第28話 熊好きの理由
放課後。昇降口を出た俺は、校門の前に佇む銀髪の少女を見つける。
柏木さんは俺に気が付くと、口角を上げ嬉しそうに微笑んだ。
「あ、やっと来た」
「悪い。少し掃除が長引いたんだ」
「そっか。じゃ、行こうか」
柏木さんの隣に立ち、歩き出す。
「そう言えば、カスミは知ってるよね。僕の家」
「ああ。一緒に帰った日にチラっと見たな。外が暗かったから外観はよく覚えてないけど」
二十分ほど歩き、柏木さんの家に到着。
その外観は切妻屋根の洋モダンで、クリーム色の壁が清廉な印象を与えるものだった。
「ここが柏木さんの家か。なんか……洋風、だな」
「お父さんが建てた家なんだ」
あまり住宅に詳しくないせいで、そんな感想しか湧いてこない。
柏木さんは門を開け、敷地に入って行き、ガチャリと玄関扉を開ける。
「さ、入って」
「あ、ああ……」
先に通されたので、おずおずと家の中に入って行く。このまま柏木さんは入ってこないんじゃないかと一瞬不安がよぎったがそんなことはなく、そのすぐ後を柏木さんが入り、扉を閉める。鍵をカチャッと掛ける音に、思わず驚いてしまった。
「ただいまー」
「お、お邪魔します……」
その直後、廊下の右側にあるであろうリビングから――テレビの音が聞こえたのでそう判断した――一人の女性が現れた。
しなやかな銀髪に、すらりと高い背。柏木さんとそっくりだ。
だが違う点があるとすれば――柔和な雰囲気だろうか。常に柔らかい表情を浮かべ、安心感を与える出で立ちをしている。
そして、その瞳は
「おかえりなさい、葵。――あら、こっちが、葵が今日呼んだお友達ね」
柏木さんにそっくりのその女性がこちらを見、俺は慌てて自己紹介をする。
「冬城佳純です。柏木さんの友達で、今日は一緒に勉強会をしに来ました」
「まぁ、葵もようやく友達を作る気になったのねぇ。ええと、スリッパはどこだったかしら」
奥に戻ろうとするその女性を、柏木さんが引き留める。
「別にいいよ、お母さん。カスミ、そのまま上がって大丈夫だから」
「あ、ああ。お邪魔します」
靴を脱ぎ、揃えてから上がり框へ足を掛ける。
「ごめんなさいね。私ったら、葵が久々にお客を連れて来たものだから舞い上がっちゃって。私、葵の母の柏木
そう言って、穂乃香さんは俺に微笑みかける。その柔和な表情は、笑った顔の柏木さんにそっくりだ。
「よ、よろしくお願いします」
そこで俺の頭に、ある疑問点が浮かんだ。名前と容姿とのギャップである。
「……お名前、日本語なんですね」
「ふふ。やっぱり、初対面の人にはそう言われちゃうわよね」
「あ、なんかすみません」
「別にいいのよ。ええとね、私の名前が穂乃香なのは――――」
「こ、ここで立ち話もなんだしさ。先に部屋に連れてっていいかな?」
部屋に連れて行くという言葉に、俺の心臓が跳ねる。柏木さんに他意はないことは十分理解しているが、思春期の脳みそはそんなことはお構いなしである。
「それもそうね。ごめんなさい、私、一度話し始めちゃうと止まらなくって」
「あ、いえ、全然」
「カスミ、この階段上がってすぐが私の部屋だから。上がって右ね」
「あ――ああ、分かった」
とんとんと階段を上がっていく柏木さんに続こうとすると、肩をとんとんと叩かれ、穂乃香さんに呼び留められる。
「ちょっと良いかしら」
「あ――はい。どうしましたか」
「あの子、学校だとどんな感じなのかしら? 他の子と喧嘩とかしてないかしらね」
「はは、そんなことしてないですよ」
「そう。お友達は……――」
そう言って言い淀む穂乃香さん。
「居ますよ。俺と、後二人ほど」
「二人も? それなら安心だわ」
穂乃香さんはパンと手を叩き、満面の笑みになる。
そんなに……とは少し大げさな気がするが。
「ありがとうね、カスミ君。葵と友達になってくれて。あの子、最近明るくなったのよ」
「そんな……俺は別に何もしてません」
「ううん。あの子が人前であんな表情するなんて、今まで全然無かったのよ。私、さっき本当にびっくりしちゃったもの」
そう言うと、穂乃香さんは目を伏せる。
「ずっと心配だったの。無理にお友達を作りなさいとは言えないけれど、それでも心細さは感じるはずだから。今日カスミ君がうちに来て、安心したわ。ありがとう」
「――はい」
柏木さんは学校では常に一人だった。孤高にして孤立。学年一の美女として持て囃され、陰口を叩かれ……それは柏木さんの外見的特徴によるもので、それについての心配は穂乃香さん自身にもあったのだろう。
「――あ! ごめんなさいね、玄関先で引き留めちゃって。私ったら、つい夢中で。ほら、そこの階段を上がって右が葵の部屋だから」
「あ、はい。ありがとうございます。お邪魔します」
手すりに手を置きながら階段を上がっていく。踊り場に達したところで――不意に名前を呼ばれた。
「カスミ君」
「……?」
振り返る。
「葵のこと、よろしくね」
「――はい」
俺はニッコリと、そう答えるのだった。
◆
階段を上がり、右……ここか。
扉に掛けられたプレートに「Aoi」と書かれている。柏木さんの部屋だ。
「……ごくり」
ここに来て緊張し始めた。女の子の部屋に入るのなんてこれが初めて――――いやいや。惑わされてはいけない。この扉の装飾とほのかに香ってくるフローラルかつ石鹸のような香りに。
ふるふると首を振り、パンッと両手で頬を叩く。
ここは俺の親友の部屋だ。Sob_A221の部屋なのだ。落ち着け、俺。何も恐れることはない。未知との遭遇とか何とか、今は考えなくていい。
よし。深呼吸だ。
「すぅ――」
ガチャッ
「――カスミ?」
「のわっ!?」
いきなりドアが開き、銀髪の美少女が顔を覗かせた。
「なんだ、そこに居たんだ。全然来ないから何してるのかと思って。ほら、早く」
「あ、ああ。お邪魔します」
柏木さんに促されるまま、部屋の中に入り――。
「……」
部屋の中は、整然としていた。
壁に掛けられたいかにもらしいお洒落な絵。油絵だろうか、一輪のひまわりが描かれている。部屋の隅には藤色のベッド。その上には、熊のぬいぐるみ。
同じく隅に置かれたチェストには、これまたお洒落なテーブルライト。全て、藤色やライトパープルで統一されている。まごうことなき、JKの部屋だ。
その空気に俺はくらくらしそうになるも――ある物に気が付いた。
――真っ白いデスクの上にある、一台のノートパソコン。
「あ……」
「あ、これ。私がいつも使ってるパソコン」
「随分年季が入ってるな。いつのだ、これ……六、七年くらい前か?」
「……ああ。それ、ね。買い替えるのも忍びないから、ずっと使ってるんだ」
柏木さんはそう言って、モニターを撫でる。埃一つ付いていないあたり、よく手入れされているのだろう。
「そうなのか」
「うん――――ほら、こっちにテーブル広げるから、カスミも手伝って」
「あ、ああ」
柏木さんは、デスクの横に立てかけてあった折り畳み式の丸いテーブルをころころと転がし、部屋の真ん中に寝かせる。俺はテーブルの脚を立て、立ち上がらせた。
「……ふぅ、お、ありがとう。はい、カスミ。座布団」
柏木さんが押し入れから取り出した座布団を俺にパスしてくる。
「お、サンキュ――よっこらせっと……はぁ、やっと座れた」
「よっこらせって……ふふふ。カスミ、おじいちゃんみたいだね」
「うるさい。さっきからずっと突っ立ってたから足が疲れただけだ」
「あは、ごめんごめん」
そう言って、柏木さんもスカートを両手で抑えながら床に座り掛け。
「あ、そうだ。カスミ、喉渇いてる?」
「ん。ああ、ちょっと乾いてる」
「そっか。じゃあ私、飲み物取ってくるね」
「悪いな」
柏木さんは座布団から立ち上がるとドアを開け、トントンと階段を降りて行った。
俺はぽつんと、部屋に取り残される。
「……準備しとくか」
そう呟き、カバンを開く。取り敢えず英語コミュニケーションからやろうと思い立った俺は、ノートと教科書、それに辞典を取り出しテーブルの上に並べる。
だが、柏木さんはまだ帰って来ない。
「……遅いな」
ぐるぐると、部屋を見回す。先ほどのひまわりの油絵、熊のぬいぐるみ、ノートパソコン――。
「……ん?」
ふと、あるものに気が付いた。真っ白いチェストの上、フォトフレームに仕舞われ、熊やハートのステッカーで可愛らしく装飾がされた、一枚の写真。
興味が湧いた俺は、良くないと分かっていながらも立ち上がりチェストに近づく。
「……」
そこに写っていたのは、背の高い男性と、銀髪の小さな少女だった。目付きの悪い男性の右手に抱えられた少女は、熊のぬいぐるみを大事そうに抱き締めている。
「これ……柏木さんか?」
髪型はショートカット、にっこりと笑っている。男性は、柏木さんの父親だろうか。背景はゲームセンター、ベッドの上の熊のぬいぐるみと同一であることから、このぬいぐるみは当時から大切にされていたものであろうことが伺える。
柏木さんの熊好きの理由も、これがルーツなのかもしれない。
「……可愛いな」
無意識にぽつりと言葉に出てしまっていたが、特に訂正するつもりもない。
ふと――その横に倒れたフォトフレームを見つけた。
「ん?」
それはうつ伏せに倒れており、写真が見えなくなってしまっている。俺はつい好奇心に負けてそれを拾い上げ、写真を見てしまった。
そこに写っていたのは――玄関先の家族写真だった。
先ほどの写真より背が高くなった、同じくショートカットの柏木さんと、真ん中には穂乃香さん、そして右に居るのは――
◇◇◇ ◇◇◇
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