第五話 学園レースは札幌競馬場にて
「あたしと勝負をしなさい!」
入学式初日、俺はクラスメートの
「勝負だって! どうしていきなり君と勝負をしないといけないんだ。俺には君と勝負をする理由がない!」
「あなたにはなくても、あたしにはあるわ。あたしはあなたの真名を知っている。あなたほどの名馬と同じ馬を倒せば、あたしの目標に一歩近付けるわ。だから勝負よ! もちろん、断らないわよね。逃げれば、あなたの名と名馬に傷を付けることになるわ」
例え、臆病者の烙印を押されようと、無意味にレースをするのは良くない。
断ろうとすると、
取り出して画面を確認する。
『レース勝負を申し込まれました。承認しますか?』
画面にはレースを承認するかどうかの画面が表示されていた。
画面には承認と拒否の選択肢がある。当然、レースに参加するつもりはない。なので、拒否の項目をタップする。
しかし、何故か反応しなかった。接触が悪いのだろうか? そう思ってもう一度押してみるも、反応しない。
更に画面にはカウントダウンのようなものが始まっており、時間経過と共に数字が減っている。そして注意事項のようなものが小さく載っていた。
『時間以内にどちらかの選択肢を押さなければ、自動的に承諾することになります』
その文字を見た瞬間、俺は心の中でふざけるな! と叫びたい衝動に駆られた。
いったいどうなっているんだ? 拒否を押しても反応しない。
力強く押してみても、デバイスは反応を示さない。
「待ってくれ。俺のデバイスはどうやらこわれ――」
画面を見せておかしなことになっていることを告げようとした瞬間、カウントダウンの数字が0になった。
「散々待たせた結果、レースを承諾したようね。まぁ、妥当でしょうね。ここで逃げるようでは、あなたとあなたの愛馬の名に傷を付けることになるのですもの」
「いや、違う。俺はレースなんか――」
「同意がありました!」
デバイスに不具合が起きていることを告げようとしたその時、教室の扉が勢い良く開かれ、2人組の女子生徒が入ってきた。
突然の来訪者に、クラスメートたちは驚き、彼女たちに視線を向ける。
「あ、皆さん驚かせてしまいましたね! 私は放送部、解説担当の虎石です。皆さん、トラちゃんと呼んでください!」
「同じく、放送部の実況担当の中山です」
一人は落ち着きがないのか、元気良く自己紹介をしており、もう一人は冷静な口調で自信の名前を告げる。
「放送部はレースの運営の一部を任されています。同意があればどんなところだって即参状! 同意がありましたので、こちらの教室にお邪魔しております」
突然の来訪理由を語ると、虎石と名乗った放送部の女の子は、右手を上げる。
「ではでは、早速レース内容を見ていきましょう! レース参加者は、お手元のデバイスをご覧ください!」
デバイスを見るように促され、困惑しながらも画面を見る。すると、スロットの画面のように、複数の言葉が次々と入れ替わっていく。そしてその数秒後、レース会場の名前、レース名、走る距離、そしてコースの状況などが順番に止まって行く。
「決まりました! レース会場は札幌競馬場! メイクデビュー! 芝1500メートルのマイル戦! 右回り! 馬場状態は良!」
「それでは、1時間後に第一レースが始まりますので、準備が出来次第、レース場へと起こしください」
「トラちゃんと中山による馬券対決のコーナーもお楽しみに! バイバイ!」
虎石と名乗った女の子は元気に手を振り、中山と名乗った女の子は丁寧にお辞儀をすると、教室から出て行った。
「それじゃ、あたしは先に行っているから。遅れないように来なさいよね」
時間厳守でレース場に来るように釘を刺すと、
「て、帝……奇跡の名馬どうしちゃったの? 入学早々にレース勝負を受け入れるなんて?」
どうしてこうなったのかが分からずに、未だに困惑し続けていると、クロが近付いて声をかけてくる。
「俺にも分からない。あいつからレース勝負を挑まれて、拒否をしようとした。だけど、なぜか拒否ができないようになっていたんだ」
「デバイスの故障? でも、例えトラブルだったとしても、レースに参加することになった以上はレースに参加しなければならない。もし、レースに参加しなければ、ペナルティが付けられてしまうよ」
「マジかよ」
どうしてこうなってしまったのか分からないが、今はデバイスの故障だと言うことにするしかない。
「とにかく、ここでは他の人に聞かれてしまうよ。作戦会議をする必要があるし、人気のない場所に移動しよう」
「そうだな。確かにここでは作戦を立てるどころではないな」
教室には、まだクラスメートたちがいる。こんなところで作戦会議をしては、自分の真名がバレる可能性がある。
クロが俺の腕を引っ張り、教室から出て行く。
彼女が連れて来た場所は、校舎裏だった。
校舎裏には人気を感じられず、俺たち以外の姿は見当たらない。
「良かった。誰もいない。学園の下見に来た時も誰もいなかったから、もしやと思ったけれど、正解だったみたいだね」
誰もいないことに安堵したようで、クロは握っていた俺の腕を離すと、くるりと踵を返してこちらを見る。
「まずはレース内容を整理しようか。場所は札幌競馬場の1500メートルの右回りだったね。つまりはこんな感じだよ」
クロは落ちている木の枝を拾うと、地面に競馬場のコースを描く。
「1500メートルと言うことは、左下からの出走となるね。コースはほぼ平坦で、丸っこい形が特徴になるよ。そして第2コーナーから第3コーナーにかけて、高低差70cmの坂があるから。そして坂を越えたら、第4コーナーの手前のこの辺りがゴールになる」
コースを描き終わった後、木の棒を使って説明しながら動かし、どのような流れになるのかを伝えてくれた。
「コースの理解はできた?」
「ああ、実際に走ってみないと、細かいところは何とも言えないが、理解はできた」
「それじゃ、次はアビリティだね。霊馬を使った霊馬競馬、大昔にあった競馬とは違って霊体を現世に顕現させて行うレース。だから霊馬にはアビリティを使用することができる。アビリティには2種類があるんだ」
そう言うと、クロは人差し指を上げる。
「一つ目はオートアビリティ。レース開始直後に自動的に発動するアビリティだよ。距離適性を上げたり、馬場状態の適性を上げたり、脚質適性を上げたりするものが多い。そして2つ目」
今度は中指を伸ばしてVサインを作る。
「2つ目はアービトラリーアビリティだね。その名の通り、任意で発動できるアビリティ。こっちは速度アップや、相手の馬と騎手の呼吸をバラバラにしてかかった状態にさせるデバフ系などを使うよ。どっちにしても、タイミングが勝利の鍵を握るから、扱いは難しいね。そして、どちらのアビリティにもレア度を示す星があり、星の数によって、効果の大きさが違ってくるから」
2種類のアビリティの説明をした後、クロは自分のデバイスを取り出すと、俺に見せながら操作を行った。
「このアプリには、レースに使うアビリティを登録できるよ。そして、登録できるアビリティは全部で5つ。そしてアビリティのレア度は最大で星3までだから。帝王の愛馬はハルウララだから、芝の適性を上げるアビリティが必要だね」
「そうだな。ハルウララは芝の適性がGだ。だから、このまま芝のコースを走らせても勝ち目がない、それにマイル適性はBだった」
信頼できるクロに、ハルウララの適性を正直に話すと、彼女は苦笑いを浮かべた。
「芝の適性がGか。それはキツいね。星1つに対して適性がワンランク上がるから、レースでいい勝負をするには、芝の適性を6つ上げる必要があるよ」
マジかよ。
彼女の言葉を聞き、頬を引き攣る。
芝の適性を上げるのに星が6ついる。つまりは適性をAにしなければ、まともな勝負ができないことを表している。
アプリに登録できる枚数は全部で5つ。つまり、全ての枠を芝適性アップにしても、星1つではBまでにしか上げることができない。
それに、相手はあのダイワスカーレットだ。芝の適性を上げただけでは、絶対に勝てない。何せハルウララは、生前1勝もできなかった負け馬だ。
ダイワスカーレットに勝つには、芝の適性をAにした上で、他にもサポートできるアビリティを持っておく必要がある。
どうしたものかと悩んでいると、デバイスにメッセージ画面が表示された。
『クロ様からプレゼントが送られました。受け取りますか?』
「今、帝王に私のいらないアビリティを送ったから、それをセットして」
どうやらクロが俺に何かのアビリティを送ってくれたようだ。俺はメッセージを開くと、内容を確認する。
画面が切り替わり、送られたアビリティの内容が表示されていた。
芝適性星2が3つ。マイル適性星1が1つ。スピードスター星1が1つ。
「こんなに貰っていいのか?」
「うん。お父さんから入学祝いとして貰ったアビリティの使わないものをあげただけだから、気にしないで。それに帝王が負けては、幼馴染として、私が恥ずかしくなってしまうもの。だから帝王には絶対に勝ってもらわないと」
「ありがとう。お前の気持ちが篭ったこのアビリティで、絶対にダイワスカーレットに勝ってみせる」
彼女に礼を言うと、貰ったアビリティをセットする。これでハルウララの芝の適性とマイル適性はAになった。
「これでレースの準備はあらかたできたかな。後はダイワスカーレット対策に付いて考えようか。相手を知り、己を知れば、百戦危うからずってね」
片目を瞑って、クロはウインクをする。
確かに、相手のことを知ることは大事だよな。
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