第七話 札幌競馬場、メイクデビュー

「茶色の肌に黒いたてがみ、そして短い足と優しい瞳。そしてサンディオの人気のキャラである猫キャラ、ギティちゃんや可愛らしい動物たちで作られたマスク! これってまさかあの伝説の負け馬! ハルウララじゃない!」


 俺の愛馬を顕現させた瞬間、大和鮮赤ダイワスカーレットは驚愕する。だが、直ぐに表情を引き締めると、目尻を上げて俺の方を睨んできた。


「まさか、あなたが複数契約者マルティプルコントラクターだったとは驚きだわ。さすが奇跡の名馬と契約を交わしているだけあるわね。でも、いくらなんでも舐め過ぎじゃないの?」


 どうやら俺がハルウララを顕現させたことで、彼女の怒りを買ってしまったようだ。そして俺のことを複数の霊馬と契約できる者を意味する複数契約者マルティプルコントラクターと勘違いをさせてしまっている。


 でも、別にふざけている訳ではない。本当に俺が契約を結べたのは、ハルウララだけなのだ。


 しかし、この事実を知らされる訳にはいかない。今のところハルウララの他に、トウカイテイオーと契約をしていると思い込んでいるようだし、これを利用するべきだよな。


「別に舐めている訳ではない。俺が複数契約者マルティプルコントラクターだと分かっているのなら、分かるはずだ。最初から切り札を出しては、今後の学園生活に支障を来す。だから、最初は様子見としてこいつを出すのさ」


「でも、いくらなんでも――」


「どうやら俺が言いたいことが分かっていないようだな。なら、直球で言ってやるよ。お前たち程度、ハルウララで十分だ。切り札を使うまでもない」


「何ですって! あんまりあたしを舐め――」


 彼女の言葉を遮って虚言を吐く。すると大和鮮赤ダイワスカーレットは声音を強めて怒り声を出す。だが、そんな中でも彼女の言葉を遮る者が出た。


「あのう。すみません。時間が押しているので、他の皆さんも愛馬を顕現させてください」


 解説担当の虎石だ。彼女はまるで慣れているかのように割って入る。


 彼女の言葉に、他の出場騎手は従い、それぞれの愛馬を顕現させる。


 だが、彼らも俺の言葉に怒りを覚えているようで、口々に俺に対して悪態を吐いているのが聞こえてきた。


「ふむふむ。馬の特徴を見る限り、ビキニボーイ、シェラルーム、ナゾ、コクオー、ヘキラクとカナディアンフェクターですね。分かりました。では、こちらの馬たちは下見所パドックに連れて行きます。皆さん、入って来てください」


 虎石が手を叩くと、扉が開き、厩務員きゅうむいんと思われる人たちが入って来る。そしてその中には、驚くことに、クロの姿もあった。


「クロ、どうして厩務員なんかに?」


「君のレースを手伝おうと思ってね。だから厩務員と整馬係ゲート係を兼任するよ。任せて、ハルウララを必ず良く見られるようにアピールしてくるから」


 クロは片目を瞑ってウインクをすると、ハルウララの手綱を握って部屋から出て行った。


 俺から離れたハルウララは、なんだか寂しそうな表情をしていたが、まぁ、レースが始まればまた会える。


 とにかく俺は、レース開始時間までは英気を養うだけだ。


「それでは、私は戻ってパドックランキングの作成に取り掛かりますので、皆さんは時間までゆっくりしていてください」


 虎石が軽く頭を下げると、彼女は部屋から出て行く。


 そして居心地の悪さを感じる中、時間が過ぎた。レース開始時間が間近に迫り、俺たち騎手はコース手前で控え、下見所パドックから戻って来る愛馬を待つ。


 しばらく待つと、厩務員きゅうむいんに誘導され、愛馬たちがこちらにやって来る。


「クロどうだった?」


「うん、顕現して初めてのパドックだったから、周囲をキョロキョロと見渡していたけれど、歩きも軽やかだったから、それなりに良いアピールは出来たと思う。でも、さすがハルウララだったね。途中から誘導には骨が折らされたよ。飽きた瞬間、テコでも動かないし、我侭お嬢様って感じだった。後は本馬場入場でどれくらいアピールできるかだけど、そこは君しだいだね」


 クロの言葉に苦笑いを浮かべる。やっぱりハルウララの扱いは難しいか。


 生前のハルウララは飽きっぽく、それに加えて臆病で我侭だ。彼女がレースで負け続けた理由の一つが、レースに飽きて走ることを放棄したのが原因とも言われている。


 今回のレースも、それが起きる可能性が高い。上手く誘導させられるかどうかは、俺次第と言ったところだ。でもまぁ、霊馬となって一応意思疎通ができるようになった。


 上手くコミュニケーションが取れれば、どうにかなるだろう。


「それじゃ、そろそろ行くか」


 俺はハルウララに騎乗し、コース内の芝へと移動する。


 本馬場入場の曲が耳に入る中、俺は跨っている足に力を入れ、ハルウララに軽く走るように指示を出す。すると、その合図を受け取った彼女は軽く走り出し、芝の上を駆け抜ける。


『さぁ、次に入って来ましたのは、8番ハルウララ。生前1勝も出来ずに高知競馬場の救世主となった牝馬です。霊馬となって初の芝ですが、果たして初勝利になるのか! パドックランキングは最下位の8番、倍率オッズの方は158倍となっている大穴です』


 芝の上をハルウララに跨りながら駆けていると、実況担当の中山の声が耳に入ってきた。


 ハルウララの人気は最下位か。まぁ、負け馬として名を馳せているからな。どうやっても、他の馬が勝つと思ってしまうのだろう。


『続いて紹介するのは5番、ダイワスカーレット。2冠牝馬の実力は伊達ではない。優雅に可憐に大胆に、霊馬となっても可憐な走りで他の馬を引っ張って行くでしょう。俊足の走りが再び大輪の花を咲かせます。パドックランキングは1番人気、倍率オッズの方は1.3倍となっています』


 ダイワスカーレットの本馬場入場と共に、観客たちの声援が更に大きくなる。


 流石2冠達成馬だけあって、人気は高いな。それに実力もある。やっぱり、油断の出来ない相手だ。そして霊馬となって初めてのレースだと言うのに、落ち着いていやがる。それに引き換え、俺の愛馬ときたら。


『うわー! 本当に芝の感触がする! 凄い、凄い! 本当に競馬場を再現しているんだ! 私が生きていた時代と比べて、人間は進歩しているんだ! すごーい!』


 このように辺りを見渡せば、まるで子供のように目を輝かせて色々なものに興味を示す。


「落ち着け、そんなにはしゃいだら、レースを始める前に疲れてしまうだろうが。興奮する気持ちは分からなくもないが、今はあんまりはしゃぎすぎるな」


 彼女の頭やたてがみを撫で、落ち着くように語りかける。


『あはは、騎手から頭を撫でられるのも懐かしいな。生前を思い出すよ。ねぇ、もっと頭を撫でて』


「はい、はい」


 頭を撫でるように要求され、俺は彼女の頭やたてがみを撫でる。


 そして本馬場入場が終わると、他の騎手たちは興奮した馬たちを落ち着かせるために、ポケットと呼ばれる屋根付きの場所へと移動し、その中でぐるぐると回り出す。


「俺たちもポケットに入るか」


 ハルウララをポケットへと誘導させ、彼女の昂った気持ちを一旦落ち着かせる。


 だが、クロの言った通り、ハルウララの我侭お嬢様ぶりがここで発動してしまった。


 最初の5周くらいは普通に歩いてくれていたのだが、10周目くらいになると、次第に歩く速度を遅くしてしまう。


『ねぇ、いつまでこんなところをぐるぐるしないといけないの? 私飽きちゃった。芝のコースに戻りたいよ』


「頼むから、もう少しだけ我慢してくれ。時間になったら芝のコースに戻れるから」


『私我慢するの嫌い! もう歩きたくないよ』


 彼女の言葉に頭を抱えたくなる。


 噂には聞いていたが、まさかここまでとは。いくら飽きっぽくっても、度が過ぎないか。


「あと、もう少しだから。後もう少ししたら、レースの時間になるから。だからもう少しだけ待ってくれ。そしたら思いっきり走らせてやるよ」


『本当に? なら、後少しだけ我慢してあげる』


 どうにかポケット内を歩いてくれることになり、安堵の息を吐く。


 全く、面倒臭い霊馬と契約したものだ。


 それから他の馬たちに迷惑をかけない程度の速度で歩かせながら、レースの出走時間が近づくと、ようやくポケットから出て芝のコース内に戻る。


『やったー! 早くゲート内に入ろうよ』


 早くレースをしたいのか、ハルウララは一番にゲートに入ろうとする。だが、俺は手綱を握って彼女を操作し、足を止めさせた。


『どうして邪魔をするの?』


「邪魔じゃない。順番待ちだ。ゲート入りは奇数番号の早い順番から入る。俺たちは8番だから、最後だ。生前の時もそうだっただろう?」


『そうだったけ? 大昔のことだから、覚えていないや』


 頭の角度を変えて首を傾げるハルウララの立髪を撫でて落ち着かせる。すると、今度は整馬係ゲート係となったクロが俺たちのところにやって来る。


「お待たせ」


「いや、まだ枠入りの順番が来ていないから大丈夫だ」


 他の馬たちがゲート入りをしていると、実況席から実況担当の中山と、解説担当の虎石の声が聞こえ、そちらに顔を向ける。


『それでは、ゲート入りが完了するまで、もう少し時間がかかりますので、このコーナーに行きましょう。中山と!』


『トラちゃんの!』


『『馬券対決!』』


 馬券対決か。まぁ、このレースを見に来ている生徒たちは、自分の所持しているポイントを増やすために来ているからな。本当の競馬みたいに、ちょっとした賭け事はするか。


『では、中山の方からどうぞ!』


『私はもちろん、ダイワスカーレットの単勝ですね! 単勝と言うのは、1着を当てる馬券のことです。ダイワスカーレットの倍率オッズが1.3倍なので、100ポイントで馬券を購入した場合、ダイワスカーレットが1着となれば、130ポイントが返って来ます。では、トラちゃん。どうぞ』


『はい、色々と悩みましたが、やはり私も人気の高いダイワスカーレットにしました。私の方は、単勝ではなく、応援馬券にしました。こちらの場合、単勝と複勝の2つの効果を持ちますのでお得です。複勝と言うのは、勝って欲しい馬が3着以内でゴールした時に、払い戻しが発生します。初心者の方は複勝で購入するのがおすすめですが、複勝の場合は払い戻し金額が3分の1にまで減少してしまいますので、ご注意くださいね!』


『トラちゃんありがとうございます。さぁ、会場の皆さんもご参考にしてはいかがでしょうか? おっと、このコーナーをしている間にも、6番のナゾがゲート入りを完了されました。まもなく、レースが開始されますよ』


 2人の馬券対決と言う名の時間稼ぎをしていると、ついに俺たちがゲート入りをする時間となる。


 クロがハルウララを引っ張り、ゲート入りを済ませると、後の扉が閉められ、ゲート入りを完了する。


「このあたしを舐めてコケにして。絶対に許さない。このレースに勝って土下座させてやる」


 5番ゲートにいる大和鮮赤ダイワスカーレットの独り言が聞こえてきた。


 よし、どうやら上手く爆弾を仕込めたようだな。後は爆発するのを待つだけだ。


「さぁ、行くぞ。ハルウララ」


 愛馬に声をかけた瞬間、ゲートが開く。




人気順         倍率

ダイワスカーレット   1.3倍

ビキニボーイ       2.3倍

ナゾ           2.8倍

ヘキラク         5.6倍

カナディアンファクター  10.9倍

シェラルーム       13.1倍

コクオー         32倍

ハルウララ        158倍






最後まで読んでいただきありがとうございます。

お知らせと言いますか、この場を借りて感謝のお言葉を申し上げます。

この作品の

『追放騎手の霊馬召喚〜トウカイテイオーを召喚できずに勘当された俺は、伝説の負け馬と共に霊馬競馬界で成り上がる!』

ですが、本日SFランキング92位を達成することができました。

初投稿から1週間でジャンル別ランキング100位以内に入れましたのも、評価やレビューを書いて下さった方、フォローをして下さった方、そして今も読み続けて下さっているあなたのお陰です。

本当にありがとうございます。この順位に満足することなく更に上を目指せるように頑張って行きますので、今後も宜しくお願いします。

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