第4話 男子高校生と勇者の剣
魔物が千年ぶりに出現してから早くも一か月が立った。
この間、いや今もだが世間は魔物についての話題で持ち切りだった。
連日媒体問わず生物学者やオカルトに詳しい者が持論を展開していたが、誰も確信を得ることができないでいた。
《へぇ、千年前に勇者が魔物を全滅させたことになっているのね。本当は封じただけなのに。どこで言い伝えが間違ったのかしら》
ビルの屋上。
隼人の胡坐の上に置かれている剣がため息をついた。
《それで? あの子は元気?》
「ああ、アンタのおかげで」
あの日の戦闘が終わった後、隼人は剣の指示に従って重症の茜子を剣で触れた。
すると彼女の傷が癒え、呼吸が整った。しかしそれはあくまで応急処置。茜子は駆け付けた救急隊員に助けられた。そして隼人はというと。
「本当に逃げてよかったのか?」
《当たり前じゃない。財団に見つかったら貴方から離れることになるもの》
そう、彼は戦闘を終え、茜子を治療した後博物館から逃げ出したのだ。剣の指示で。
当然千年も抜かれていなかった剣が抜かれたということでこの件も魔物の件とともに巷を騒がせている。
「悪い、電話だ」
ポケットの中から震えているスマートフォンを取り出し、画面を見ればそこには見慣れた二文字。
「……もしもし」
『もしもし? 隼人? 今どこ?』
「今は外にいる。どこかは悪いが言えない」
『どうしてよ。あっ、もしかして女のところ!?』
「違う。……茜子、そっちこそ俺に用があったんじゃないか?」
『そうそう、明日退院だから帰りにどっか食べに行こうって優衣と話してたの。ちょっと変わるね……』『……もしもし?』
「優衣か。調子はどうだ?」
『普通に良いです』
「そうか。明日何が食べたい?」
『茜子さんが食べたい物を食べましょう』
通話の向こうで「ちびっこ~」という茜子の弾む声が聞こえた。そして「ちびっこと呼ばないでください!」という優衣の声も。
《ねぇ、それって私も行っていいのかしら》
『えっ、誰……ねぇ隼人!? 今誰と――』
隼人は通話を切った。そして無言で剣を睨みつける。
『こわぁい』
隼人はため息をついた。
そしてまたスマートフォンが震える。
「……もしもし」
『隼人! さっきの女の人の声はなに!? 誰!?』
「なんのことだ?」
『とぼけないで!』
「とぼけてない」
『……本当に? じゃああの声は何だったの?』
「……分からない」
『えっ、ちょっとやめてよ。急に怖くなってきたじゃん』
「とにかく電話を切って落ち着け。体に支障が出て入院が延長されたら俺と優衣だけで食べに行くからな」
『それは嫌! じゃあ切るね! また明日!』
通話が切れた。
「……何をニヤニヤしている」
《あら、私の表情が分かるようになったの? ずっと一緒にいたおかげね》
魔物との戦闘後、隼人は剣を常に持ち歩いていた。彼はそんなことを目立つからしたくなかったが剣がうるさいため仕方なくそうしていたのだ。剣をバットケースに強引に入れて。そのため茜子だけではなくクラスメイトたちに野球をするわけでもないのにバットケースを持ち歩いている変人として認識されつつある。
そのことを思い出した彼はため息をまたついた。
《ため息をつくと魔力が逃げちゃうわよ》
「幸せだろう? 逃げるのは。……ところで本当に今日は魔物が出るんだろうな」
《そのはずよ。私の魔物感知能力がビンビンに反応しているもの》
「そういって先週は魔物は出なかったじゃないか」
《そうだったかしら》
「というか俺が戦う必要はあるのか?」
《当たり前じゃない。だって貴方は私を引き抜いたから。剣を抜いた人間は勇者として人々を守らなければならないの。嫌?》
「……乗り気ではないな」
《ふーん。時代は変わったのね。魔物全盛期の千年前なんて我こそが魔物を全滅させてやるって老若男女問わず活気づいていたのに。今の子たちってなんかこう……陰険?》
剣が肩をすくめた……気配を発したとき、地面が揺れた。
普通の人間ならば地震だと考えるだろう。
だが彼は違った。
その揺れに冷たさを感じた。
《当たりみたいね》
隼人は剣を握ると立ち上がった。
ビルの下を見下ろせばトラックが横転し、燃えていた。そして荷台の上にサイがいた。いや、普通のサイではない。体はガラスの表面のように艶やかで、背にはマネキンのような上半身があった。
彼は息を一つ吸った。
「やるしかないか」
《そうね、がんばりましょう》
隼人は剣を持つ手に力を込めるとビルの屋上から飛び降りた。
青、青、青。
どこまでも続く、青。
蒼穹を落ちるは一人の少年。
その右手には勇者の剣。
【短編読切】千年ぶりに勇者の剣を抜いた男子高校生が千年ぶりに現れた魔物と戦う話 三七倉 春介 @kura_373
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