第27話 熊トリスの右耳を


 ◆ 冬城佳純視点 ◆



 その数分後――階段を上がる音がし、柏木さんが屋上まで登って来た。


「……ふぅ。遅れてごめんね」

「ん、全然いいぞ」


 柏木さんは、両手に弁当箱を携えている。柏木さんは視線の先を感じ取ったのか、ふふんと笑ってそれを後ろに隠した。


「お、あおりんも来たね。ほら、ここ座って!」


 ぽん、と自分の左隣の床を叩く山崎。


「あ、うん。カスミはどこ座る?」

「じゃ、俺は向かいに座ろう。って、これじゃ……三人全員と目が合うな」

「じゃ、今日は冬城の食事を皆で見守ろうぜ」

「どういうことだ……何も楽しいことはないだろ」

「聞いてくれ、千乃。冬城の奴、この前俺と食堂行った時なんか、十秒で親子丼食っちまったんだぜ」

「えー!? ゆっきー、掃除機みたいだねっ! あ、食べっぷりが凄いって褒め言葉だからねっ」

「絶妙に褒められた気がしないんだよな……」


 柏木さんは俺と二人のやり取りを黙って聞いていたが、やがて口を開く。


「じゃあ――はい、カスミ。弁当作って来たよ」


 柏木さんは俺に、右手に持っていた弁当箱を渡す。ケースに入っていたのは、花柄の弁当箱。思わず、頬が緩んでしまう。


「おお! 有難う、柏木さん」

「ふふふ。うち、あんまり弁当箱ないからさ。女の子っぽいのになっちゃった」

「いや、全然気にしてないぞ。最近誰かの手料理とか食べてないから、嬉しくてな」

「そっか。ほら、開けてみて」

「ああ」


 蓋を開けると入っていたのは、大きな熊の顔――。


「おおっ」

「えっ! あたしも見たいっ――わぁ、可愛い~!」

「ほ~、キャラ弁か。この熊、どっかで見たことあるんだよな……」

ベアートリス。ほら、この前ゲーセンで獲った奴だ」

「ああ、あれか! よく出来てるぜ」


 柏木さんは俺達の反応を見て、満足気な表情を浮かべる。


「どんなのがいいかなって思ってネットで調べてたら、キャラ弁が喜ばれるって書いてあってね。挑戦してみたんだ~」

「凄いな……柏木さん、手先器用なんだな」

「へへへ、まあね」


 満更でも無いような表情を浮かべる柏木さん。頬が緩み過ぎだ。


「じゃあ、食べていいか」

「うん、いいよ――――召し上がれ」

「……ッ」


 ニッコリと笑う柏木さんに、思わず顔を逸らす。その顔は反則だろ……。


「ん? どうしたの」

「いや……何でもない。じゃ、頂きます」

「うん!」


 柏木さんに見守られながら、ベアートリスの右耳を箸で摘まみ上げる。それを口に運び――。


「……うまい」

「ほんと? 良かった~! ささ、もっと食べて」

「ああ」


 どんどんと弁当箱の具を口に放っていく。そのどれもが非常に美味で、柏木さんの女子力の高さが伺える。


「美味しい?」


 こてんと首を傾げながら、そう訊ねて来る柏木さん。


「ああ、美味しい。毎日食べたいくらいだ」

「明日も作って来てあげるよ。ほらこの前、明日からはって言ったじゃん。今日だけじゃないよ」

「ほんとに……良いのか?」

「遠慮しないでいいよ。僕とカスミの仲じゃん」

「そ、そうか……有難うな、柏木さん」

「うん!」


 俺と柏木さんのやり取りを見ていた山崎が、辺に耳打ちする。


『この二人……何で付き合ってないの?』

『ううむ、それがな……俺にもサッパリ分からんぜ』

『なんかすっごいお似合いなことだけははっきり分かるよね……』

『間違いないぜ』


 山崎と辺に向かってビシッと指を差す。


「おいそこ。コソコソ何話してるんだ」

「あっ――何でもないぜ、冬城。あーっと……そう言えば、そろそろ期末考査だな」

「話題の転換が露骨すぎるぞ、辺……」

「――あー、思い出したくなかったのにっ! れーくんのばか!」

「あ、あはは……」


 苦笑いの柏木さん。


「あ! 今気になったんだけど。ゆっきー達は普段テスト勉強って何してるの? ほら、ゆっきーはこの前の順位表載ってたし、あおりんに至っては一位だから」

「あぁ、確かに気になるぜ。なんか秘訣とかあるのか?」


 俺は柏木さんと顔を見合わせる。


「この前……ってか、ずっと前から一緒にテスト勉強してるぞ、俺達」

「うん。通話繋いで毎日四時間くらいやってるよね」


 それを聞いた辺と山崎は一瞬真顔になったかと思えば――ひそひそと話し始めた。


『ええ……それってもうカップルのそれじゃん』

『ああ。間違いないぜ』

『勉強会でも誘おうと思ったけど……邪魔しちゃ悪いよね、これは』


「だから何コソコソ話してるんだ」

「あ、ああ、別に何でも無いんだがな。気にするようなことは何も」

「そうだよ。あたし達はただ、カップルみた――むぐっ」


 辺がガッと山崎の口をふさぐ。


「こいつの言うことは気にしないでくれ」

「ぶはっ。何するの、れーくん!」

「ほら、飯が冷めちまうからな。さっさと食っちまおうぜ」


 そう言って辺は弁当をかき込む。


「変な奴ら……」

「あ、そうだ。カスミ、今日の放課後は何か用事あったりする?」

「今日は特に……てか、大体用事は無いけど」


 俺のその言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべる柏木さん。


「そっか、よかった。じゃあさ……今日、勉強会しない?」

「勉強会? いつもやってるだろ」

「いや、そうじゃなくて」


 柏木さんは赤紫色マゼンタの瞳を歪め、微笑みながら言い放った。


「――しようよ、勉強会。リアルで」


「はっ?」

「千乃ちゃん達も一緒にどうかな? 勉強会! きっと楽しいと思うんだ」

「いや、あたしはパスかなぁ」

「あ、ああ。チョット今日は用事があってなー。俺もパスだぜ」


 辺は明後日の方向を向き、山崎に至ってはスースーと口笛を吹くフリをしている。


「そっか。じゃあカスミ、二人でやろっか」

「いや、俺はまだ何も――」

「せっかくリアルで知り合えたんだから、良いじゃん別に」

「うぐっ……まぁ、そりゃそうだけど」


 男女が二人で勉強会なんて、そんなハレンチな話があるのか。いや、この際ハレンチかどうかはさておき。

 通話で事足りるものをわざわざリアルでやろうとする意味が分からない。


「で、でも」

「そうだぜ冬城。学年一位が直々に教えてくれるってんだからな」

「そうそう! 学年一位が直々に教えてくれるんだから!」


 山崎、辺と同じことを言うんじゃない。


「やろうよ、カスミ。それとも……僕と勉強会するの、嫌?」


 柏木さんは少し寂しげな表情で訊いてくる。


「……嫌じゃ、ないけど」

「じゃあ決定!」


 満面の笑みの柏木さん。結局押し負けてしまった。


「えっと……勉強会ってどこでやるんだっけ」


 思わずずっこけそうになる。


「あー……カラオケとか、カフェとかかな?」

「うーん。カラオケはこの前行ったし……カフェは柄じゃないしなぁ」


 そういう場所に行ったら、十中八九柏木さんは注目を集めそうだしな。


「お互いの家でやれば良いんじゃないか?」


 そこに辺のキラーパス。


「はっ」

「じゃあ家で決まりだね!」

「いや、ちょっと待て」

「ん?」

「さすがにその、男女でお互いの家って言うのはどうなんだ。ほら、俺は一人暮らしだし。柏木さんのお母さんもこの時間帯は――」

「今日は居るよ?」

「――――っ」


 無垢な瞳でそう返す柏木さん。羞恥で頬がじんわりと熱を帯びるのが分かる。


「……分かった。じゃあ放課後、柏木さんの家でしよう」

「うん! 校門で待ってるね」

「……はぁ」


 結局、眼前の美少女に押し負けてしまった俺は、放課後柏木家で二人きりの勉強会を開くこととなった。


 ◇◇◇ ◇◇◇

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