第2話 千年ぶりに現れた魔物と普通の男子高校生
「……」
突如として現れた魔物に誰も動くことができなかった。
魔物と人間たちが見つめ合うこと十数秒。硬直状態は不意に鳴った誰かのスマートフォンによって破られた。何の変哲もない無機質な着信音によって人々の意識が改めて魔物を「見」る。
その瞬間、人々は我先にと逃げ出した。
「くっ……」
隼人たちは人の波に流されて離れ離れになる。そして隼人は波の最後尾で優衣が転んだ瞬間を目にした。
「優衣!」
流れに逆らい、彼女のもとへ行こうともがく隼人。だが思うように進むことができない。
そのとき魔物が雄叫びをあげた。
人の波が止まる。
隼人はこの間に優衣のもとへ。
「優衣!」
「隼人さん!」
抱きつく二人。
そこに茜子も駆けつけた。
「二人とも早く逃げよう!」
隼人は頷き、優衣を抱きかかえた。そして走りだそうとしたとき、魔物がまた吠えた。ウデデ・カザルはその場で跳んだ。体は天井を砕き、瓦礫の雨が隼人たちに降り注ぐ。
彼は優衣を投げようとした。
そんな彼を茜子が突き飛ばした。
「茜子!?」
「優衣をお願い」
「待て――」
背中から倒れながら手を伸ばす隼人。
その手は届かない。
瓦礫の雨は無情にも隼人たちと茜子を絶った。
「茜子!」
優衣をおろし、隼人は瓦礫に向かって叫ぶ。瓦礫の山を崩そうと試みるがびくともしない。そして二度三度彼女の名を呼んだときだった。
「隼人?」
「茜子!? 大丈夫か!?」
「うん、魔物は屋上に行ったきり――」
そのときまたしても天井が砕ける音がし、茜子の悲鳴があがった。そして魔物の咆哮も。
「茜子!」
「私は大丈夫だから優衣を――きゃあああっ!」
魔物の咆哮と茜子の悲鳴が重なる。
隼人は何度も呼びかけるが彼女が答えることはなかった。
「くそっ、どうする……。回り込む? どこから……。二階に降りてそこから行けるか? いや、その前に優衣を安全な所に……でもそれだと茜子が……それなら優衣をこの辺りの安全な所に……」
惑う隼人。
そんな彼の裾を優衣が引っ張った。
「行ってください、隼人さん。私なら大丈夫なので」
「優衣……分かった。そしたらお前は一人で――」
隼人は気づく。裾を握る優衣の手が震えていることに。だから彼は決意した。二人とも助けることを。隼人は優衣を改めて抱きかかえると廊下を駆け、階段を飛び降りる。そして博物館の外に出ると通報を受けて駆けつけていた警察官に優衣を預けた。
またしても崩壊音が空気を震わせた。
隼人は息を一つ吐くと走り出した。
警察官の制止を振り切って、優衣の応援を背に受けて。
そして館内に戻ったとき魔物が三階から建物に囲まれた吹き抜けの中庭に飛び降りた。木々やベンチは踏み潰され、破片が土煙とともに舞った。
その煙の隙間に隼人は見た。
ウデデ・カザルの右手に握られている茜子の姿を。
隼人は走り出していた。
走りながら消火器を拾う。
そして敵に近づくと振り下ろした。
金属音と鈍い音。
だが魔物にダメージはない。
ウデデ・カザルは怒り、茜子を投げ捨てると空いた右手で隼人に拳を放った。
彼は真横に飛び込むような形で回避。
立ち上がると消火器を敵の顔めがけて投げる。
鈍い音とともに命中し、敵の足元に落ちる。
魔物は怒りに満ちた咆哮をあげると隼人に向かって跳んだ。押しつぶす気だ。
一方隼人とはいうと中庭から館内に飛び込むような形で避難する。
彼が立っていたところにウデデ・カザルが落下。地面にひびがはいる。
隼人は魔物に背を向けて走り出した。
走りながら隼人は中庭を一瞥。
横たわっている茜子が見えた。
今すぐに病院に連れて行かなければ。だが今はウデデ・カザルを茜子から引き離すことが先決である。
二階にあがる際に別の消火器を拾い、敵の顔めがけて噴射した。
白い粉末が魔物の顔を覆う。
ウデデ・カザルは片腕で器用に立ちながらもう片方の手で舞う粉末を振り払う。
その隙に隼人は防火用シャッターのボタンを押した。
ガラガラと音を立てながらシャッターは降り始めた。だが遅い。
魔物は舞う粉末を抜けると降下中のシャッターの向こうにいる隼人を見つけると走り出した。そしてシャッターを突き破ろうと体当たりを繰り出すが大きく凹んだだけで壊れることはなかった。それでもそれは降り続けている。
隼人は三階に上がる。先ほど隼人たちと茜子を分断した瓦礫の山が見えた。
そのとき大きな破壊音と敵の咆哮が聞こえた。
「もう壊して――」
振り返ると階段を上がる魔物と目が合った。
隼人は背を向けて走り出そうとした。
そんな彼に影が落ちる。
見上げればそこには跳びかかってきているウデデ・カザルの姿があった。
「しまっ――」
隼人の上に敵が落ちる。
彼は腕を胸の前で交差させて身を守ることを試みる。
だが遅かった。
魔物の左手に彼は仰向けに押しつぶされた。
痛みが声となって隼人の口から血と共に溢れる。
ウデデ・カザルはそんな彼を掴むと放り投げた。
ゴムボールのように廊下を弾み、転がる隼人の体。
ウデデ・カザルは高い声で鳴きながらその場で何度も跳ねては手を叩く。
そして特に損傷の激しい三階で跳ねたせいか魔物の足元が崩れ、敵は二階に落ちた。
その隙に彼は這いつくばって、半壊した壁の影に隠れた。
「揺れ」が近づいてくる。
隼人は口を片手で覆いながら様子を伺う。
三階に戻って来た敵は周りを見回していた。
どこかに行ってくれ……。
彼は願う。
そしてその願いは現実になろうとしている。
魔物は三階から吹き抜けの中庭を覗き込んでは鼻息を荒くしていた。
中庭の茜子の所へ行こうとしているのだろう。
隼人の頭に茜子の姿が浮かぶ。
だが全身の痛みが彼女の姿をおぼろげなものにする。
ここに隠れていれば安全だ。
けれどそんなことをすれば茜子が……。
立ち上がったとして何ができる?
「……」
隼人は立ち上がり、自ら姿を現した。
「俺は、ここだ!」
ウデデ・カザルに向かって叫べば魔物は彼に顔を向けた。そして人のようにニヤリと笑う。
ぞわり。
隼人の全身を悪寒が走る。
だがそれでも逃げるようなことはもうしない。
敵は隼人に向かって跳ぶ。そして拳を引き、近づくと拳を放った。
先ほどのように顔の前で腕を交差させる隼人。今度は間に合った。だがウデデ・カザルのパンチを普通の人間が防げるはずがない。敵の拳が腕に触れた瞬間、隼人の両足は地面を離れていた。彼の身体は吹き飛び、ガラスの壁を突き破って展示コーナーへ。そして彼の身体は「それ」にぶつかってやっと止まる。
ウデデ・カザルはぐったりと横たわる隼人を一瞥すると中庭に飛び降りた。
「茜子……」
隼人は立ち上がろうとしたが力が入らなかった。だから彼は「それ」を支えになんとか立ち上がった。
「茜子は、俺が守る……!」
決意を口にしたとき彼が支えにしている「それ」――勇者の剣が光り始めた。
周囲がその光に包まれる中、彼は剣の柄を握った。
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