまうわ」


 クロが俺の手を握り、校舎へと駆けて行く。


 いつの日か、彼女の愛馬を知る日が来るのだろうか? その時は、競い合う敵としてではなく、普通に紹介してもらう形で知りたいものだ。

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