第三話 帝王、ワシの元に戻って来い

「と言う訳で、フランスで行われる凱旋門賞に勝利することは、当時の日本の競馬界の歴史を大きく変える快挙と言うことになります。これまでの歴史の中で、凱旋門賞を2着で敗れた日本の名馬は、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル、そしてもう1頭いるのですが、誰でしょうか? 当ててもらいましょう。えーと」


『はい! はーい!』


「は、はい。では、ハルウララ」


『もちろん、この私! ハルウララです!』


 俺の肩に後ろ足を乗せ、前脚を頭の上に置きながら、ハルウララは堂々と間違った答えを言う。


 どうして、生前1勝もできなかった負け馬が、凱旋門賞で2着を取ることになるんだよ。いったいどんなパラレルワールドだ。


「きゃあああ! 堂々と間違った答えを言うハルウララちゃん可愛い!」


「寮に持って帰ってモフモフとしながら抱き締めたい!」


「良いなぁ、良いなぁ、私もハルウララのヌイグルミが欲しい」


 しかし間抜けな解答は女子生徒の心を射止めたようで、彼女たちは黄色い声を上げた。


 ハルウララは、再び俺との約束を破り、みんなの前で動いて話しかけた。最初は驚いたクラスメートも、ハルウララの気さくさと愛くるしさに惚れ、クラスの人気者へと成り上がっていたのだ。


「はい、はい。皆さんお静かにしてください。では、奇跡の名馬、代わりに答えてください」


 ハルウララの尻拭いをさせられ、今度は俺が解答権を得てしまった。


 俺かよ! 答え分かんねぇぞ! くそう、ハルウララが余計なことをしやがったせいで、俺に白羽の矢が立ってしまった。


 思考を巡らし、答えを探すが、思い付く馬がいなかった。


「帝王『エ』だよ『エ』から始まる名馬だよ」


 後の席からクロが小声でヒントを出してくれるも、エから始まる馬なんてたくさんいて絞り込めない。


「どうしました? 分からないのですか?」


 担任教師が訝しむような眼差しを送ってくる。


 お、落ち着け、取り敢えずエから始まる馬の名前を思い出すんだ。


 エターナルタイム? エイシンロッキー? エクレシア? エアグルーヴ? ダメだ。数が多すぎる。『エ』だけでも、俺の記憶では120頭以上居るんだぞ!こんなの絞り込めるかよ!


「帝王、エルコンドルパサーだよ」


 中々答えない俺を心配してか、クロが答えを教えてくれた。


 すまない。助かった。


「エルコンドルパサーです」


「正解です。その他にも凱旋門賞を出走した馬は――」


 俺の解答の後、担任教師は授業を続ける。


「クロ、助かったよ」


「もう、あれくらい分かってよね。凱旋門賞で2着だった馬なんて本当に限られているのだから」


 彼女に礼を言うと、呆れられた感じで言葉を返された。


 だって、海外のレースの知識ってあんまりないんだもの。


「邪魔させてもらうよ」


 小さく息を吐いていると、突然扉が開いて男が入ってきた。その人物を見た瞬間、俺は大きく目を見開く。


「親父」


 俺はポツリと言葉を漏らす。


「あなたは、新堀シンボリ学園長! 霊馬学園の経営者がどうしてこの学園に?」


「先生、授業の邪魔をしてすまない。用が済んだら直ぐに帰るので」


 担任教師に謝罪の言葉を述べた後、親父は教室中を見渡す。そして俺と目が合うと、ニヤリと口角を上げた。


「そこに居たか。帝王、少し顔を見ない間に背が伸びたんじゃないのか?」


 俺を捨てた親父が口角を上げたままこちらに近付く。


 あの顔、絶対に何かを企んでいる顔だ。


 親父が近付くと、俺は席から立ち上がる。


「その名で呼ぶのはやめろ。今の俺は奇跡の名馬だ」


「おっと、そうだったな。学園の生徒である以上、真名を避けるべきだ。お義父さん、うっかりしていたよ」


 何がお義父さんだ。俺を勘当させておいて、今更どの面で父親を気取りやがる。


「お前の活躍はトレッターやホースタなどで知っている。さすがワシの息子だ。まさか、あのハルウララを2連勝へと導くとは、大したものだ」


「何だよ、そんなことを言いにわざわざこの学園に来たのか? 学園長と言う仕事は暇じゃないはずだ。さっさと出て行ってくれ」


 要件が済んだらさっさと出て行くように告げる。すると親父の額に青筋を浮き出てきた。


「いや、まだ要件は済んでいない。忙しい中、わざわざお前に顔を見せたのは、お前を迎えに来たからだ」


「俺を迎えに?」


「そうだ! 喜べ! お前を我が学園の生徒として迎え入れる!」


 親父が自分の経営する学園に転校させることを告げた瞬間、クラスメートたちが騒めく。


「奇跡の名馬が霊馬学園に!」


「あのBMWやデュラメンテと言った名馬たちと契約している騎手たちのいる学園じゃないか。エリートだけが入ることを許されている名門中の名門!」


「帝王……転校しちゃうの?」


 後の席にいるクロがポツリと言葉を漏らしたのが聞こえて来た。


「何を言っているんだ。俺はあんたから親子の縁を切られた。そんなやつが経営している学園に居られるかよ」


 親父の申し出を断る。すると奴は引き攣った顔をしつつも、冷静な口調で再び話しかけてくる。


「あの時は済まなかった。つい、感情的となってカッとなってしまったんだ。本当はあそこまで言うつもりではなかったんだ。お義父さんは反省している。だから仲直りをしようじゃないか。もう一度本当の親子に戻って、楽しい学園生活を送ろう。それに」


 親父は一度クラスメートたちを見る。


「こんな低レベルな騎手たちと学んだところで、お前の才能が開花するのは遅くなる。もっとハイレベルな環境で学んでこそ、お前の霊馬騎手としてのさらなる飛躍となると思うのだ」


 親父はクラスメートたちとバカにするような発言をした後、更に言葉を連ねる。


「もし、我が学園に転校してくれると約束をしてくれたのなら、お前の望むアビリティーは全て支給しよう。それに小遣いも奮発してやる。女が欲しいと言うのなら、全国、いや世界中を探してでも、お前が気に入る女を連れてこようではないか。なぁ、悪い話ではないだろう?」


 確かに、好条件だ。俺がやつの元に戻れば、それだけで勝ち組人生を送ることができる。


『帝王がそんなことで転校すると思っているのか! 見損なわないでよ! 私はあんたが彼にしたことを知っているのだから! お前は霊馬を拷問の道具として使った! 馬に蹴らせて帝王を痛め付け、殺しかけたんだ! あんたは霊馬騎手として最低のクソ野郎だ! ウンチだ! 帝王は私が守る! 絶対にあんたの思い通りにはさせない!』


 ハルウララが吠えると、俺の頭から飛び降りて机の上に着地する。そして器用に後ろ足で立ち上がり、前足を横に広げた。


 その姿はまるで、威嚇するアリクイのように見えた。


 お前、セリフは格好良いのに、途中で下品な言葉を使ったから、台無しじゃないか。


「でも、ありがとうな」


 ポツリと溢すように、ハルウララに対して感謝の言葉を口にする。


「悪いがハルウララの言う通りだ。お前が俺にしたことを赦しはしない。この学園から出て行け!」


「何が出て行けだ! それが親に向かって言う言葉か!」


 俺の言葉が癇に障ったようで、親父は怒鳴り声をあげる。


「はい、はーい! そ・こ・ま・で・よ」


 手を叩く音が聞こえ、そちらに顔を向ける。


「あなたは!」

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