第八話 レース出走

 最後の俺たちがゲート入りを完了したその数秒後、ゲートが開き、ハルウララに走るように合図を出す。


『さぁ、ゲートが開きました。バラツキのあるスタートです。おっと、ダイワスカーレットがスタートダッシュに失敗した! これは珍しい!』


『初めての霊馬競馬と言うこともあり、騎手との呼吸が合わなかったのでしょうか?』


 ダイワスカーレットのスタートダッシュ失敗に、実況の中山と解説の虎石が驚きと困惑の声を上げた。


 しかし、彼女たちがスタートダッシュに失敗した真相を俺だけが知っている。


 爆弾を仕込んだが、上手く起爆してくれたな。


 ライバルのスタートダッシュを失敗させたことで、俺は口角を上げる。


 別に本物の爆弾を仕込んだ訳ではない。言葉の綾だ。ダイワスカーレットはゲート入りが苦手だったと言う逸話を利用し、俺は敢えてわざと大和鮮赤ダイワスカーレットを挑発した。


 そのお陰でプライドを傷つけられた彼女は、俺に対しての怒りで冷静さを欠いていた。そのことが原因で、彼女はダイワスカーレットがゲートに触れていることに気付かなかった。その結果、極度の緊張で自身を制御できなかったダイワスカーレットは、錯乱状態に陥り、ゲートが開いた後も、直ぐにダッシュすることができなかったと言う訳だ。


 スタートダッシュを失敗させたことは大きい。


 さて、次はスタミナがないハルウララを、どうやってこのレースに勝たせるかだが、ここは他のやつらと同様に、内側を走らせるか。


『スタートと同時に霊馬たちが一斉に内側へと走って行きます』


『外側を走れば走るほど、走る距離が長くなってしまいますからね。なるべく余計なスタミナを消費させないためにも、内側を走るのは定石です』


『ここで先頭ハナを奪ったのはビキニボーイ! そしてナゾが追いかける! その後にヘキラク、シェラルーム、コクオー。ここでカナディアンファクターが追い付いてきた。2馬身離れてダイワスカーレットとハルウララ!』


「どうした? あのダイワスカーレットが、ハルウララと同じ最後尾だなんて笑ってしまうな」


「ふん、言いたいことはそれだけ? 誰が最弱馬と一緒ですか。見ていなさい。これが、ダイワスカーレットの走りなんだから!」


 挑発した瞬間、大和鮮赤ダイワスカーレットは持っている鞭をダイワスカーレットに当て、合図を送る。その瞬間、彼女の走りが一気に変わった。


 物凄いスピードで速度を上げ、前方を走っている馬を外側から追い抜いて行く。


『ここでダイワスカーレットが仕掛けてきた! まるで後方に居たのはハンデだと言いたげに加速して来る! グングン追い抜いて先頭ハナを走っているビキニボーイに追い付いた!』


『凄まじい末脚です。これはダイワスカーレット関連の名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースを使われたのでしょう。先頭への拘りが、彼女の足の筋肉に影響を及ぼしていそうです』


 およそ10馬身ほど離れている距離リードを、ほんの数秒でダイワスカーレットは差し返した。


 普通の走りでは、あそこまでの瞬足はできない。必殺技とも言える名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースを使用したと思って良さそうだ。


 ダイワスカーレットが見事な末脚を見せる。きっと、観客席では盛り上がっているだろう。


 これで、ダイワスカーレットは必殺技を使うことはできない。残された任意能力アービトラリーアビリティを使用するくらいだ。


『さぁ、第2コーナーを曲がりまして、向こう正面バックストレッチを走ります。現在ダイワスカーレットが僅かにリードか。いや、ここで徐々に前に躍り出てきた! ビキニボーイを完全に追い抜き、先頭を走ります』


 ダイワスカーレットが先頭に出た。でも、その後続の馬群たちは固まっている状態だ。彼女から一気に離された形となってしまったが、まだ焦る段階ではない。


『先頭はダイワスカーレットのまま、ビキニボーイが追いかける展開となっています。そしてその後をマークするかのように、シェラルームとナゾが控えています。そこから2馬身ほど離され、ヘキラクとカナディアンファクターが競っているぞ! 最後に先頭集団の競い合いを後方から眺めるようにして、5馬身の開きでポツンとハルウララが追いかける!』


『ハルウララは元々が芝に適性がありません。ここまで走ってこられているのは、芝の適性を上げて来ているからなのでしょうが、気になる開きとなっていますね』


 実況と解説が言う通りだ。まだレースも序盤から中盤に差し掛かったところ。本来なら焦る段階ではない。先程までそう言っていたが撤廃だ。7位のカナディアンファクターと5馬身も差を開かれてしまった。ここは早めに仕掛けた方が良いかもしれない。


「ハルウララ、速度を上げてくれ」


 片手で手綱を握りながら、利き手に持っている鞭でハルウララを叩き、加速の合図を送る。


『ここでハルウララが速度を上げて来た! 速度を上げ、5馬身差だったのが、1馬身差まで縮んだ! しかし、先頭ハナを走るダイワスカーレットとは、まだ6馬身程差が開いている』


 任意能力アービトラリーアビリティなしでここまで距離を縮めることができたのは大きい。だが、このままでは最下位のままゴールすることになる。そろそろ、加速のアビリティを使って中段まで上り詰めるか。


 思考をアビリティに割いていると、第3コーナーに到達していた。


 ここからが高低差70センチの坂を駆けて行く。愛馬の負担は更に強まる。


『ここで勢い良く坂を登ってきたのはコクオーだ! 勢い良く坂を駆け上り、ナゾを追い抜く! しかし、シェラルームには届かない!』


 どうやら、終盤が近付いてきたことで、他の騎手たちはアビリティを使い始めたようだ。だが、ハルウララにセットしているアビリティに、坂関連のものはない。ここは大人しく様子を伺うべきだろう。


『ダイワスカーレットとビキニボーイ以外は混戦状態だ! 激しいデットヒートを繰り広げ、次々と順位が入れ替わって行く! そんな中、ハルウララは後方でポツンと走り続けているぞ!』


 実況担当の中山の声が聞こえて来る。このままではまずい。早く何とかしないと。でも、現在使える加速のアビリティはひとつだけ。使うタイミングを誤れば、このまま最下位となってしまう。


『下り坂となり、先頭のダイワスカーレットが第4コーナーを曲がって行く! このまま人気に応えて、ダイワスカーレットが勝つか! 観客席側ホームストレッチが近付き、観客たちも熱い声援を送っているぞ!』


 もう直ぐダイワスカーレットが最後の直線に差し掛かろうとしている。このままでは本当にまずい。


 どうにかして開いた距離を縮める方法を考えていると、ハルウララに異常が起きた。


 次第に速度が遅くなり、どんどん7番手とのリードを広げられて行く。


 カナディアンファクターが任意能力アービトラリーアビリティを使用してデバフをしたのか? いや、ハルウララと俺の呼吸にはバラツキがない。かかってはいない状態だ。それに最後尾を走る俺たちにデバフを使う意味がない。


 と言うことは、考えられることは……。


「なぁ、ハルウララ? まさかとは思うけど、このレースに飽きたなんて言わないよな?」


『あれ? 良く分かったね。うん、その通りだよ♪ もう走って満足しちゃったし、このまま走っても、どうせ負けは決まっているし、頑張る必要はないよね♪』


 ハルウララ特有のバッドステータス『飽きちゃった』が発動してしまった!

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