愛され嫌われ呪われ勇者、その旅立ちを見送った男

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

愛され嫌われ呪われ勇者、その旅立ちを見送った男

 その日、勇者は魔王退治へと旅立った。

 勇者の去った村で、村長の老人は空を見上げ、つぶやいた。


「行ってしもうたか……さみしくはなるのぅ……」


 その横で、孫の少年は涙を流した。


「なんで、おねえちゃんが、魔王となんて戦うんだよ……

 魔王は強くて無敵で最強で、しかもおねえちゃんは、みんなが祭り上げただけで、勇者の血筋でもなんでもないじゃんか……!」


「仕方ないのじゃよ」


 村長は空を見上げたまま、遠い目をした。


「彼女はみなから愛されておった……ゆえに嫌われておった……

 彼女自身は純粋無垢じゃというのに、その呪われた体質ゆえに、多くの人間を闇に堕としてしもうた……

 ワシの息子、すなわちおまえの父親も……知っておるじゃろう、彼女の呪いにやられ、家にいられんようになってしもうた……」


 そして村長は、なかば無意識にふるえる親指を口元にやって、くちびるで噛んだ。


「そしてワシ自身も……元百戦錬磨の冒険者じゃったワシでさえも、彼女の呪いにむしばまれて……もはや人の道を歩むことも、できんかもしれんのじゃ……」


「だから、おねえちゃんを勇者だなんて言って、出ていかせたのかよ……!」


「そうじゃ」


 村長はうつむいて、その表情に影を落として言った。


「魔王は世界の危機かもしれんが、彼女の存在は村の危機、ごく身近な危機だったのじゃ……

 魔王の元にでも行かせ、そこでやられてしまうくらいの方が、ワシら村人にとってはマシなんじゃよ……」


 それから、ふっと自嘲の笑みをひとつ。


「まあ、直接ワシらで手を下したりせず、おだてて勇者に祭り上げて旅立たせるあたり、いまだ彼女に嫌われたくないと思っとるんじゃろうがのう……」


「なんだよ、それ……ふざけんなよ……」


 孫は涙を流しながら、ぎりぎりと歯を噛みしめた。

 村長は自分をなぐさめるように、なかば独り言のように言った。


「それに……もしかしたら。彼女のあの、忌まわしくも心奪われる呪われた体質ならば……

 本当に、魔王を下して、生きて帰ってくるかもしれんのう……」


「そんなわけねーだろ!!」


 孫は涙をまき散らしながら顔を上げて、村長に怒鳴った。


「いったいどうやったら!! 絶対無敵の最強魔王に!!

 おねえちゃんのあの体質、

『身長低くて年下だけど包容力があっておっぱい大きいせいで大人の人にバブみを感じさせて思わず『ママ……』と口走らせてしまう』

 で生き残れるっていうんだよォォーー!!」


 この後普通に生き残って普通に帰ってきた。

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