第23話 脳を破壊されたらしい


「ふぅ……よし」


 山崎は百円玉を投入し、ボタンに手を置く。その様はいつものお気楽な調子とはまるで違う、真剣そのものだった。

 慎重にアームを動かしていく。ベアートリスの真上――いや、数ミリメートル右寄りまでアームが近づき――。


「すぅ…………ここ!」


「タンッ」と三番目のボタンを気合一杯に押す。情けない効果音でアームが落下し――ベアートリスの首から左腕までを、斜めにがっちりと掴んだ。


 そのままアームはベアートリスを掻っ攫っていき――。


 カタンッ


 ベアートリスは、穴の中に落ちていった。そして、取り出し口からふてぶてしい表情で俺達を睨んでいた。


「……やったぁ!」

「うお! やったな、千乃!」

「……今、初めて山崎のことを見直した」

「んな!? 失礼だよ、ゆっきー!」


 山崎はぷりぷりと怒りつつ、取り出し口からベアートリスを取り出す。それを両手で大事そうに抱え、にっこりと微笑んだ。


「うわぁ~、可愛い!」


 これは……柏木さん、かなりヘコむだろうな……と思いつつ柏木さんの方を見ると、俺の予想通り、柏木さんは絶望の表情をしていた。


べあ、とりす……」


 どうやら脳を破壊されたらしい様子の柏木さん。目を伏せ、唇は固く結ばれ。スカートをぎゅっと掴むその姿を見ていると、こちらまで悲しくなってくる。


 と、山崎がおもむろに柏木さんの方に近づく。何をする気で居るのかと思えば。


「はい! あおりん!」

「……え」


 山崎は、柏木さんにベアートリスを差し出した。


「欲しかったんでしょ、これ! だからあげる」

「……なん、で」

「だってあおりん、すっごい欲しそうにしてたから。好きなの? このキャラクター。ええと、なになに。「碧羅の獣」……ああ、碧獣ね! お兄ちゃんがやってる」


 どうやら、山崎は俺が思っているより思いやりがあるらしい。


「ほら。受け取って!」


 山崎は柏木さんの手を取り、そこにベアートリスを押し付ける。柏木さんは、弱弱しくそれを握りしめた。


「い、いいんですか……?」

「もちろん! あたし達、友達だからね!」

「友、だち……」

「そう! これはその証! だからあおりんが持ってて!」


 柏木さんは山崎から貰ったベアートリスに、目を落とす。


「あ、あり、がとう……」

「ふふっ。どういたしまして!」

「良かったな、柏木さん」

「うん……!」


 うわあ。柏木さん、めっちゃ嬉しそうな顔してる。柏木さんは両手で抱えたベアートリスを大事そうに胸に抱いて、はにかむように微笑んだ。


「ふー。なんだか疲れてきちゃった。ちょっと休憩しない?」

「確かにな。あそこにベンチがあるからそこに移動しようぜ」


 そう言ってゲームセンターの隅にあるベンチに向かう辺に、俺達も付いて行く。ベンチの横には自販機が二つ並んでいる。


「お、自販機あるじゃん。れーくん何か飲む?」

「んや、俺はいい」

「そっか。お、ピーチティだ。あたしこれにしよっと」


 山崎はお金を入れると、自販機のボタンを押す――ガコンという音がして、取り出し口からピーチティが顔を覗かせた。


「あおりんは何か飲まないの?」

「私は、水筒があるので」

「そっか」


 そんなやり取りを見ている間に。辺が俺に近づいてくる。


「冬城。ちょっと付き合え」

「ん? どうした」


 くいっと辺が親指を差す方向を見ると、それは公衆トイレだった。


「そういうことか。分かった」

「千乃。俺達、ちょっとトイレ行ってくるぜ」

「ん、分かった。あおりん、そこ座って待ってよ」

「は、はい」


 山崎は柏木さんを連れて、ベンチに座る。それを見た後、俺は辺と一緒にトイレに向かった。



 ◆ 柏木葵視点 ◆



 山崎さんに貰ったベアートリスを両手でふにふにと握る。


「あおりん、そのキャラ好きなの?」

「ま、まあ……LANEのアイコンとか、ゲームのキャラとかも、これにしてます」

「へぇ、そんなに好きなんだ! あ、LANE交換しよっ」

「あ……はい」


 グイグイと来る山崎さんに私は少々押されながらも、スマホを取り出す。

 スマホの待ち受け画面を表示すると、そこには碧獣でカスミと撮ったツーショットが映し出された。「友情の証フィストバンプ」のエモートをしているところだ。


「あ、これが碧獣なの?」

「は、はい。右に居るのがカスミで、左に居るのが私です」

「へー! これあおりんなんだ。何ていうか……ゴツいね」


 胸の装甲の隙間からちらりと見える筋骨隆々な肉体に、ベアートリスの顔面を持った屈強な男。背中に装備した大剣が、ギラリと光っている。


「カスミと遊ぶときは、いつも男キャラを使ってましたから」

「あぁー、れーくんが言ってたやつね」

「はい」


 そのまま、ピコンと音がして。友達登録が完了する。


「うん、ありがと」


 山崎さんがポケットにスマホを仕舞うのを見て、私もそれにならう。


「そっかー。あおりん、ゆっきーの友達だったんだぁ。なんか感動するな」


 山崎さんはそう言って、ピーチティをコクコクと呷る。私は、さっきから気になっていたことを勇気を出して訊いてみることにした。


「あの……山崎、さんは。どうして、私と話してみたいって、思ったんですか」


 緊張で、紡いだ言葉は途切れ途切れになってしまう。私の恐る恐るの質問に、一瞬きょとんとした様子の山崎さんだったが、すぐに答えを出したようだ。


「ん――――だって、あおりんが優しい子だって、あたし知ってたからね」

「……え」

「ほら、入学式の日。道に迷ってたあたしを、クラスまで案内してくれたじゃない。前にも言ったけど、凄く助かったんだから」


「そ、れは。見過ごせなかったってだけで……」


 そう言うと、山崎さんはニッコリとした笑顔になる。


「見過ごせなかったって……めっちゃ良い子じゃん」

「あ、えと、これは」

「あたしは知ってるよ。あおりんが良い子なの。陰口とか叩かれてるのも知ってる。あたし……っときたくなかったんだと思うな、たぶん」


「……っ」


「ずっと話してみたい、仲良くしたいって思ってたんだけど、れーくんに止められててね。それで一回喧嘩したんだけど、あたしのことを心配してくれてたみたいで。……でも。やっぱり、あおりんとは仲良くしたかったから――――だから。あおりんとこうして話すことが出来て、あたしは嬉しい」


 そう言って、山崎さんはにっこりと笑う。

 なんで、この人はこんな風に笑えるんだ。皆に恐れられる私を前にして。


「私が、怖くないんですか」


 怖いはずだ。いや、怖くないとおかしい。皆によれば、私は「棘姫」で、話すだけで怪我をする存在なのだから。


「何で? 怖いわけないじゃん。さっきまで一緒に遊んでたのに」

「……あ」

「むしろ逆だよ。ゆっきーの親友なら、なおさら仲良くしたいって思ったね」

「……」


 再び自分の手もとに目を落とす。ベアートリスのお腹の上に、水が滴るのが見えた。


「え!?」


 同時に、山崎さんが声を上げる。


「ど、どしたの、あおりん!? 大丈夫!? あたし、なんか言っちゃった!?」


 ぽろぽろとベアートリスの上に落ちて染みていくそれが、どこから来たのか。


「――え」


 自分でも気が付かなかった。

 大粒の涙が、私の目から流れ落ちていたことに。


 ◇◇◇ ◇◇◇ 

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