第十話 シルクロードステークス出走

『さぁ、ゲートが開きました。全員集中していたようで、一斉にコースを駆け抜けます!』


 ゲートが開いた瞬間、俺はハルウララに走る合図を送る。


 ハルウララの少ないスタミナを考えるに、まずは後方でじっくりと様子を見て、盤面を見極める必要があるな。


『現在の先頭ハナに立ったのはアストンマーチャン、そしてファイングレインが続き、その横をコパノフウジンが走っていますが、逃げ馬なのに3位と言う結果になっていますね』


『コパノフウジンはどちらかと言うと、ダートよりの適性がありますからね。もちろん、芝の適性も十分にありますが、どちらかと言うと、ダートなので、このような結果になってしまうのでしょう。ですが、最後の直線でどう動くか分からないのが競馬と言うもの。ここからの大逆転も大いにあります』


『4位となっていますステキシンスケクン、その後をプリンセスルシータ、そしてロイヤルキャンサーが追いかける形となっています。ここまでが先頭集団といったところでしょうか』


『ステキシンスケクンが4位の位置なのは驚かされていますが、少々、スタートダッシュに失敗したか?』


『3馬身程開いて中段の先頭を走っているのが、ニシノマオ、ここでウルワシノハナが並んで来た。その後をシルバーストンとエイシンウェーブが走っていますが、エイシンウェーブは今回差しで走っているのでしょうか?』


『エイシンウェーブはもともと逃げ、先行の脚質ですが、スタート時に馬群に呑まれていました。そのせいで抜け出すことができずに、後方に下げざるを得なかったのでしょう』


『なるほど、そしてここでスピードを上げて来ました。コウセイカズコです。今、外側からエイシンウェーブたちに並びました。そしてそれを追いかけるようにしてアーバンストリート。そして殿をハルウララが走る形となっています』


 実況と解説の言葉が耳に入る中、俺たちは後方で様子を伺う。


『もう少し、スピードを上げない? このままだと先頭集団に食い込めないかもしれないよ?』


 ハルウララが心配そうに訊ねる。


 確かに今回は前回のレースと比べて距離が短い。でも、だからこそ、勝負をするタイミングが重要だ。


 俺たちよりも前を走っているニシノマオの騎手が今、後方を見たな。後続の位置を確認しているのだろう。


『馬群の開きはさほどない中、第3コーナーを曲がって緩やかな坂を駆け登って行きます。現在アストンマーチャンが1位をキープしたまま』


 ハルウララを内側から外側に走らせる。すると視界には、明日屯麻茶无アストンマーチャンの背中が見えた。


 まだ思っていたよりも距離は離されてはいない。勝負をかけるのは、最後の坂だ。


 でも、少しくらいは順位を上げとかないといけないだろう。


 俺は鞭をハルウララに叩き込み、加速する合図を送る。


『ここで最後尾を走っていたハルウララが動いた! アーバンストリートとコウセイカズコを抜き、11位に順位を上げる!』


 よし、上手く彼女の力だけで順位を上げることができた。


『どう? 私の実力! もっと、もっと、加速してあげようか?』


 順位を上げたことで、ハルウララがドヤッとした感じで更に速度を上げるか訊ねてくる。


「いや、このままの速度を維持してくれ。まだ、勝負をかけるタイミングではない。


 ここで調子に乗るのは禁物だ。ハルウララの性格を考えるに、気持ち良く走らせれば、彼女特有のデメリットステータスが発動するかもしれない。


 デメリットステータスでレースに飽きるようなことになれば、この勝負は負けだ。


 彼女を満足させることなく、更にある程度は速度を維持させないといけない。


 ギリギリのラインを攻める必要がある。


 最後のコーナーが近付くと、内側を走っていた馬たちが外側に移動し始める。最後の直線で追い抜く準備に入ったか。


 これはまずいな。外側を走る馬が増えれば、その数だけ壁となってしまい、余計に外側を走らないといけなくなる。外側を走れば、その分、走る距離が長くなってしまい、余計にスタミナを消費することになってしまう。


「ハルウララ、急げ!」


 もう一度鞭を叩き、彼女に合図を送る。


 使える任意能力アービトラリーアビリティは速度を上げるスピードスターのみ。そしてその発動するタイミングは、最後の急勾配の坂でだ。今のタイミングでは使用するには早すぎる。


『ここで再びハルウララが速度を上げた! ニシノマオ、ウルワシノハナ、シルバーストーン、エイシンウェーブを追い抜き、コパノフウジン、ステキシンスケクンに並ぶ!』


 先頭集団にどうにか潜り込むことができ、どうにか安堵の息を吐く。


 さぁ、ここからが正念場だ。きっと他の走者たちも、最終コーナーを曲がったところで勝負を仕掛けて来るはずだ。


『アストンマーチャン! このまま逃げ切れるか! スタートしてから、1度も先頭を譲っていない!』


 このまま逃げ切り勝ち? そんなことはさせるかよ。きっと他の騎手たちも同じようなことを考えているはずだ。


 勝つのは、俺の愛馬だ!


 最終コーナーを曲がり、坂を下る。だが、そこから一気に高低差2メートルの急勾配の坂が待ち受けている。


 勝負をかけさせてもらう!


 任意能力アービトラリーアビリティ発動! 【スピードスター】


 アビリティを発動させ、ハルウララに鞭を打つ。その瞬間に発動し、ハルウララは勢い良く坂を駆け登った。


『凄い! 凄い! 2メートルもある急勾配なのに、足取りが軽い!』


 予想よりも早く走れることができ、ハルウララは驚きつつも嬉しそうだ。レース前に購入した自動能力オートアビリティ【登山大好きっ子】が発動して上り坂に強くなったからな。それに加え、加速のアビリティも発動している。このコンボで、通常の1.5倍は早く走れるはずだ。


『これは大番狂わせの展開だ! 大穴のハルウララが、アストンマーチャンに物凄い勢いで追いつこうとしている。3番手との距離もぐんぐん開いて行くぞ!』


「追い付いたぜ! アストンマーチャン!」


「そんな! ファイングレインやコパノフウジンではなくって、ハルウララが追い付くなんて!」


 隣に並び、彼女に声をかける。すると、明日屯麻茶无アストンマーチャンは驚いた表情を見せる。


 しかし、直ぐに表情を引き締めた。


「私はこんなところで負ける訳にはいかないの! ダイワスカーレットを倒し、アストンマーチャンを真の3強にしてみせる! アストンマーチャン! 前世でウォッカを脅かした走りを見せてあげるわよ! 名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! 三強の意地ザ・ウィルオブザスリーパワーズ!」


 坂を駆け上がり、最後の直線に差し掛かったところで、明日屯麻茶无アストンマーチャンはアストンマーチャンに鞭を打つ。その刹那、アストンマーチャンは加速し、せっかく縮めた距離を再び引き離されてしまった。


 このままではまずい!

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