第五章 棘姫と勉強会

第25話 高嶺の花オーラ


 次の日。


 柏木さんと俺は、紀里高校までの通学路を並んで歩いている。昨日に引き続き、紀里高校の生徒がまだ通学していない早朝の時間を狙ってのものだった。


 柏木さんと好きなゲームの雑談をしながら通学するこの時間は、正直楽しい。

 と言うのは、ネッ友だから。それに尽きる。


 柏木さんは俺に正体を明かしてから、VCボイスチャットでボイスチェンジャーを使用して声を加工することが無くなった。そのお陰で、俺のスマホからは眼前の美少女の声がそのまま垂れ流れる形となっている。

 最初は正直緊張したが、やっぱり中身は俺の親友なので、すぐに慣れた。


 辺の言う通り、男女の友情と言う奴だ。


「じゃ、またね」

「ああ。頑張ってこいよ」

「カスミもね。授業中、居眠りとかしちゃだめだよ? ただでさえ寝不足なのに」

「余計なお世話だ。お前もそれに加担してるだろ」

「あはは、確かに」


 柏木さんは整った顔をくしゃりと綻ばせながら笑う。

 スピーカー越しに飽きるほど聞いた、俺の親友の笑い方で。


「じゃあね」

「ああ」


 柏木さんは小走りで俺より数メートル先に立ち、そのまま何事もなかったかのように歩き始める。


 時間をずらし、最初に柏木さんが校門に入ったのを確認。

 俺が校門前を通ると――――何やら周囲が騒がしくなっていた。


『おい。あれが噂の「棘姫」の彼氏か?』

『おれ、この前リオンに居たの見たぞ』

『まじか!? リオンデートまでしてたのか……』


 内容はよく聞き取れないが、その視線を向けられているのは――俺。自意識過剰などでは無く、本当に大勢の生徒から視線を向けられているのだ。


「なんだ、なんだ……?」


 困惑を覚えつつ昇降口を通り、下駄箱に到着。

 履いていた通学用の運動靴を、内履きであるスニーカーに履き替える。


 ちなみに、紀里高校はスニーカーの色によって学年が分かるようになっている。

 今年の一年生は青色。二年生は黄色で、三年生は赤色だ。新学年ごとに色を持ち上がりするので、入学時のスニーカーの色を三年間履くことになる。


 廊下を歩き、階段を上がろうと足を掛けると、その先を柏木さんが階段を上がっているのに気が付いた。

 時間をずらしていたが、少し足早に昇降口へ行ってしまったのが原因だろう。


 柏木さんはこちらに気付くことなく、高嶺の花オーラを放ちながら教室へと向かう。すれ違う生徒の大半は、柏木さんから数秒目を奪われている。


 俺もこのオーラに、何度やられそうになったことか。


 そうこうしているうちに。俺の教室、二組に到着した。


 突然――柏木さんが振り返る。


「……」


 無言。しかし、少しだけ口元が緩んでいる。いつもの柏木さんだ。

 俺も目配せし、そのまま二組の教室へと入り――。


「おい冬城。お前、棘姫の彼氏ってマジなのか?」

「……え?」

「何か脅しでもしたんじゃねーの?」

「どうなんだよ、おい」


 クラスの男子三人に、質問責めにあったのだった。


 ◆


「ええと、だな」


 落ち着け、俺。どこから話せばいいんだ。こいつらに事の顛末を伝えるのが正解なのか? 信じてくれるとは思えないが……。ああ、めちゃくちゃ睨まれてる。

 と、とりあえず。最初に勘違いであることを説明するべきだ。


「か、彼氏ってのは違くて」

「じゃあ何であんなに親しげに会話してたんだ?」

「そ、それは」


 どこまでこいつらは知っているんだろうか……。

 リオンモールに居たことは、まだしらばっくれる余地があるが、先ほど柏木さんと共に通学していたことは言い逃れのしようがない。


「正直そういうやり方はダメだと思うぞ、おれは。脅して関係を強要するなんてな」

「だから違うって。脅してなんか――」

「そういや……。柏木さん泣いてたそうだな? 横に居た女の子が慰めてたやつ」


 ドキンと心臓が跳ねる。


「は、はぁ?」

「そうだ。昨日リオンモオールに居た奴が見てたらしい。お前が泣かせたのか?」

「……」


 言葉が出ない。まさかここまで曲解されていたとは。


「「「どうなんだ?」」」


 男子生徒達の追及に、俺がたじろいでいると――。


「はいはい。男の嫉妬ほど見苦しいものはないぜ? 御三方」


 三人の男の後ろに、見慣れた無造作イケメン。振り向いたうちの一人が呟く。


「蓮……」

「そんなに寄ってたかって、冬城が可哀想だぜ」

「そ、それは……」

「……ふぅ。当事者の俺だから言えることだが、まず最初に冬城は棘姫の彼氏じゃない。友人関係、ってところだぜ。だから脅したってのも間違い。冬城と柏木さんは数年前から面識があってな。この高校で感動の再会を果たしたってわけだぜ」


「そ……そうなのか?」


 男子生徒達は辺の話に、狐につままれたような顔で耳を傾ける。


「ああ。それに、柏木さんが泣いてたのは冬城のせいじゃない。ただの人生相談だ。俺の彼女――山崎千乃といったら分かるだろ。あいつが柏木さんの相談に乗ってただけだ。千乃のお有難いアドバイスで号泣……と。要するに、全部お前らの邪推だぜ」

「そ、そうだったのか……」


 旧友のくだりは正直脚色された感が否めないが、その方が彼らも納得しやすいだろう。


 男子生徒達はバツの悪そうな顔で、俺の方に向き直り。


「悪かった、冬城。俺達、妙な正義感に駆られただけだったようだ」

「本当にすまなかった。何か困ったことがあったら、いつでもおれらを頼ってくれ」

「お、おう……」


 流石、辺パワーといったところか。男子生徒達は辺蓮という人間の口から出てくる言葉を全て信じ込んだようだ。彼らは「妙な正義感」と言っていたが、背後にそれだけではない何かを見てしまったことは内緒である。


「ほれ、散った散った」


 辺がしっしと手を振り、男子生徒達が俺の目の前から消えていく。


「……助かった、辺」

「困った時はお互い様だぜ。俺達、親友だろ?」


 辺はそう言って、俺にニコリと笑顔を向ける。


「そう言うことにしておく」

「おっ。冬城の親友第二号に認定されたって訳か」


 ニコッとイケメンスマイルを向ける辺。


「言っとくけど、俺の親友は――」


 そう言い掛けて。


『な、今日は何すんだよ? また一緒に虫獲りでもするか!?』


「……っ」

「どうした、冬城」

「何でもない。ほら、さっさと席に着かないとホームルーム始まるぞ」

「んお。もうこんな時間か」


 キーンコーン カーンコーン


 俺はさっき浮かんだことを振り払い、速足で自分の席に着く。今になってあいつのことを思い出すなんて柄じゃない。俺の親友は柏木さん、ただ一人だ。


 そう自分に言い聞かせ、ホームルームを待った。


 ◇◇◇ ◇◇◇

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