第四話 学園長

 学園長の挨拶の時間となり、1人の女性がステージに上がる。


 茶髪の髪をゆるふわ縦ロールにしている女性だ。女性にしては背も高く、そして出るところは出て、引っ込むべき場所は引っ込んでいる。なので、プロポーションは素晴らしい。


 学園長の登場に、入学式に参加している男子新入生たちが騒めく。


 彼らが小声で学園長の容姿を誉める内容を口走っていると、隣に座っているクロから視線が注がれているような気がした。


 気のせいだよな? なんかクロから変な視線を向けられている様な気がするのだが。


 左を向いて確かめたいが、そんなことをする勇気が持てなかった。


 とにかく学園長の話に集中しようと前をひたすら見ていると、更にクロからの視線が強まった様な気がした。


「帝王のスケベ」


「これだから男と言う奴は」


 小声で漏らすクロに続いて、大和鮮赤ダイワスカーレットも言葉を漏らすも、何故か俺に対して言っている様な気がした。


 確かに学園長は、男から見たら魅力的に映る様な容姿でスタイルも良いが、別に俺はいやらしい目では見ていないからな。冤罪だ。


 両サイドから変な視線が突き刺さる中、俺は学園長の言葉に耳を傾ける。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。わたくしはこのトレイセント学園の学園長を務めさせて頂いております。名前を丸善好マルゼンスキーと申します」


「マルゼンスキーって、スーパーカーと呼ばれた名馬じゃない」


「あまりにも早すぎる走りに、出走を取りやめる馬主が続出して、レース出走不成立を引き起こした伝説持ちの名馬。そんな名馬と同じ名前持ち、学園長の名は伊達ではないですね」


 学園長が真名を明かすと、大和鮮赤ダイワスカーレットとクロが学園長と同じ名馬の話を漏らした。


 簡単に真名を明かしてクロたちが臆すとなると、相当強力な馬なのだろう。


「西暦3023年となった現代ですが、今から200年程前、全世界で馬のみに感染し、そして死に至らしめる病が流行しました。それからたった1年で馬と言う生物は絶滅しました。馬を愛する愛好家、競馬関係者、騎手は嘆き、どうにか復活できないかと試行錯誤をした上で完成したのが、皆さんもご存知の通り、霊馬召喚システムです」


 学園長は落ち着いた口調で、この世界のことを語り出す。


「霊馬召喚とは、あの世とこの世を繋ぎ、馬たちの魂を現代に呼び寄せ、実体化させるシステムです」


 霊馬召喚システムって確か、魔法陣のような装置を使うことで、素粒子にヒッグス粒子を纏わりつかせ、質量を生み出す。その素粒子たちを集めて物質を構成し、馬の形を型取って再現することで、仮初の肉体を作る。そしてそこに名馬の魂を入れることで、霊馬を顕現させることを可能にしたシステムだったよな。


「このシステムのお陰でこの世に再び馬が復活し、馬の霊、霊馬となって競馬をすることが可能となりました。これが、霊馬競馬と霊馬騎手の誕生となります。この学園は人馬一体となれるような、霊馬騎手を育てる学園です。皆さんも、ご先祖様たちの努力に報いられるような、素晴らしい霊馬騎手となってください。わたくしからは以上です」


 簡潔に終わらせると、丸善好マルゼンスキー学園長は軽くお辞儀をしてステージから降りる。


 すると、新入生たちは拍手をしたが、まるで素晴らしい催しを見たかのような拍手喝采となった。しかも特に男子生徒が拍手に熱が入っているかのように感じられる。一応ここで拍手をしないのは、空気を読んでいないような気がしたので、軽めに拍手をする。


 学園のトップの話は長く詰まらないもの。そう思っていたので、ある程度は覚悟してはいたが、まさかここまで早く挨拶が終わるとは思ってもいなかったな。


丸善好マルゼンスキー学園長、ありがとうございます。では、新入生代表、可憐なる貴族さん。お願いします』


 可憐なる貴族? きっと二つ名だろうが、良くそんな名前にしたな。


「はい!」


 そんなことを思っていると、隣に座っていた大和鮮赤ダイワスカーレットが立ち上がり、ステージへと向かって行く。


 お前だったのかよ!


 つい、心の中で大声を上げてしまった。まさか、知り合った女性がそんなにネーミングセンスがないとは思っていなかった。


 ダイワスカーレットなら、もっとマシな二つ名とかあっただろうに。桜の女王とか、ダブルティアラとか。


 苦笑いを浮かべつつ、内心でそのようなことを思っていると、大和鮮赤ダイワスカーレットはステージに上がり、新入生代表の挨拶を始める。


 彼女の挨拶が終わると、俺も含めて新入生が彼女に拍手を送る。だが、丸善好マルゼンスキー学園長の時と比べると、拍手の大きさが小さいように感じた。


 その後、入学式は滞りなく終わり、俺たちは自分のクラスへと誘導され、席に座らされる。


「では、皆さんの担任となりました。愛馬手綱あいばたづなと申します。卒業まで宜しくお願いしますね」


 俺の担任となる教師が教卓に立つと、自己紹介を始めてきた。


 ロングの黒髪をポニーテールにしている女性だ。キッチリとしたスーツ姿で元気にハキハキと言葉を捲し立てる。


 名前に関しては、別に競馬馬ではなかったが、全員が競馬馬の名前を付けられる訳ではない。だから特別に変な感じではない。


「それでは、私が自己紹介をしたところで、皆さんも自己紹介をお願いします。では、廊下側の前の席の人からお願いしますね」


 自己紹介となり、クラスメートが次々と自己紹介をするも、全員が二つ名で名乗っていた。


 やっぱり、簡単に真名を明かすのは良くないらしい。


「では、次の方」


「はい」


 大和鮮赤ダイワスカーレットの番となり、彼女が立ち上がる。


「新入生代表でも挨拶したように、あたしは可憐なる貴族よ。この学園のトップとなる霊馬騎手を目指すわ。そのためにも、どんな強者が相手でも、可憐な走りで勝利を掴んでみせる」


 自己紹介をしながら、大和鮮赤ダイワスカーレットがチラリと俺のことを見たような気がした。


「可憐なる貴族さん、ありがとうございます」


「可憐なる貴族ってなんだよ」


「くそう。真名がわからねぇ」


「新入生代表やるな。あんなんじゃ愛馬を特定できないじゃないか」


 大和鮮赤ダイワスカーレットの挨拶を聞いて、クラスメイトたちが頭を悩ませる。


 あいつ、これが狙いだったのか。確かにあんな二つ名では、自身の使用する愛馬が特定されにくい。もっとマシな二つ名があるだろうがと思ってしまったが、ちゃんと計算された上でのあの名前だったのか。


「では、次の方」


 再び自己紹介が行われ、ついに俺の番となり、担任教師から指名される前に立ち上がる。


 さて、俺の二つ名は何にしようか?


 頭を使って特定されにくいような二つ名を考えてみるも、中々良いアイディアが浮かばない。まぁ、別に特定されても良いか。どうせ、俺の愛馬はトウカイテイオーではないからな。


「俺の名は奇跡の名馬だ。宜しく」


 特に何か言いたいことがある訳でもなかったので、名前だけ告げて着席した。


「奇跡の名馬か。奇跡……奇跡……ミラクル! ヒシミラクルか! いや、ケイエスミラクルの可能性も」


「そのまま奇跡と考えて、フジキセキの可能性もあるな。あ、キセキノホシと言う可能性もある。候補が多すぎて絞りきれねぇ」


 どうやら奇跡の名馬と言ったことで、名前にキセキやミラクルがつく名前ではないかと思われたようだ。


 思っていたような結果ではなかったが、まぁ、結果オーライってことにするかな。


「ありがとうございます。では――」


「はい、はーい! 私ですね! 私の名前はクロって言います! お祭り娘でも良いですよ! 大好きなものは、お祭りなどの賑やかな行事です! 皆さん仲良くしてください!」


 俺の後の席に座っているクロが立ち上がり、自己紹介を始めた。


「クロ? お祭り娘? 黒い肌をした馬ってことか? それにお祭りってことはマツリダゴッホ? いや、肌の色が違うな。マツリダの名前に黒い馬っていたっけな?」


 クロが自己紹介をすると、再び考察タイムが始まる。


 そう言えば、昔からクロのことはクロと呼んでいたから、俺も彼女の真名を知らない。まぁ、彼女と競うようなことは多分ないと思うし、別に気にする必要はないか。


 その後も順番に自己紹介が行われ、クラス最初の挨拶は終わる。


「では、続いて、この学園で生活を送る上で、大事なデバイスをお渡しします。無くしたら再手続きに時間が掛かりますので、無くさないようにしてください」


 担任の教師の手綱からデバイスを受け取り、彼女の指示通りに起動をする。するとスマホのような画面が現れ、いくつかのアプリが表示された。


「このデバイスには、個人情報が多くあります。学園内で使用できる電子マネーの支払いや、レースで使用する際のアビリティの管理、愛馬のステータスなども確認できます。なので、無くさないようにしてくださいね」


 先生の言葉を聞きながら、周囲に見られないようにしつつ、試しにアプリを起動してみる。すると、愛馬のステータス画面では、俺の愛馬であるハルウララの名前や、現状のステータスが表示されていた。


 確かに、これが第三者の手に渡ってしまっては、二つ名を使っている意味がなくなる。


 ハルウララの画面を見て、俺は小さく息を吐く。


 それにしても、本当にハルウララは弱いな。芝適正G、ダート適正A、短距離A、マイルB、中距離G、長距離GスピードF、スタミナG、パワーG、根性F、賢さGって。


 ステータスの他にも、馬に関する伝説に因んだ名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースや名馬特有のバットステータスなんてものも表示されている。因みにハルウララのバッドステータスは『レースに飽きちゃた』だ。


 ある程度デバイスを確認した後に、俺は胸ポケットにデバイスを仕舞った。


「では、今日は入学式なので、この辺で終わりにします。では、また明日から色々なことを学んでいきましょう。皆さん、寮の場所はご存知ですよね。分からない人は、後で職員室に来てください」


 担任の教師が教室から出て行くと、教室内がざわめく。それぞれ友達を作りに話しかけたり、ぶつぶつと何か独り言を漏らしながら、ノートに何かを書いていたりしていた。


「さて、俺も早速寮に向かおうかな」


 教室から出ようと椅子から立ち上がる。すると、大和鮮赤ダイワスカーレットが俺のところに来た。


「東海てい……ゴホン。奇跡の名馬、あたしと勝負しなさい!」


 入学早々、俺は新入生代表から勝負を挑まれた。

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