第3話 千年ぶりの魔物と勇者の剣を抜いた男子高校生
・ ・ ・
「……えっ」
隼人は気づけば草原にいた。
果てのない草原だ。遥か向こうで青空と草原が接している。
「どこだ、ここは」
半壊した博物館を思い出しながら目の前に広がる光景を見ていると。
「珍しいわね、こんな所に人間が来るなんて」
背後から女性の声。
振り向くとそこには椅子に大小様々な鎖で縛られている女性の姿があった。若い女だ。鎖で縛られているせいか首元や足首など露わになっている肌は赤くなっていた。それでもその女は隼人をまっすぐに捉え、笑みを浮かべていた。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」
「待ってろ、今すぐに解く。そうしたらここがどこ――くっ」
鎖に触れた瞬間、指先に痛みが走った。
なんと血が出ていた。
鎖を見ればそれには薔薇のように棘が生えていた。そして近づいて初めて分かったことだが、女性は衣類を纏っておらず、棘つきの鎖によって全身から血が出ていた。
「アンタ、本当に大丈夫なのか!?」
「問題ないわ。痛みは慣れたら平気だもの」
「それは痛いってことじゃないか。待ってろ、今助けを呼んで来る」
隼人が女に背を向けて走り出そうとしたとき、地面が揺れた。そして彼らに迫るように遠くの地面が崩れてゆく。崩れたその先は無の世界。黒がどこまでも続いている。
「何が起きて……」
いや、考えるのは後だ。
隼人は女に巻き付いている鎖を両手で握った。
「悪い、少し痛みを我慢してくれ」
そう言うと隼人は鎖を引いたり、左右にずらしたりし始めた。
「そんなことしても無駄よ。だから貴方は私を置いて逃げなさい」
「できるわけがないだろ!」
隼人が叫ぶ。
すると女はクスッと笑った。
「どうかしたか?」
「いいえ、ごめんなさい。『あの人』に似ていたからつい」
地面の崩壊は今も隼人たちに迫っている。
彼は改めて鎖を握る。
「あそこから落ちても死にはしないわ。外の世界に戻るだけ」
「なにを言っているんだ」
「私を無視してあそこに落ちれば茜子ちゃんだっけ? あの子の所へ戻ることができるわ。今大変なんでしょう? 私にかまっている場合?」
「どうして茜子のことを……いや、今はいい。アンタを諦めたらアンタはどうなる」
「何事もなかったこの世界でまたこのままね。貴方が外に戻った後だけど」
鎖の隙間から覗く彼女の血に染まった肌が見える。
隼人は鎖を握る手によりいっそう力を込めた。
「貴方何しているの? 私を置いて行きなさい。あの子が心配じゃないの?」
「心配だ。けれど俺がいなくなった後のアンタのことも心配だ。だから俺は……」
鎖にひびが入った。
「アンタも助ける」
鎖が砕けた。
隼人たちは
女は微笑んだ。
・ ・ ・
中庭に降りたウデデ・カザルは倒れている茜子に近づいた。
そのとき三階の一角から青の光が発せられた。
突然の出来事に魔物は伸ばす手を止めて振り返って見上げた。
光は徐々に弱まっていき、完全に消えると彼が姿を現した。
三階から中庭の敵を見下す隼人の手には勇者の剣。
ウデデ・カザルの本能がそれを危険だと告げた。
魔物は左腕で立つと右の手のひらを彼に向ける。
敵の体に蓄積されている魔力が圧縮され、魔力で生成された球状の外殻で包まれた。
これは千年前、魔力を持つ存在なら誰でも使用できた基本魔術【
ウデデ・カザルは狙いを定めて放とうとした。
一方で隼人は茜子の元へ降りていた。
魔物は彼の一瞬の動きに戸惑う。
そんな敵をよそに隼人は茜子を抱えると物陰に移動する。そして彼女をそっと寝かすと改めてウデデ・カザルの前へ。
「……」
剣を両手で構える。
魔物は【
隼人が迫るそれを斬ろうとしたとき。
《触れちゃ駄目よ》
あの女の声がした。
隼人は声に従って右に避ける。
魔力の球は壁にぶつかると爆ぜた。
彼は声がした方向……手元を見る。
《さっきぶりね。詳しい話は後でするから今は魔物を倒しましょう》
女の声にうなずいた隼人は敵に斬りかかる。
ウデデ・カザルは振り下ろされた剣を後方に跳んで回避。
隼人は魔物との距離を詰める。
そんな彼に敵は【
右へ左へ前に走りながら回避。
床に着弾するたびに球が爆発する。
その際に生じた爆風に隼人はバランスを崩し、片膝をつく。
そんな彼にウデデ・カザルは迫り、拳を振り下ろす。
隼人は紙一重で回避。
魔物は跳び、彼に向かって落ちながら両の拳を乱雑に放つ。
かわすことは困難。彼は剣で受け止める。だが先ほどのように吹き飛ばされた。壁に向かって身体が飛ぶ。ここまでは先ほどと同じ。しかし彼は身を反転させ、膝を曲げて衝撃を殺すとふわりと壁に着地した。そして壁を蹴る。鷲のように彼の身体は空を鋭く切って進む。爪の代わりに剣先を敵に向ける。
命中。
ウデデ・カザルの右肩から血が流れる。
彼は右肩を蹴って離れると宙返りして着地。そして剣先を左から右へはしらせる。
敵の腕に横一文字の傷が刻まれた。
魔物は叫びながら隼人に掌底を放つ。
彼はウデデ・カザルの真下に潜り込むかたちで回避。そして剣を突き上げる。
魔物の腹部に刺さる。
血が流れ落ちてきたが隼人は素早くその場から退いた。そして距離を取り、息を整えようとするが思うようにいかない。胸部は酸素を求めて激しく上下する。
《無茶をしない方がいいわ。私は怪我を治せても疲労を癒すことはできないから》
「……俺もアイツみたいな魔術は使えるか?」
《使えるわ》
「本当か!?」
《三発だけね。そんな顔しないで。貴方は普通の人間だし、私も起きたばかりだし。むしろ褒めて欲しいわ。この状態で三発も撃てることを》
「分かった。その三発でいい。だから撃ち方を教えてくれ』
《ふふっ、何を言っているの? もう知っているでしょう?》
そのように言われた隼人は気づく。
いつの間にか呼吸の仕方を知っているように、いつの間にか歩き方を知っているかのように隼人は魔術の使い方を知っていた。
彼は剣を構え、想像する。
目の前の空間に魔術が凝縮される光景を。魔術で生成された外殻で包まれる光景を。
するとウデデ・カザルが生み出した魔術の球と同じ物が出現した。そして剣で払えばそれは魔物に向かって飛んだ。
だが当たらなかった。
敵が回避したのだ。
隼人は舌打ちをするとウデデ・カザルとの距離を詰める。近づいて斬った方が確実だと判断したのだ。
しかし魔物は彼が近づいて来ると距離をとる。
《どうする? ウデデ・カザルは【
「ならもっと早く近づいて斬る」
《どうやって?》
「こうやって」
隼人は足元――後方に【
すると彼の体は爆風によって勢いよく押し出された。
そして剣が届く距離まで近づくと剣を握る手に力を込める。
茜子や優衣、そして偶然居合わせてしまった人たちのことを思いながら魔力の球を創造した。
「これで終わりだっ!」
彼は魔力の球ごと敵の眉間を切った。
爆発。
隼人の体は吹き飛び、地面を転がる。
ウデデ・カザルは焦げた顔から血を流しながらのっそりと彼の方を向くと一歩踏み出した。だがそれ以上歩むことはなかった。魔物はうつ伏せに倒れると動かなくなった。そして塵となって消える。
「終わったのか?」
『ええ、終わったわ。周りに魔物の気配はない』
隼人は剣をその場に突き立てると座り込んだ。そして息を一つ吐く。
異常が去ったのを感じ取ったのだろう。
一斉に蝉が何事もなかったかのように鳴き始めた。
半壊した壁の隙間から吹き込んだ風が彼の前髪を揺らした。
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