第24話 愛妻弁当な

 

◆ 冬城佳純視点 ◆


「ふぅ……悪かったな、冬城。途中で催しちまって」


 辺はそう言って、ハンカチを取り出して手を拭う。


「まったくだ。先に帰っとくぞって言っても「ちょっと待て」って言って引き留められるし」

「すまんすまん。ちと心細くってな。さて、そろそろ行くか」


 辺と俺は、先ほどのベンチまで戻る――と、俯いている柏木さんが目に入った。


「ど、どしたの、あおりん!? 大丈夫!? あたし、なんか言っちゃった!?」


 山崎の大声が聞こえる。それを見た辺が、ため息を一つ吐いた。


「千乃の奴……やったな」

「やったって何を――――」


 柏木さんの方をもう一度見る。


「……っ」


 柏木さんが、泣いている。その赤紫色マゼンタの瞳から、大粒の涙が滴り落ちている。

 俺は急いで柏木さんに近寄る。


「だ、大丈夫か、柏木さん! 誰が泣かせた、――まさか、山崎か?」

「ち、ちが! いや、ちがくは、無いか。えと、ええと……」


 狼狽うろたえる山崎。こいつは何でもかんでも口に出るから、きっと柏木さんを泣かせるようなことを言ったに違いない。

 俺が山崎に懐疑の視線を向けていると、柏木さんが口を開いた。


「……ごめん、カスミ。山崎さんは悪くないんだ。ちょっと、こみ上げてきて」


 柏木さんはポケットからハンカチを取り出し、目元を拭う。涙堂るいどうは色白な肌を引き立たせるように、真っ赤に染まり腫れていた。


 おろおろとする山崎に、柏木さんは続ける。


「ありがとう、山崎さん――そうだ。千乃ちゃんって、呼んでいいかな」

「ふぇ? ……あ、はい! ぜひ!」

「……」


 驚いた。あの柏木さんが、「棘姫」が。

 俺以外の人間と普通に会話しているところを、初めて見た。


「ふふ。千乃ちゃん、これからよろしくね」

「……!」


 柏木さんはハンカチを仕舞い、山崎に微笑みかける。

 それを見た山崎は――――。


「か、可愛い……!」

「むぐっ」


 ――柏木さんに、抱き付いた。


「おい、山崎。何してるんだ」

「あおりん、ぜったいこっちのがいいよ! うん! こっちの方があおりんって感じする!」

「そっ、そうかな?」


「うん!」


 山崎は満面の笑みで、柏木さんに抱き付いたまま言う。


「はぁ……。良かったぜ。失敗したかと思った」

「失敗?」

「千乃が柏木さんを泣かせたら、きっともう二度と話せなくなるって思ってたんだが……予想外の収穫だ。冬城効果は伊達じゃなかったようだな」


 山崎の方を見ると、まだ柏木さんに抱き付いている。


「ち、千乃ちゃん。そこは……多分。汗かいてると思うから!」

「はぁ……あおりん可愛い。やばい、どうしよ。離れらんない」


 美少女に、美少女が抱き付く。

 間違いなくそれは――――の二文字がよく似合う様であった。



 ◆




 次の日の昼休憩。


「お、やっと来たね」

「毎度、この段数を登るの辛いんだよな……体力付けないと――って、え?」


 階段に座る銀髪の美少女の横に――ミディアムの赤髪の女子生徒。


「やっほ、ゆっきー。お邪魔してるよっ」

「よっ、冬城。悪いな、お二人さんの愛の巣の邪魔しちまって」

「……は?」


 その横には、辺蓮も座っている。昨日のメンツが全員集合だ。


「へへ。千乃ちゃんにもここ、教えちゃったんだ。まあでも、絶対誰にも言わないって約束してくれたし……良いよね、カスミ」

「ま、まあ。そういうことなら良いんだけど……」


 おずおずと柏木さんの隣に座る。


「ゆっきーが来るまで、色々話聞かせて貰ってたよ。ふふん、ネッ友がまさか同じ学校に居たなんて、どんな因果だって話だよね!」

「山崎、辺と同じこと言ってるぞ」

「へ?」


 目を点にする山崎。辺は何やらもぐもぐと口を動かしている。


「はぁ。お前ら、今日からずっとここで飯食うのか?」

「そのつもりだが、冬城はイヤか?」

「そういう訳じゃない、ただ確認しただけだ。って、辺。お前、その膝の上に載っててるのは――」


 辺は膝の上に載っていたものを俺に見せる。


「じゃーん。千乃が作ってくれたんだぜ。愛妻弁当な」

「そ! れーくんったら、昨日の帰り道にあたしの作ったご飯が食べたいなんて言い出すから、あたしもう嬉しくって! 今日、早起きして頑張って作ったんだよっ!」


 桜でんぶで大きくハートが描かれた、円形の弁当箱の中には、定番の具材が一通り。辺は今食べ始めたらしく、弁当には卵焼き一つの隙間が空いていただけだった。


「ほー、山崎、料理出来たんだな……」

「な、なにその意外そうな目! あたしだって女子力はそれなりにあるもん!」

「千乃の弁当、美味すぎて涙が出て来るぜ……」


 辺はよよよと涙を流している。


「お、おい辺。泣くほどか」

「泣くほどだぜ」

「そうか……」

「ね、カスミ」


 不意に、柏木さんがこちらを向く。


「ん。どうした、柏木さん」

「明日、作って来てあげよっか。――カスミの分の弁当」

「……へ?」


 柏木さんの言い放った一言に、俺は硬直する。


「べ、弁当……? 良いのか? ってか、材料費とか食べ終わった後の弁当箱のこととかあるし、普通に申し訳ないというか」

「大丈夫だよ。うち、お母さんもたまに夜勤で弁当持って行くんだけど、そのおかずが一人じゃ食べきれないくらい余るんだ」

「そ、そうなのか……。で、でも、だな」


 俺が尻込みをすると、柏木さんが悲し気な表情になる。


「カスミは僕の弁当、食べたくない、かな」

「タベタイ――はっ」


 反射的に放った言葉に口を押さえる。柏木さんが、ニッコリと笑っていた。


「じゃ、明日からは作って来てあげるね!」

「あ、ああ……有難うな」


 なし崩し的に、柏木さんに弁当を作って貰うことになってしまったのだった。


 ◇◇◇ ◇◇◇

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