三、氷面鏡
日一日と春が近づいていた。まだたっぷりと積もったままの雪に明るい陽が差し、山は真っ白に輝いた。
私は木立の生い茂る森深くへ逃れていた。眩しい光は好かなかった。
森はしんと静かで、鳥のさえずりひとつない。そこに、ほんの小さな湖があった。ほとんど一年中凍りついているような湖だが、夏の僅かな間だけ美しい
私はその湖面の真ん中へ立った。考えてみれば、いままでに自分の顔を気に留めたことなどなかった。もとより人への怨念から生まれた物の怪だ。さぞや
私はひとつ呼吸をおいて、足元に映るものをそっと覗き込んだ。
「ええい、
私は湖の淵の大きな岩の前へ立った。吹き付けた雪に覆われたその岩は、一面が立て板のように真っ直ぐ平らで、正面から見るとまるで雪の中に分厚い
細かな雪の粉が
やがて、そこに一枚の
私は初めて自分の顔をまじまじと見つめた。
蒼白の亡霊は、闇のような黒髪の間からひび割れそうに冷めた瞳を覗かせ、唇は
私は再びあの若者の言葉を思い出した。
「美しい——」
あれは命惜しさに口をついて出た
そのとき、鏡の中で二人の眼差しが重なって見えた。私の青く光る瞳の中に、同じ光を映すあの男の瞳が蘇った。
ふいに、私は自分の頰に僅かな血の気の差しているのに気がついた。
「馬鹿な……!」
思わず狼狽して鏡から離れた。白く冷えた手で、頬の赤らみを拭い去るように何度も擦った。
「おおお、雪の物の怪のこの私が……」
ちょうどそのとき、森の入り口からポンとコンがやってきた。
「お雪さん、どうかしたの?」
私はすぐに動揺を雪のように鎮め、涼しい顔で答えた。
「いいや、何でも。お前たちこそどうしたね?」
「いい知らせだよ。お雪さんが帰した木こり、ようやく元気になったって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます