【短編読切】千年ぶりに勇者の剣を抜いた男子高校生が千年ぶりに現れた魔物と戦う話

三七倉 春介

第1話 普通の男子高校生と普通の友人たち

 青、青、青。

 どこまでも続く、青。


 蒼穹を歩むは白雲の巨人。

 振り上げた右手には飛行機雲の槍。


 さて、誰を貫こうか。

 巨人は地上を見渡す。

 するとそこに三人の少年少女がいた。


 一人は草壁茜子。地元の中学校に通う十四歳だ。 彼女は日傘をくるくると回しながら口をとがらせている。


「あー、もうっ! どうしてこんな暑い日に博物館に行かないといけないの! ねぇ! どうして!?」


 茜子は後ろを歩く白浜隼人に話しかけた。


「それは茜子が博物館レポートの夏課題を夏休み前に終わらせようと言ったからだ」


 高校一年生の彼は抑揚のない声で言った。

 彼の言葉に茜子は「うぐっ」と鳴いた。


「さらに言うと俺と優衣はその課題はない」


 そう言い、二人は数メートル後ろを見る。 そこにはしゃがみ、首を横に曲げて地表を見ている小学三年生の女の子――桜田優衣の姿があった。


「ちびっこ、何してるのよ」


 茜子が近づきながら話しかける。


「『ゆれ』を見ていました。それと『ちびっこ』って呼ばないでください」

「ゆれ? ああ、陽炎ね。確か今日みたいな暑い日に地面が熱くなったら起きる現象よね」


 茜子も優衣と同じようにしゃがんで首を傾げて地表を見る。


「陽炎ってどういう原理なんですか?」

「……隼人が教えてくれるって」


 茜子は立ち上がると隼人の元へ行き、彼の肩を叩くとさらに先を行ってしまった。 隼人は優衣に歩み寄る。

 そんな彼を優衣は目を輝かせながら待っていた。


「……見ろ、優衣」


 そう言って隼人は青空の入道雲を指さした。


「人みたいな形だ」

「本当ですね!」

「飛行機雲が槍みたいだな」

「本当ですね! あんなに大きな槍で刺されたら痛そうですね」

「……そうだな」


 痛いで済むか? という言葉を飲み込む。


「もしもあの雲の巨人が襲ってきたら守ってくださいね!」

「ああ、当たり前だ」


 優衣はポケットからスマートフォンを取り出すと白雲の巨人を無断撮影した。

 すると茜子が「何をしてるの、早く行くわよ」と叫んだ。

 優衣は走って、隼人は歩いて茜子に追いついた。


「なに話してたの」

「あの雲が槍を持った巨人みたいだなって話だ」

「本当だ」


 茜子もスマートフォンを取り出して撮影した。

 そんな彼女に優衣は巨人が襲ってきたら守ってもらう約束を隼人と交わしたことを教えた。

 茜子は微笑みながら優衣の頭を撫でた。


「それで?」


 隼人を見る茜子。

 彼は疑問符を頭上に浮かべた。


「それで、とは?」

「私は守ってくれないの?」

「ああ、そんなことか。わざわざ口にするようなことでもない」

「ふふっ、どうも。ほら、早く行きましょ。こんな所にいたらミミズみたいに死んじゃう」


 三人は並んで歩き、目的地である博物館にやって来た。


 博物館のチケット販売機や出入り口には長蛇の列ができていた。


 だが隼人たちはそこに並ばず、茜子を先頭に入場券事前購入者用のゲートへ向かった。茜子の場合、購入したわけではなく課題レポートのために学校から支給されたものだが。


「隼人、鞄ありがと」


 茜子は十数分前に駅でトイレに寄った際に預けた鞄を隼人から受け取るとチケットを出した。このチケットならば所有者除いて二人まで同伴できる。


 ゲートを抜けて一同は期間限定特別展「勇者展」が開催されている二階へ向かった。


 勇者展とは千年前に魔物を全滅させた勇者に関する資料を見ることができる展示会である。勇者展は各国で順番に開催され、今回は日本の番である。


 勇者が実際に着ていた衣服や肖像画、勇者と供に旅をしていた魔術師たちの私物などのコーナーが終わると魔物に関する展示品が並ぶエリアに入った。


「こんなのが大昔にいたなんて信じられないよね」


 魔物ウデデ・カザルの骨格標本のレプリカを見上げながら茜子は呟いた。

 その魔物は一見猿のよう。だが両腕は極端に大きく、自身の胴体や現代人よりも大きい。故に両足は地面につかない。そのためウデデ・カザルは両腕を使って移動する。


「茜子さん知ってますか? 今のお猿さんたちの祖先がこの魔物という説があるんですよ」

「知ってるわよ、当たり前じゃない。猿だけじゃなくて猫や犬、鳥だってそうでしょう? ちびっこ」

「ちびっこって言わないでください」


 三人はそれからも勇者展を見て回る。

 そしてすべての展示品を見終わり、次に特別イベントが行われている三階へ行く。 そこにも博物館の出入り口同様に長蛇の列ができていた。実はここに来ている者たちの目的がこの特別イベントである。


「茜子さん、本当にやるんですか?」

「当たり前じゃない。だって抜いたら五億よ!」


 茜子の視線の先、行列の先頭には石の台座に刺さっている本物の勇者の剣。千年前に勇者が魔物を全滅させてから台座に刺されたままであり、それから誰も抜いたことがない。故に財団は台座ごと移動させて維持費確保のために「抜いたら五億」という謳い文句でイベントを開催しているのだ。一回の挑戦権価格は――。


「七千円ですよ? 茜子さん。抜けなかったら七千円無駄にすることになりますよ?」

「馬鹿ね、ちびっこは。抜いたら五億よ」

「抜けなかったらマイナス七千円……」

「な、七千円くらいなんともないわ。小学生のアンタには大金かもしれないけど中学生にもなると七千円なんて七十円と同じ感覚なのよ」

「そうなんですか!?」


 二人の会話を聞きながら隼人は七千円で買える物やできることを考えていた。


 そして十数分が経ち、あと数人で茜子の番がくるというそのときに――。


「えっ!?」


 揺れた。地震だ。その場にいた者たちは皆しゃがんで頭を鞄や手で覆おう。

 揺れは数秒だった。

 それが治まると警備員や学芸員たちは客を避難させようとする。


 そのときまた揺れた。

 だが今度の揺れは先ほどの揺れとは違う。一瞬の揺れが何度も繰り返されている。しかもそれは近づいている。


「……」


 隼人を含め、この場にいる者たちは先にある曲がり角を見つめる。

 そして小刻みの揺れの主が姿を現した。

 その主は千年前に滅んだはずの存在。

 胴体よりも大きな両腕が特徴的な魔物――ウデデ・カザルだ。

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